ハンスの妖精  - ニンフ ー

五嶋 雷斗

ハンスの妖精  - ニンフ ー

 ハンス。久しぶりに連絡します。覚えていますか。ケント・マッケンジーです。

 今もまだ、スコットランドの実家で商売しているのかい。

 僕は、アメリカ合衆国のワイオミング州にいます。あの有名なイエローストーン国立公園のある州だよ。

 アメリカ合衆国の中でも自然たっぷりのところさ。遊びに来てみないか。

 ところで、英国での学生時代に言っていた錬金術とかいうものは、今でもやっているのかな。

 もしよかったら、相談にのってほしいことがあるんだけどこれないかな。

 これそうだったら、飛行機の切符とかホテルはこっちで手配するから、これそうな日取りを教えてほしい。

 返事待っているからね。


 -ケントより-


 2ヶ月ほど前に届いていた手紙だった。

 当分、暇じゃないと告げてあったのだが、ハンスの家のメッセージボードにメモを付けたままだった。


「そろそろ、連絡をして、行ってあげるかな」

 あまり気の進まないハンスだった。

「また、錬金術か」

 これだけ科学が発展していても、錬金術のような魔術や魔法を信じる人がいるもんだと思った。

 ハンスは、まぎれもない錬金術師ではあるが、今の科学で十分対応できるような術でしかない。


 ケントには、2週間後でいいなら行くとメールを送った。


   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ハンスよく来たな」

 ケントは、空港まで出迎えに来てくれたのだ。元フォアードラガーマンが台無しになっていた。

「ケントが来てくれというなら仕方ない」

「相変わらず愛想が悪いな」

 ケントは、ハンスの肩をたたいた。


「車は向こうにある」

 長く伸びたひげをさすりながら車の方向を指した。


 車に乗り込みケントは話し始めた。

「ワイオミング州っていうのはな、今もなお、古き良き開拓時代のアメリカが残っているところだ。ハンスのスコットランドもそうだろう」

 ケントの話が長く続いた。1時間ばかりしゃべって疲れたのか、

「お、あそこのレストランでちょっと飯食おうか」


 どこにでもあるステーキとポテトをたのみ、炭酸水が入ったアメリカらしいデッカいジョッキが来た。

 こんなステーキばかり食べているから、そんな身体になるんだ、とハンスは思いつつ、自分のステーキを食べる。


 ハンスが半分食べ終わったころ、ケントは、ステーキをもう1枚頼んでいた。

「ここのレストランうまいだろ。新鮮な肉だからな」

 肉は、腐りかけのほうがうまいと言われていたはずだが、とハンスは思いつつ、ステーキを半分残し、ケントの食べっぷりを見ていた。

「いまだに小食か。昔と変わんねえな」

 学生時代ラガーマンのケントからすれば、普通に食べていたハンスも小食に見えたんだろうが、今のケントは、それ以上食べているのではなかろうか。


 食べ終わってから、ケントは、ハンスをホテルに案内し、また、車に乗りケントの家へと向かった。


 周りが木だらけの薄暗い道を上っていく。

「天気がよくてよかった。と言ってもこの辺りはほとんど天気がいいんだけどな」

 運転しながら、うれしそうに話すケント。

 恐らく、人と話すのが久しぶりなのだろう。何度も同じ話をする。


 少し開けた山間に、立派な石造りの山小屋があった。

 ケントの家である。

「ここが俺の家(うち)だ。入れ入れ」

「奥さんは、どうした」

 頭を軽く手で叩き

「逃げられちゃってよ」

「悪いことを聞いたな」


 ケントは、学生時代に付き合っていたミリーという、チアをやっていた女性と結婚した。

 その後、シカゴとニューヨークでセールスのキャリアを積み、そこそこの生活をしていたように聞いていた。


「最初ここに来たときは、ミリーも喜んでくれてて楽しかったんだけど、そのうち、なんとなく話がかみ合わなくなって、ミリーは、出て行ったのさ」

「お金のせいか?」

「金はある。稼いだ金を投資して、稼いでいる。今じゃ、生活に困らないほどだ」

「・・・・」

「俺のこの身体のせいかな」

「かなり、太ったな」

「ミリーは、気にしないと言ってたのに・・・」

「私を呼んだ理由は、よりを戻すことか」

 ケントは首を横に振った。

「もうミリーはいいんだ。ミリーは、もうほかの男と結婚した」

「あきらめるしかないな」

 冷たく言うハンスだが、この場合は、現実を見つめてもらう方がいいと思って言った。

「ただ、一人はさみしいんだ」

「街に出ればいい。まだ、結婚できるだろ」

「ハンス。この身体でできると思うか」

 手を広げ、身体を見せるケント。

「やせ薬を作れと?」

「今の世の中じゃ、いくらでもやせる方法はある。これは、この生活で出来上がったものだし、この身体を嫌っているわけじゃない。むしろ、俺は、この身体を気に入っている」

 ケントが何を言いたいかわからなくなった。


 台所から、コーヒーをもってきて、ハンスに向かって言った。

「人間じゃなくっていいから、話し相手がほしい。出来る限り生物がいい」

「それが頼みか」

「あまり多くは望まない。だが、感情があり、会話の成立する生物がいればいい」

「考えさせてくれ」

 ハンスは即答しなかった。


 ケントは、ハンスをホテルまで送り、明日また来ると言って、山小屋に戻った。


 翌日、ケントは、同じ車でやってきて、

「めしは食ったか」

 ホテルの朝食を食べたとケントに伝えた。


「じゃあ、俺の朝めしに付き合ってくれ。コーヒーぐらいはおごるから」

 これまで、ハンスは一度もお金を支払ったことないが、そのまま手を挙げ、わかったと合図した。

「昨日の件、考えてくれたか」

「どうしたんだ」

 あまりにも性急なケントにハンスは驚いた。

 ケントは、肉がたっぷり入ったサンドイッチを2皿食べた。


「近くに綺麗な滝があるんだ」

 車に乗り込むなり、そこに行くぞと車を出した。

 1時間近く走っただろうか、滝の音が聞こえてきた。

 車を駐車場に止め、滝を見に行く。

「ハンス、綺麗な滝だろう。俺には、この滝に運命を感じているんだ」

「・・・・」ハンスは、ケントの言葉に引っ掛かった。

 滝に魅入られているのか。

 ハンスには、水の精霊が手招きしているのが見えた。

「いつからこの滝を」

「この滝を見てから、ここに住むことにしたんだ」

 すべての原因は、ここの滝にあるのだろうとハンスは思った。


 30分くらい、滝を眺めた後、また、例のレストランでステーキをたのむケント。ハンスは、ミートローフにした。

 気がつくと、例の滝の精霊がケントの肩にいた。

 もちろん、ハンス以外の人には見えない。

「ふぅ~、食った食った」

「よく飽きないな」

 ハンスは精霊を見ていた。


 最後にコーヒーを飲み終わった。

 ケントの肩から、精霊は消えた。

 まず、犯人はこの精霊だろう。


「ハンス、どうだ。俺の頼み答えてくれるか」

「明日までには、どうするか決めるが、答えが出たら受け入れろ」

 きつめにケントに言ったはずのハンスだが、

「ありがとう。友よ」

 と喜んでいた。


 その夜、ハンスはホテルから1キロばかり森に入ったところで、

「Come To Me My Friend」と唱えた。

 例の滝の精霊が現れた。


 ハンスは精霊にケントのことを教え、力になれるかどうかを確かめた。

 精霊からの声は聞こえないが、了承してくれたらしい感じの青い光で答えてくれた。


 翌日、ケントと会い

「恐らくだが、君のもとに何らかの出会いがあるだろう。だが、あまり、期待はするな」

「錬金術で占ったのか」

 そう信じてもらおう

「あと、忠告を一つ。浮気は禁物だ」

「わかってるよ。ミリーは、忘れるって」


 ハンスは、スコットランドに帰った。


 数日して、ケントからメールが来た。

 なんと、あの滝で、美人女性と出会い、すぐに結婚したそうだ。

 フィアという名前らしい。

 あの精霊、サービスしすぎだ。

「何も起きなければいいが」

 とハンスは心配した。


 数か月後、ケントが行方不明になったため、警察がハンスに事情を聞きに来た。

 ハンスは、これまでのことを伝え、ケントがフィアと結婚したことを伝えた。

 もちろん、精霊のことは伝えない。



「Come To Me My Friend」

 妖精のフィンを呼び出し、今回の事情を調べた。



 フィアが永遠にケントとともにいたいからと言って滝の底に沈めたそうだ。

 ケントは笑顔のまま、滝の底に横たわっていた。

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