第4話 続入学式

「疲れた……」


 ビラ配りを一通り終え、俺は芝の上に腰を下ろしていた。まあ、ただ立って時々新入生に声をかけるだけなんだけど。

 もう入学式は始まった頃だ。既に新入生も見当たらない。本当は帰りたいが、式終わりにまた勧誘をしなければならないから、数時間、近くをぶらぶらしているしかない。


「お疲れ様です」


 隣には一個下の部長の金山かねやまが座っている。茶髪で垂らし、彼女持ち。いわゆるリア充である。


「おう」

「どうっすか? 今年の新入生」

「どうも何も……まあ、いけ好かない野郎ばっかだな」

「ははっ、またそれですか。僕としては女の子が入ってくれるといいんだけど」

「馬鹿野郎。入るかよ」


 金山がいたずらっぽく笑う。笑う時もいちいち爽やか。


「まあ、新入生が来ないと試合もできないからな」

「そうですよね。俺らの代はあんま人がいないから、いっぱい入ってくれないと」

「ははっ……」


 顔が引きつる。その時の脳裏には、去年の入学式の記憶がよみがえっていた。といっても大したことではなくて、友人の坂本さかもととふざけて、女子にばかりビラを配っていた、という馬鹿馬鹿しい記憶だ。

 しかし、一個下の代に人がいないのは、もしかすると。……無関係ではあろうが、一抹の罪悪感はある。


「俺と二個上の代が結構いるから今のとこ人不足ではないけど……卒業したらヤバいかもな」

「ちょっと、それを言うのはナシですよ」


 この大学は工学部生が圧倒的に多い。しかも、工学部の大半は大学院に進学し、二年間の修士課程に身を置いてから大学を去る。つまり、学部卒予定の俺と二個上の代は、同時に就職することになる。


「ま、頑張れよ」

「尾崎さんも新入生と仲良くしてくださいよ」

「俺は人見知りだから厳しい」

「とか言って」

「うっせ」


 からかわれても嫌な気分にならない。これもこいつの魅力なのだろう。正直、羨ましくもなる。


「それで……尾崎さんは可愛い新入生見つけたんですか?」


 唐突な問いだ。しかし想定内。俺はにやりと口角をあげる。


「抜かりない。今年は割と粒ぞろいだな。おっぱいがデカい子もいる」

「またおっぱいだ。尾崎さんっておっぱい大好きっすね」

「当たり前だろ。ロマンだロマン」

「俺はやっぱりお尻が一番っすね~」

「お前も相変わらずだな。ブラジル行けよ」

「いやーやっぱり日本人の女の子が一番じゃないっすか」

「何だお前、外国人と付き合ったことあるのか」

「ないですけど。見た目の柔らかさはやっぱ日本人ですね」

「よく分からん」

「だったら尾崎さんはおっぱいさえデカけりゃ誰だっていいんですか」

「ノーコメントだ」

「ずっりー」


 と、そんな他愛もない話をしていると、そのうち時間が過ぎているのではないかと思えるが、まだ数分しか経っていない。


「暇だ……」


 うんざりする。周囲には時間を潰せるような場所もない。


「おい、ちょっとボール触ろうぜ」

「ああ、暇ですもんね」


 案の定金山はサッカーボールを持ってきている。多分新入生の前で何かアピールでもするためなのだろうが、そんなに意味があるとは思えない。

 手始めにリフティング。

 それからパス。

 パス。

 パス。

 気だるい時間が流れる。悪くない。


「そういえば尾崎さんって引っ越したんでしたっけ」

「ん? ああ……」

「なんかもったいなくないですか? あそこ、いい場所だったのに」


 金山は俺の旧居を知っている。確かに、俺の旧居は立地で言えばだいぶよかった。


「そうだけど、やむにやまれぬ理由がなあ……」

「なんすかそれ」

「うん。親戚の子と同居することになったんだよ」

「へえ。男? 女?」

「女」


 金山のパスが思い切り逸れる。


「おい、なんだよ今のパス」

「……女」

「は?」

「尾崎さんに女……? そんな馬鹿な……」

「おい、なんか失礼なこと考えてるだろ」

「当たり前じゃないですか! 尾崎さんに女ができるなんて――」

「大げさだよ。親戚の子だつってんだろ」


 予想通り、あらぬ誤解をかけられた。これからは必要が無ければ話さないことにしよう。

 それより、俺はそんなに色恋沙汰に無縁だと思われていたのだろうか。反論ができないのが悔しい。


「でも尾崎さんが女の子と同居って、大丈夫っすか?」

「大丈夫だろ。そんな気はないし」

「とか言って、気が変わるかもしれないじゃないですか」

「ねーよ。親戚の子だっつってんだろ」

「なーんだ。つまんねーの」


 そんなあからさまに興ざめられても困る。


「この話は終わりな」

「はーい」




 案外適当にパス交換しているだけでも時間は過ぎるもので、気がつけばもう入学式は終わり、新入生が続々と体育館から吐き出されていた。それに上級生が我先にと向かう。獲物に群がるプレデターのようだ。

 俺はとりあえず、手近にいた二人組の男子に声をかけた。背の高いのと低いのと二人。高いのは髪が短く、低いのは茶髪だ。両方とも細マッチョといった体格で、いかにもスポーツやってましたという感じ。


「こんにちは~」

「あ、ウッス!」

「どもっす」


 挨拶も威勢がいい。


「入学式どうだった?」

「いやー退屈でしたね。話長くって」


 背の高い方が答える。


「あーやっぱり? 俺の時もめっちゃ長かったよ。何かゲストでトヨタの偉い人が来て延々喋んの」

「眠くなりますよね」

「でも俺は椅子では眠れなくてさ、拷問だったわ」

「それはつらそうですね」


 雑談も普通に返ってくる。会話のキャッチボールが成立するだけでも、気が楽になる。


「君らはお友達?」

「さっき会ったんですよね。隣同士で」

「ふーん。学部は?」

「二人とも工っす」

「学科は?」

「俺がマテでこっちが機知です」


 茶髪が答える。ちなみに、マテとは材料科学総合学科、機知は機械知能・航空工学科の略である。どうでもいい。


「二人とも優秀なんだね」

「いやーそんなことないっす。俺一浪だし」

「俺も二浪」

「あーそうなんだ」


 思わぬところでそんな話になる。正直、浪人の話しになると気まずい気分になる。相手がよくても、こっちがよくない。


「先輩は?」

「俺は法」

「おーじゃあ同じところっすね」

「いやいや、法だから、法。法律ね」

「あ、なるほど」


 法と工は発音が似ていてよく間違われる。法学部はマイノリティだから、大抵工学部だと思われるのがつらいところだ。


「サークルパンフ貰ったっしょ? どこ入りたい?」

「二人ともサッカーやってたんで、サッカーやりたいかなって」

「おーいいね。でもサッカーって22人必要じゃん? この大学、そんなに毎回人集まるわけじゃないんだよね。忙しいし」

「あ―確かに……目から鱗っすわ」


 茶髪が言う。さて、こうなればもう楽勝だ。


「けどね、サッカーじゃなくてもフットサルならできるよ。10人いればできるから」

「フットサル……確かに」

「俺フットサルのサークルに入ってるんだけど、どう? 興味ない?」


 と言ってビラを渡す。それを抵抗なく受け取る。


「そうっすね。行ってみます!」

「おーウェルカムウェルカム。好きな時に来て好きな時帰っていいからね」

「はーい」


 そんなこんなで会話を切り上げる。

 さて、次は。

 と探していると、背後から声をかけられる。


「真治くーん」

「あ、佳乃子」


 振り返ると、スーツ姿の佳乃子が目に入る。と同時に、そのちょっと後ろに、どこかで見たような顔を見つけた。


「あ、松川」

「どうも」


 松川はお辞儀をする。


「どしたの、二人とも」

「入学式で隣り合ったから仲良くなったんだよ」

「へー。すげえ偶然じゃん。俺もさっき松川とLINE交換したんだよね」

「え……ちょっと真治君、もしかしてナンパ師?」

「違う違う。法学部だから先輩としていろいろ教えようと思って」

「それって下の方も――」

「ないない」


 中学生か、と心の中で突っ込む。


「そうだ、まだ飯食ってないよね? ちょっとどっか行こうか」

「あ、賛成ー」

「松川は?」

「わ、私も……ご一緒させていただきます」


 そういうわけで、三人でどこかに寄ることになった。ちょっと両手に花なんじゃないの、これ。

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