第6話

 ウィルに教えてもらって、二人が変身魔法を使えるようになるまでには、そんなに長い時間はかからなかった。

 大人でも使いこなすのには難しい高等魔法ではあるので、レイラもシルヴィアも練習する前は、たとえば身体の半分が動物まま戻れなくなったらどうしよう、と不安になったけれども、そんなひどい失敗は一度もしないですんだ。

 なにせ、レイラとシルヴィアは、名誉称号をいくつも持つ大臣が手放しでほめるほどの優等生なのだ。一方のウィルは、その実力とは裏腹に、真面目な生徒とは言い難く、ふざけてよくしかられているのだけれど。

 レイラとシルヴィアが変身魔法を完璧に使えるようになると、今度はユニコーンを見に行くまでの計画をたて始めた。どうやったらうまく家を抜け出せるか、街のどこを通っていくか、どこまで行けばユニコーンは見られるのか、などなど。

 その時間の楽しいことといったら、まるで夢のようだった。計画を練れば練るほど、楽しくなった。

シルヴィアは図書館からくわしい地図を借りてきて、三人は暗記するほどにそれをよく見て、当日どうやってユニコーンを見に行けばいいのかを考えた。

 計画をたて始めてから、注意深くニュースや新聞を見るようにしていたところ、今頃ユニコーンを連れた兵隊たちがいるのは、アキダリア平原にいるはずだった。都の中心にあるヘルメス駅で、列車に乗ってしまえば、日帰りで行ける距離にある。

 三人はすぐにでもユニコーンを見に行くために、まっすぐヘルメス駅を目指すつもりだった。けれども、意外にもまず興奮した声をあげたのは、シルヴィアだった。

「ねえレイラ! あの、左側の斜め前のお店、見える?」

「……どこのこと?」

「あの青い屋根のお店!」

 シルヴィアが言っていた店は、本屋だった。ドアの上に掲げられた看板には、古めかしい文字で「静寂の中の快楽へ 王国一番の本屋 黄金のロバ」と書かれている。

ショーウィンドーの中に見えた新刊に、たちまちシルヴィアの瞳は輝いた。

「待って、シルヴィア!」

 声をかけたレイラにも気づかずに、シルヴィアはぱっと駆けだすと、ショーウィンドーにはりついた。

 深い緑色の表紙に、金色で縁取りをされた豪華な装丁の本は、勝手にページが右から左へ、そして左から右へと流れるようにめくられている。その少し上のところでは、エルフが、マーメイドが、そしてユニコーンが、入れかわり立ちかわり浮かんでは消えていく。

「まぼろしの六つの種族についての本よ。私、これが欲しくてたまらなかったの!」

 追いついたレイラは、夢中のシルヴィアに肩をすくめた。

「シルヴィアったら。本当に本の虫なんだから」

「あっちの黄色い屋根の店は、レイラが好きそうだけど?」

 笑いを含んだウィルの声に、目を向けたレイラは、「きゃあっ!」と歓声をあげて、勢いよく走り出した。

 通りに面した部分は、大きなショーウィンドーになっているその店は、「王家御用達」「恋よりも甘い味」「幸せを運ぶお菓子」とカラフルな文字で謳い文句が明滅し、その中央に一つ一つの文字が全部違うパステルカラーで「アフロディテの林檎」と店名が書いてあるお菓子屋だ。店の前に立っただけで、砂糖やはちみつの甘いにおいに身体がつつまれた。

 レイラの目を釘付けにしたのは、自由気ままに飛びまわるピクシーをかたどった砂糖菓子だった。はばたくたびに、うすい羽根からは金粉がはらはらと落ちて、まるで本物のようなのに、ピクシーはいきなり空中で飛ぶのをやめると、ふわふわと飾り皿の上に落ちて行って、ごくふつうの花や宝石の形をしたお菓子に戻ってしまう。そうかと思うと、急にぷるぷると震えだし、ぽんっと粉砂糖をはじけさせながらピクシーの姿に変化して、宙へと浮かび上がる。

「すっごくかわいい! こんなお菓子があるなんて、知らなかった!」

 ウィルは、通りを走り回って、レイラとシルヴィアの笑顔をそれぞれ確認すると、一人で満足そうにうなずいた。

「せっかく出かけてきたんだから、楽しまなくっちゃ!」

 王都リトホロの大通りには、レイラとシルヴィアの目を引くものはいくらでもあった。ファッションの流行を巻き起こす王国一番の服屋では、ただの布に魔法がかけられていて、紳士と貴婦人のマネキンがダンスをしているとちゅうでくるくると巻き付いて、だんだんと最先端のドレスやスーツになっていく。

 宝石を売る店もあった。レイラもシルヴィアも、自分の持ち物があったし、それぞれの母親が豊富なコレクションを持っているので、特に珍しいものだとは思わずにいたけれど、新品がずらりとならんでいるのを見るのは初めてで、その煌びやかさにはため息がでた。

 どれも花や蝶をかたどった、乙女心をくすぐるかわいらしいデザインなのだ。特に、最初は花の種だった、宝石を埋め込んだ金細工が、芽を伸ばして花ひらく魔法がかかった物は、見ていて飽きなかった。

 レイラとシルヴィアは、興味の引かれるものが多すぎて、なかなか進まなくなってしまった。アクセサリーを指さし、おしゃべりのつきる様子のない二人のいとこの服のすそをかんで、ウィルは早く行こうとうながしてみるものの、まったく動いてくれない。

 ウィルはどうしたものかと思いながら引っ張るのをやめたとき、となりの店の品物が目に入ってきた。

 ずっとしつこく裾を掴んでいたウィルが急に大人しくなったので、レイラはウィルを見やった。

「ウィル、どうしたの?」

 声をかけても、ウィルは答えない。

「レイラ、ウィルがどうかしたの?」

 シルヴィアも気付いて、宝石を見るのをやめた。

「さあ。とつぜん静かになったの。何を見ているのやら……」

 二人はウィルの視線の先を追って、ああ、なるほど、と思った。

 となりの店は、「近衛兵団御用達 最強の武器 アテネの盾」と書いてある武器屋だった。その店のショーウィンドーの中央には、柄飾りに大きな宝石をはめ込んだ黄金の大剣が飾られている。

 王国の人々なら、一目見ればわかる。特に、三人にとってはなじみが深い。これは、王家に代々伝わる剣なのだった。もともとは初代の王の持ち物で、それが息子に引き継がれたことから、王であることを示す証になっている。

 もちろん、本物は宮殿の宝物庫に厳重にしまわれているので、これはここまで見事に模造品をつくれますよ、という店の宣伝にすぎない。

「意外ね。ウィルは、王家の物なんて興味がないと思っていたのに」

 シルヴィアが言うと、ウィルは、はっとしてから、少々きまりの悪い顔をした。

「まあね。……だけど、これだけは、なんか特別なんだ」

 ウィルの目が、宮殿にある本物を思い出しているやや遠くを見る。

「儀式のたびに父上がこれを持っているのを見るんだけど、いつもなんだか胸がどきどきしちゃうんだ。ただの古い剣だ、とは思うんだけどね」

 りーんごーん、と鐘が鳴る。都の中心部にある教会には、白く大きな塔がそびえている。大きな時計の文字盤がはめ込まれているその塔のてっぺんには、太陽の光を受けてきらきらと輝く黄金の鐘がおさめられており、王国中にも響き渡るような鐘の音で、人々に時間を告げた。

「いけない。もうお昼の時間になっちゃった」

 レイラがあわてた声を出すと、ウィルが笑った。

「お店を見るのに夢中で、時間を忘れていたね。そろそろアギタリアに行かないと」

「その前に、なにか食べるものを買わない? お腹がすいたもの」

 レイラがおなかを押さえると、シルヴィアは笑いながら提案した。

「それなら、ヘルメス駅でなにか食べない? 旅行者むけの食べ物屋さんがたくさんあるらしいから」

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