第4話
それから数日後、授業中のシルヴィアの顔の前を、ひらり、と黄金色の小さな蝶が横切った。シルヴィアは、はっとして頬杖をはずすと、大臣が黒板に向かったときを見はからって、さっと蝶の羽根を指でつまんだ。ふつうの蝶なら、必死になってもがくところだけれど、この蝶はあわてることもなくじっとしていて、シルヴィアがそっと息を吹きかけると、たちまち一枚のメモ紙に姿を変えた。
大事件! きょうの夕方、秘密の場所で。
レイラの文字で、そう書いてある。シルヴィアは教科書で口元の笑みを隠すと、お気に入りのメモを取り出して、さっそく返事を書いた。それを唇まで持っていくと、自分にしか聞こえないくらいのささやき声で、短い呪文を歌った。
ヘイ ディドル ディドル
ネコにバイオリン
めうしが月をとびこえた
こいぬはそれを見て大笑い
そこでお皿はスプーンといっしょにおさらばさ
するとたちまちメモは銀色の蝶に変化して、ふわりと浮き上がると、こまかく羽ばたいてレイラの席の方へと飛んで行った。
単純な連絡魔法で、口の中で歌うだけでも発動するので、大人の目を盗んでやりとりしたいときの、お決まりの方法だった。レイラからなら金の蝶、シルヴィアからなら銀の蝶、ウィルからなら赤金色のトンボと決まっている。
もしかして、とウィルを見ると、まさに手元から赤金色のトンボが飛び立ったところで、やっぱりレイラの手紙をもらったみたい、とシルヴィアが思っていると、ウィルがちょうど顔をあげて、満面の笑みを浮かべて見せた。
「私、すごい話をきいたの」
「すごい話?」
かがやく瞳でレイラは、シルヴィアとウィルに身をのりだした。
「お父様と部下の人のお話が、たまたま聞こえたの。先週、ユニコーンが一頭死んだらしいの」
えっ! とシルヴィアは声をあげてしまった。
「ユニコーンが死んだ? だって、本にはものすごい長生きの生き物だって書いてあったのに」
「ふつうはね」
レイラはうなずいた。
「数百年は当たり前。千年を生きることだってあるって話だけど、でも、死んだのは一頭だけじゃないらしいの。連れて来られている群れの中から、すでに何頭か死んでいるんだって」
レイラの言葉で、ウィルは飛び上がった。
「それじゃ、急いでいかないと!」
「そういうこと。リトホロにつくまでにユニコーンが全滅しちゃったら、一生見られなくなっちゃう」
「でも、どうして長寿のユニコーンが死ぬの? ……水がダメなのかしら」
シルヴィアは考え込んだ。頭の中で、パラパラと今まで読んだ本のページがめくられていく。
「水?」
ききかえしたレイラに、シルヴィアはうなずいた。
「そう。ユニコーンは、きれいな水辺にしか生きられないの。人間の住んでいる場所の水は、汚くてダメなのかもしれない」
「そんなはずはないでしょ。飲み水はみんな、魔法で綺麗にしているはずなのに」
「そうなのよね……」
シルヴィアがうつむくと、「とりあえず、見に行ってみればいいじゃん」と、ウィルの明るい声がしたので、二人はびっくりした。
「見に行けばいいんだよ。どうして、ユニコーンが死んでしまうのか。楽しみが一つ増えたじゃん」
レイラは、くすりと笑った。
「ウィルのおばかさん。見に行ったからって、そんなかんたんにわかるわけないでしょ」
「きっとわかるよ」
ウィルの声は、あくまで明るかった。
「自由に街を歩くんだ。ユニコーンを見に行って、どうして死んでしまうのか、謎を解き明かすんだよ。ぼくたちだけで」
ウィルが微笑むと、その嬉しさがレイラとシルヴィアにも伝わってきた。それは、ちょっとした冒険にでかけると決心したような興奮だった。
きっと、いままで経験したことがないほど、すばらしい何かが待っているのではないかという予感が、胸のなかいっぱいにふくらんでいく。
レイラとシルヴィアは、手を取り合ってくすくすと笑った。子どもだけで出かけていくというわくわくする思いを、ひとしきり笑って落ち着かせたあとで、二人はウィルに言った。
「ねえ、ウィル、変身の魔法は、どうやって使うの?」
「さっそく始めましょ。秘密の練習を」
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