大学三年生、一つ屋根の下で美少女と暮らすことになる

黒桐

第1話 再会

『あなた、来年度から佳乃子かのこちゃんと暮らしなさい』


 春先の風が吹き込む新居にて、俺は休んでいた。

 ここは川内。坂が多いこの辺りの中でも、特に一段高い丘の上にあるアパートの一室だ。

 6畳が二間。風呂トイレ別。キッチンはIH、ベランダ付きと、この辺りでは結構いい条件だと思う。まあ、おそらくここらに多い学生はほとんど一人暮らしだし、二部屋もいらないから割合需要がないのかもしれない。が、不動産のおっさんは気前のいい笑顔を浮かべて、


「いやー尾崎くんラッキーだね。ここラスト一室だったんだよ」


 と言い、禿げ上がった頭をつるんと撫でた。案外人気のある物件なのかも、と思わせるあたりは流石商売人の手管である。

 ゴロンと横になってみる。

 カーペットも敷いていないむき出しのフローリングが、肩や腰に圧迫を加えてくる。傷や目立った汚れはない。

 周囲には段ボールが神殿のように積まれ、俺を取り囲んでいる。新居とはいえ、自分が余所者のような気がしてきて不思議になる。


「でもなあ、いきなり同居って言われたって……しかも佳乃子ちゃんなんて、最後に会ったのは10年以上前だってのに」




 2018年の二月、両親からいきなりこんなことを申し渡された。


「あんた、佳乃子ちゃんって知ってる? 佐々木さんとこの」

「ん? ああ……いたね、そんな子」


 春休みを利用して実家に帰って、ゴロゴロしながらテレビを観ている俺に、母がさりげなく世間話らしく、そんな話題を振ってきた。俺は無論何のことかも分からなかったから、何気なく答える。


「昔よく遊んでたでしょ」

「そうかも」

「あんなに仲良かったのに……」


 そっけなく答える俺に、母は顔をしかめる。が、そのまま話題は続けるらしい。


「あの子ね、あんたと同じとこ受かったんだって」

「ああ……もうそんな年だっけ」

「あんたの二つ下でしょ? 覚えてなさいよ、もう」

「いやいや、無理でしょ」


 それは無理な話だ。なにせ最後に会ったのが10年も前のガキの頃なんだし、その後食卓の話題に上がることもなかったから、正直に言うと今切り出されるまで、存在自体を忘れていた。


「学部は?」

「法だって。あんたと一緒」

「へえ」


 どこまで話題を広げるつもりだろうか。いい加減、飽きてきたのでわざとらしくテレビのリモコンを触り始めると、


「あんた、四月から佳乃子ちゃんと暮らしなさい」


「………………は?」


 俺はリモコンを持ったままフリーズした。もし母が言ったことを額面通り受け取るなら、四月から俺は、二つ下の少女と一つ屋根の下で暮らすことになる。

 いくらなんでも唐突だ。


「いや、なんで?」

「向こうのご両親とも話したんだけどね、やっぱり女の子独り暮らしじゃいろいろ物騒でしょ?」

「最近はセキュリティがしっかりしてるとこもあるじゃん」

「黙って」


 黙った。


「でね、なんとかならないかって話がお母さんとお父さんのとこにも来てね、進学先を見たらあんたと同じ大学だからさ、ピンと閃いたの。『息子と佳乃子ちゃんが暮らせばいいのでは?』ってね」

「いや、なんで?」

「二人で暮らせば家賃も安し、光熱量も安し、食費も安し。おまけに独りじゃないから寂しくない。これっていいことずくめじゃない?」

「俺は一人暮らしがいいんだけど――」

「だから早速向こうのご両親に連絡とってみたら、『それは妙案だ』ということで、決まりました」

「決まりました、じゃないが」


 俺は半身を起こして母を睨んだ。相手は悪びれる様子もない。


「そういうの、当事者に話さないと駄目だろ」

「だってあんた、絶対断るじゃない」

「知っててやったの? すごく悪意があるんだけど」


 呆れた。


「とにかくね、うちはお金があるわけじゃないから。節約できるならしとこうって話よ」

「それは……」


 経済の話になるとこちらが弱い。何せ家賃を払ってもらっているし、仕送りだって貰ってる。家計を完全に実家に依存しているのだ。


「もし断るなら、仕送り全部止めるから」

「喜んで承諾します」


 こうして、既成事実を盾に、俺はなし崩し的に引っ越しを余儀なくされたのだった。




 しかし。

 俺はフラフラと起き上がって、ベランダへ出る。途端に、突風が頬を引っ掻き、隣や向かいの家に干された洗濯物が鳥のようにはためいた。

 向かいには家、右に向けば坂がある。住宅街をぶっかいた坂。急な坂で歩いて登るのは一苦労である。原付の購入が必須だろう。出費を思うと胸が重くなる。

 坂を下るとそれを横に切った坂がある。ちょうどT字路のようになっており、登れば大学、下れば橋を渡って八幡へ出る。橋は広瀬川を股にかけている。日中は、河原で学生がBBQや芋煮をしている風景が見られる。

 ざっとこれが、川内の風景だ。

 別に悪いものではない。そもそも俺は景色に拘泥していないし、生活環境が第一だから、周りに建物が巡って息が詰まるだとか、山が地肌を露出していて不快になるだとか、そんな世捨て人めいた嗜好は持ち合わせていない。

 前の住居は橋を渡った向こう、すなわち八幡にあり、スーパーが近くて色々便利だった。今は、こうして橋を渡ってしまったのだから、スーパーやTSUTAYAの密集地帯からはやや遠ざかってしまったけれども、逆に大学は近くなった。まあ、要するに、一長一短というところだろう。坂が多くて気が滅入るけれど。

 こうして見てみると、二年間毎日通った道のはずなのに、どこか閉塞的な、よそよそしさを景観が放っているような感じがする。しかし、これは引っ越し直後や見知らぬ土地に来た際には必ず付随する疎外感で、いずれ消えるだろうということを、俺は知っている。

 問題はそこではない。


「……女の子と、二人暮らしか」


 自慢じゃないが、俺は20年と数か月、彼女がいたことがない。性的交渉は言わずもがな。つまり、童貞だ。キスもしたことがない。おっぱいも触ったことがないし、女の子が放つとかいう甘い香りも近くで嗅いだことがない。手すらつないだことがない。

 ……自虐はこれくらいにして、何が言いたいかと言えば、俺の両親も、佐々木さんご夫妻も、何か間違いが起こることを考えなかったのだろうか。俺の両親は常日頃「女の子と仲良くなりなさい」とか言ってるから大丈夫だろうけど、向こうの両親は、可愛い娘を縁戚とはいえ得体の知れぬ男に預けて、不安にならないだろうか。おっぱいも触りたいし、キスもしてみたい年頃の男のもとに。

 という感じのことを、遠回しに言ったら母に、


「だーいじょうぶだって。あんたにそんな度胸あるわけないし、もしそういう関係になっちゃっても、責任取れば大丈夫だから」


 と馬鹿にされた。いや、大丈夫じゃないだろ。

 とにかく、これから女の子と一つ屋根の下で暮らすにあたって、不安要素は挙げればきりがない。食事の好みとか、風呂の順番とか、洗濯物とか。

 本当に大丈夫なのだろうか。不安しかないのだが。

 と、そんなことを悶々と考えているうち、スマホの時計が13時を示していることに気がついた。


「っと……そろそろ行かないとな」


 無論、仙台駅に到着しているはずの、同棲相手を迎えに行くためである。




 平日とはいえ、仙台駅前の混み具合はなかなかのものだった。正直、二年経っても、田舎から越してきた俺は、この人ごみには慣れていない。ちなみに東京に行ったら、もっと人がいて目を見開いた覚えがある。

 新幹線で来ると言っていたから、多分改札を出て階段を降りたところにいればいいだろうと、これまた待ち合わせの人でごった返している辺りの隅に陣取る。

 すると、俺のスマホが振動する。

 開いてみると、LINEからメッセージの通知が来ていて、送り主には「KANOKO」という名前が記載されていた。

 開いてみると、


『着きました。歩道橋のところで待っています』


 という文言。どうやら、既に到着していたようだ。多分観光がてら、歩き回って、戻って来たところなのだろう。

 駅構内を出て、そこからたこ足のように広がる歩道橋に出る。が、人が多くてそれらしき人影が見当たらない。キャリーバッグを引きずった人間などそこら中にいる。


『俺も着いたよ。どこらへん?』

『駅から出てすぐのところです。出口正面の』


 その後もメッセージのやり取りをしながらうろうろしていると、どうやらそれっぽい人間を見つけた。俯きながらスマホをいじっている。白いニットに水色のロングスカート。間違いない。


「あの、佳乃子?」


 最初、佳乃子ちゃんと呼ぼうか、佳乃子と呼ぼうか、佐々木さんと呼ぼうか迷ったが、結局名前で呼ぶことにした。

 声をかけられた人影はビクッと震えて顔を上げる。

 視線がぶつかる。


「……」

「……」


 無言で見つめ合う。

 向こうは知らないが、俺の方はその顔に目を釘づけにされていた。可愛いか否かで言えば間違いなく可愛い。丸くて大きな目、小さくまとまった鼻、薄い桜色の唇。肌は抜けるように白い。美人というより、人懐っこそうな美少女だ。

 かろうじて、顔に残っている面影でそれと分かったものの、ものすごい変貌だ。内気であまり目立たなかった佳乃子。それが、花も恥じらう乙女となっていた。


「…………真治しんじ君?」


 対する佳乃子は、ようやく俺を認識できたような声音。そんなに変わっただろうか。と、みるみるうちに彼女の顔が輝いていって、


「うわー真治君! 嘘、本物⁉ すごい、久しぶりー!」


 ものすごい驚きようだ。俺も俺で驚いていたが、流石にたじろいだ。


「いや、リアクション大きすぎ」

「あ、ごめん……」


 ようやく自分を客観視できたのか、慌てて取り繕う。が、やはり頬は上気したままだ。


「でも、本当に久しぶりだね。最後に会ったのっていつだろう? とにかく、ずっと会いたかったんだよ?」

「それはどうも」


 社交辞令だろう。軽く受け流したが、彼女はやや口を尖らせた。


「リアクション薄ー……10年ぶりの再会なのに」

「そんなもんだろう。というか、荷物重いだろ? さっさと行こうぜ」

「え? あ、うん。……せっかくの再会なんだし、もうちょっと余韻に浸ればいいのに」


 彼女は、何やら名残惜しそうだったが、俺は構わず荷物をひったくると地下鉄へ向けて歩き出す。

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