第3話

「まったく、無茶をなさる」

 ウィルを横抱きに抱えて、オーウェンは苦笑を浮かべた。ウィルの顔は蒼白と言っていいほどの色合いで、額には嫌な脂汗まで浮いていた。

「……オーウェン? どうしてここに?」

「我々、近衛兵をあまり甘く見ないで頂きたいですね。特に、あなたのお側付きである私のことは。殿下の悪戯ひとつ見抜けないようでは、お話にならないということです」

「それじゃ……あなた、全部知っていたというの?」

 シルヴィアが震える声で言うと、レイラは閃いた顔つきになった。

「そういえば、今日はよくカラスを見たわ。……オーウェン・メイスフィールド、あなただったというわけね」

「ご明察です」

 にっこりと笑ったオーウェンは、その顔のままでウィルに言い聞かせた。

「変身魔法をお使いになれたのは、さすが殿下といったところですが、変身とはそれになりきるというものです。殿下は何に変身されても殿下でいらした。変身された動物の行動そのものをまったくご存じない。大変見つけやすくてありがたかったですが、私の目をごまかしたいなら、もう少し修練が必要ですね……と、もう聞こえておられないようだ」

 オーウェンが言った通り、ウィルはぐったりとして目を閉じていた。駆けつけようとしたレイラとシルヴィアを、オーウェンは素早く人差し指を唇にあてて制した。

「姫君方。どうかここでは、歌われませんように」

「どうして? ウィルを癒すことができるのは、私とレイラの歌だけでしょう?」

「おっしゃる通りですが、なにしろ私は、陛下から一刻も早く殿下を連れ戻すようにとの王命を賜っておりますので」

 シルヴィアは愕然として、しばらく言葉を発せなかった。

「では……、それでは……陛下は全部、ご存じだったということ? 私達の今日一日のことを?」

「もちろんです。もう少し申し上げれば、ユニコーンの惨憺たる状況もご存じでおられます。……姫君方、あなたがたには単なる叔父上かもしれませんが、その御方はわが王国の唯一無二の君主であらせられるのです。私をはじめとした臣下はすべて、陛下の御目であり御耳であるのです」

「まるでこの世に、陛下のご存じでないことは何一つないとでも言いたげな口ぶりではないの、オーウェン・メイスフィールド。……それじゃ私たちは、ただ見逃されたというわけ」

 レイラの辛らつな言葉を、オーウェンは数々の侍女たちを虜にしてきた微笑みでかわした。

「ご不快の念はお察ししますが、姫君方は高貴な身の上で、まだ幼くていらっしゃることをご自覚頂かなくては。我々のようなものが常に御身辺を守っているのはそのためですから。……それに」

 オーウェンは、ふと笑顔になった。

「ご自分のペットを身代わりになさるとは、なんとも可愛らしいご発想でしたね。普通は、訓練された動物をつかうものです。仔オオカミたちが本能のままに騒ぎ出す前に、入れ替えさせて頂きましたが」

 可愛らしい、と嘲られてシルヴィアは顔を真っ赤にしたが、レイラはオーウェンを睨みつけた。

「何もかも手配済みというわけね」

「殿下たちの御身をお守りするのが、私の役目でございますから」

 にっこりとしたオーウェンに鋭く、レイラは言った。

「では、私たちがお仕置きを受けることもないでしょうね?」

「それとこれとは別の話です、姫君」

「なら、オーウェン、このことを私たちの教育係に言うことができるの?」

 オーウェンは返事をせずに、ただ微笑んでいるだけだった。

「レイラ……?」

「シルヴィア。ここまでが、私たちの直感よ。あとはあなたの推理力に委ねるわ」

 はっとしたシルヴィアは、少しの間顎をつまみ、目を閉じると、ゆっくりとオーウェンを見上げた。

「オーウェン・メイスフィールド。あなたは、ウィルをはじめ、私たちが今日一日行ったことを公にすることはできない」

 ウィルは、苦しい息の下で首をもたげた。

「……どういうこと?」

「なぜなら、ユニコーンに関することは王家にとっての秘中の秘であるはずだからよ。ユニコーンがしゃべること、そして……その魔法の在り方についても」

「シルヴィア!」

 ウィルは叫んだが、シルヴィアはひるまなかった。

「ユニコーンが次々と死んでいくこと、そして私たちが清めた水では彼らが癒されないことから、陛下はユニコーンたちが使う魔法には何かがあると、ご存じだったのではなくて? そして、それを知るために、オーウェン、あなたが派遣された。そして、時同じくして王宮を抜け出した私達は、利用されたのよ」

「利用?」

 気位の高いレイラが眉をひそめると、シルヴィアは頷いた。

「考えてもみてちょうだい。ウィルが王宮を出るのよ。気付いたその瞬間、即刻連れ戻されてもおかしくはないはず。それなのに、私たちは今日一日を過ごすことができたのよ。おかしいと思わない?」

「……僕は賭けに使われたわけか。父上の名のもとに使者なら、エヴァランは角を向けることしかない」

「そう。だけど、まだ王子で何も知らない、でも真っすぐなあなたの言葉なら、ユニコーンから秘密を引き出せるのではないか、と」

「父上は、卑怯者だ!」

 ウィルは、気力を振り絞って上体を起こすと、オーウェンに向かって叫んだ。

「あんなにユニコーンを殺しておいてそれでも飽き足らず、魔法の秘密まで暴こうとするなんて! いったい彼らが何をしたっていうんだ!」

「すべては、シルヴィア嬢のご推測にすぎないということを、お忘れなく。それに、私は陛下の手足にすぎません。御意は、陛下の御胸のなかにあるだけです」

「それなら僕は、帰ったらすぐに父上に文句を言ってやる……!」

「それはおすすめしませんね。殿下の御身のためにも、王国のためにも。国王と王子の対立は、王国の平和を乱しますから。それに殿下、もうしゃべられない方がいいかと」

「どうし……っ!」

 とつぜん、ウィルの呼吸が変わった。呼吸音がひゅうひゅうといかにも苦しそうで、それでいてほとんど息が吸えてないようで、みるみるうちに顔色が変わっていく。

 そんなウィルを見下ろして、オーウェンはため息をついた。

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