第2話
神話の中でもっとも有名な人物。それは、赤金色の髪に、黄金の瞳の人間の青年だ。すばらしい歌声に恵まれて、誰よりも魔法が得意。そして、七つの種族すべてから尊敬されて、初代の王になった。
それが、いまの王家のはじまりだと、王国の民で知らない者はない。初代の王の血を脈々と受け継いで、いままでの王と同じく、赤に金色の混じる髪に、黄金の色合いの目をしたウィルは、だれが見ても、正真正銘の王子なのだった。この世でたった一人の王を父親に持つ、自分もやがてはこの国を支配することになる、特別な子ども。
でも、本人のウィルには、その自覚がないらしい。王宮で文部大臣じきじきに教鞭をとる授業の毎日を退屈だと感じているようで、よく悪戯をしては、まわりの大人にしかられて、馬小屋の掃除をさせられたり、反省文を書かされたりしている。
こんな人が将来王様になるなんて、とレイラとシルヴィアは思っているし、ウィルに面と向かって言ってもいる。
他の人がウィルに不安をおぼえても、直接言えないところを、二人がまったく気にしないのは、ウィルのいとこで幼馴染だからだった。
国王には二人の妹がいて、それぞれがシルヴィアとレイラの母親なのだ。
レイラの父親は将軍で、シルヴィアの父親は大臣。それぞれ名家の出身で、王家と縁深く、特別に王女の降嫁を許された格別の家柄である。
とはいえ、正式な身分で言えば、レイラとシルヴィアは一貴族の子女で、王族ではない。
だけど二人は、王女の母親と一緒に王宮に住んでいる。二人の父親は王から授かった領地に壮麗な城を持っているし、王都にもすばらしい領主館を持っているにも関わらず、だ。
これは、王の特別な配慮だった。他に兄弟のないウィルがたった一人で授業を受けるよりは、同い年の子どもと触れ合う機会を与えたい、との意思だった。だから、レイラとシルヴィアは、陛下から直々に許しをもらい、ウィルと共に大臣から特別授業を受けている。
ただ、優秀でどんな呪譜――呪文と歌が書かれた楽譜、をすぐに歌いこなせる優秀なレイラとシルヴィアにとっては、授業中ふざけてばかりのウィルは迷惑きわまりなく、これなら私たち、普通の貴族の子みたいに、家庭教師についてもらえばよかったわね、とよく話していた。
レイラとシルヴィアは、いままでウィルが、物を見つからなくしたり、部屋の家具ぜんぶを飛び回らせたり、階段の途中で一段消してしまったりして、大臣や召使たちを困らせるのをさんざん見てきたし、なれっこになっていたけれど、一人で勝手にでかけるというのには絶対にやめさせないと、という気持ちになった。
「ウィル。お城を抜け出すなんて、いつもの悪戯とはぜんぜん違うのよ」
「お掃除や作文でゆるしてもらえるようなレベルじゃないの」
「そうかな。二人はいい子だからやったことないだろうけど、おしおきの掃除や作文って、けっこう大変なんだけど」
シルヴィアは、「そういう問題じゃないでしょ!」と大きな声を出した。
「もう十三歳なんだから、いい加減に大人になりなさいよ。いちおう王子様なんだから、そろそろしっかりしなくちゃ」
「それに、わざわざ出掛けなくても、待っていればユニコーンは見られるでしょ。リトホロに連れてきているのは、王様へのお披露目のためなんだし。そのときに一緒に見られるのに」
シルヴィアにぴしりと言われ、レイラが呆れた顔をしても、ウィルはまったく気にしていなかった。
「そんなのはつまらないよ。連れてきてもらったのを、ただお行儀よく見ているだけなんて。だいたいああいうのって、大人が話してばっかりで好きにさせてもらえないんだ」
レイラとシルヴィアはため息をついた。いつもにこにことしているくせに、ウィルは変なところで頑固なのだ。一度思いついたらやってみないと気がすまないのは、二人とも嫌というほどよく知っている。
「じゃあ好きにしたら?」
「絶対にできっこないけど」
顔を背けた二人に、ウィルは心のそこからきょとんとした顔をした。
「どうしてできっこないって思うの?」
レイラは馬鹿じゃないの、と言いたそうな顔をしたけれど、もう話す気がなかった。シルヴィアも同じ気持ちだったけれど、しかたなく口を開いた。
「少し考えればわかることでしょう? ウィルのまわりには、いつも何人も召使さんたちがいて、お城には警備の人たちがたくさんいるんだから。だれにもばれないでどうやってお城をぬけだせるのよ? ばかね」
「そうだ、忘れてた!」
ウィルがいきなりぱちんと指を鳴らしたので、レイラは「今度はなに?」とめんどくさそうな声を出した。
「新しい魔法を覚えたんだよ。それを使えば、絶対に成功する。二人もそう思うよ」
「新しい魔法?」
シルヴィアの質問にウィルが答える前に、三人の背後から咳払いが聞こえてきた。振り返ってみると、眼鏡をかけた背の高い図書館の管理を任された女官が、険しい顔で立っていた。
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