第2話 わ
「ん」は、さすがにイージーだったか。飛んで、と書きそうになるのを、舞って、に書き換えたら、かえって良くなった。よし、この調子だ。
正直、俺はもてはやされている。人気作家なら誰でも持つ苦悩なのかもしれぬが、人が自分を賞賛するほど、俺は自分の作品が良いと思わない。自分で面白いと思って書いたものに限って、あまり読まれない。
まあ、そんなもんだろう。価値観なんて、人それぞれさ。
だから、この挑戦は、俺の存在証明。しくじれば、俺は所詮、そこまでの男だってことだ。筆を折るだけじゃない。人間やめてやるよ。それくらいの気持ちで、この挑戦をしている。
さて、気が満ちた。書くとする。
夜、それらは、思い思いの場所で、羽を休めるのだろう。誰にも見つからぬよう、そっと。俺は自らの手でそれを探すことはせず、たまたま見つけてしまう機会を待っているのだ。もしかすると、それらもまた、見つけられてしまうのを、待っているのかもしれないからだ。
見つけたあとどうなるのかは、知らない。なにせ、飛ぶものと表向きに決まっているそれらの、知られざる姿なのだから。密かな、暗い楽しみを共有できる者は、限られている。
人は、それに、それぞれ親や子、兄弟やあるいは恋人などという名を与えているのだろう。
よしよし、書けている。
この調子だ。
明日は、「か」だ。今日までより、難しいぜ。今日封じた、
——あれ?どの文字だっけ?何故だろう。今まさにそれを書いていたのに、思い出せない。ええと、落ち着け。
ああ、そうだ。「ん」と「わ」を封じたのだった。覚えておくのをやめないよう、書いておこう。
覚えておくのをやめてしまう?
忘れないように、って言えばいいだろ。
疲れてるのか。
もう、今日は寝よう。
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