第一章 旅立ち

第1話

 王都リトホロは、歌の都。優れた歌は、優れた魔法を呼び、街全体が美しいハーモニー。

 古い、吟遊詩人の歌い文句だ。

 そのリトホロのなかで、砂糖菓子のように輝く王宮のなかを、ふわふわとウェーブした金髪に青い目のレイラが、迷いのないドレスの裾さばきで歩いている。

 彼女はいま、大の親友でいとこのシルヴィアを探しているのだった。

 シルヴィアを探そうとしたら、王宮内の図書館に行くのがいちばん。長い銀色の髪に、紫色の瞳をしたシルヴィアは本が大好きで、時間があれば、読書をしている。

 レイラは、本なんてあまり読まない。だけど、シルヴィアとは大の仲良しだから、図書館へはよく来ていた。

 王宮の図書館の蔵書といえば、もちろん王国中にある数々の図書館よりもずっとずっと多い。魔法でもともとの空間よりもたくさんの本が所蔵でき、国中で発刊された全ての本がおいてある。

 本好きのシルヴィアだから、彼女は彼女で自分のコレクションがあるけれど、それだけでは物足りないらしく、足しげく王宮の図書館の通っているのだ。

 図書館一つで、歩いてまわるには一日あっても足りないほどに広大だけれど、シルヴィアがいる席はいつも決まっているから、レイラの足取りは一直線だった。

 アーム型の大天井にはめ込まれた窓は、ところどころに色が付き、虹色に輝いている。魔力は持たないものの、鱗粉につよい色素をもつ小妖精は光るものが大好きで、よくここに来ては、ガラス天井を鮮やかな色あいにしてしまうのだ。だから、この天井にはわざと色をつけないでいるのは、王国中で有名なことだった。

 やっぱりシルヴィアは、今日も本を読んでいた。窓際のお気に入りの席に座って、大きな図鑑をながめている。見つけた嬉しさで、レイラが背中から抱きつくと、シルヴィアはにっこりと笑って振り向いた。

「今日は何を読んでいるの、シルヴィア?」

「これなの」

 シルヴィアが持っている本のページの上では、虹色にきらめく銀の毛に、額からは真珠色の螺旋を描く角を持つ、四つ足の優雅な獣が、自由気ままに動き回っている。

 とてもとてもめずらしい生き物。——ユニコーンだ。

「綺麗な絵。今まで見たユニコーンの絵の中で、いちばんよくできてる」

 レイラが椅子に座りながら言うと、シルヴィアは嬉しそうに話した。

「絵を動かす魔法がうまくかかっているでしょう? 本当に動いているみたいに」

「これ、もしかして新しい本なの?」

 そう、とシルヴィアは大きくうなずいた。

「今日入ったばかりの新刊。これが読みたくて来たの」

「なるほどね。いま、ユニコーンがリトホロに来るって話題だものね」

 魔法の幕に映し出す映像や、毎日音楽が運んでくる知らせなどでは、ついにまぼろしのユニコーンが見つかったと、毎日さわがしかった。

それらが伝えることによると、大陸の南のゲリュオン山脈で訓練を行っていた国王軍のある一隊が、遭難してしまった。大規模な捜索隊が出される騒ぎになったけれども、遭難した兵隊たちが見つかったのは、地図にもない、名のない美しい湖のそばだった。そこに、ユニコーンがいたのだ。

 誰もが初等教育で習うほど有名な神話では、人間のほかに魔法を使うことのできる種族はあと六ついることになっているけれど、そのほとんどが幻の生き物だ。ユニコーンなんて生き物は、それこそ本の挿絵でしか見ることができなくて、絶滅してしまったのではないかと考える人が大勢いた。そのユニコーンが保護されて、いま、王都リトホロに向かって来ているのだ。

 シルヴィアは、うっとりとため息をついた。

「ユニコーンって、どんな動物よりも綺麗なんだと本に書いてあるの。ああ、早く見てみたい」

「そうね。わたしも待ちきれない」

 レイラがシルヴィアの肩に身体を寄せて、本に目を落とすと、ふいに本のなかのユニコーンが浮き上がった。

 子供の手のひらほどの大きさのユニコーンは、驚くふたりの顔のあたりまで飛び上がると、走るたびに銀色の尾をひきながら、くるくると駆け回った。

 本棚の後ろから、くすくすと笑い声が聞こえる。まず現れたのは、燃えるような赤金色の髪。そして、黄金の瞳をらんらんと輝かせた満面の笑みの少年が顔を出した。

「どう、驚いた? うまくかかったでしょ」

「いたずらはやめてよ、ウィル」

「ほんと。せっかく絵を見ていたのに」

「でもこっちのほうが、もっと本物っぽいでしょ?」

 ウィルと呼ばれた少年は悪びれもせずに言うと、手をさしだしてユニコーンを招き寄せた。その手首には、みごとな彫刻がほどこされ、大きなルビーをはめ込んだ腕輪が着けられている。

 ユニコーンは、本物さながらにかけていくと、ウィルの手の上に乗った。

 二人の少女は肩をすくめた。ウィルの言うことが間違っていなかったから。本の魔法はすばらしくて、たしかによくできていたけれども、本から出てきて動いているのを見るのには敵わなかった。

「だけどね、僕はこんな作り物じゃ満足できないんだ」

 ウィルが、そっと息を吹きかけると、一瞬のうちにユニコーンは消えてしまった。シルヴィアが本を見ると、何事もなかったかのようにユニコーンが戻っている。

「満足できないって、どういうこと?」

 レイラが質問すると、ウィルは「もちろん、本物を見に行くってことさ」と言った。

「ああ、たしかにユニコーンが着いたら、ウィルは真っ先に見ることができるでしょうね」

「いや、そんな退屈なことじゃなくて、自分で見に行くんだ」

「自分で?」

 シルヴィアが顔をあげると、ウィルはうなずいた。

「授業が休みの日に、ちょっと出かけてこようかと思って」

 ウィルはなんでもないことのように言ったが、レイラとシルヴィアはびっくりして、思わず椅子から立ち上がった。

「そんなの無理に決まってるじゃない」

「なんでそんなバカげたことを思いつくの?」

「そんなふうに言わなくたって。僕は本気なのに」

 口をとがらせるウィルに、レイラとシルヴィアは声をそろえて叫んだ。

「王子の自覚を持ちなさい!」

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