第23話 百物語のあと

 僕たちは縁側に座って、天城部長がご馳走してくれたスイカを食べていた。

 男たちは、切り分けられたスイカを両手もってガツガツと口に運んでいるが、小幡さんはスプーンを使ってゆっくりと食べている。庭を眺めながらスイカを食す、いかにも夏という雰囲気である。

「よく冷えていて美味しいですね。高かったのではないですか」

 食べる邪魔になったのか、メガネを外しながら川北が言った。

「そうでもないさ。昨日、スーパーの特売で見つけて1玉を衝動買いしたんだ、せっかくみんなが集まるんだからな。でも、冷やそうと思って冷蔵庫に入れるのが大変だった」

「冷蔵庫にって、このスイカのサイズだと結構きついだろ」

 高瀬先輩が言うと、天城部長は頭をぽりぽりと掻いた。

「いやあ、大きすぎて入らなかったんだよな。半分に切ったら何とか一つは入ったんだが、もう一つは無理でさ、昨日1人で食べたんだよ。そしたら、今日になってお腹が……」

「もしかして、部長が百物語の途中でトイレに行ったのって、それが原因ですか?」

「はっはっは、面目ない」

 僕の質問に天城部長は笑って答えたが、それを聞いたみんなはがっくりとする。

「くっ、何だよ紛らわしい。俺たちはお前が不自然に席を立ったから、百物語のどこかで小細工を仕掛けてくると思ってたんだぞ」

「そりゃあ、考え過ぎだろ。オレは怪奇現象大歓迎だけど、自作自演はちょっとなあ、主義に反するというかなあ。あっ、それでお前たちがやけに緊張していたのか。みんなには、オレに視えないなにかが視えていて怯えているのかと思って、ビクビクしてたんだぜ」

「はあ、どちらも勘違いしてたとはな」

 高瀬先輩はため息をつくと、悔し紛れかスイカをガツガツと食べ始める。だが、僕にはまだ疑問が残っていた。

「部長のトイレは偶然だとわかりました。でも、部長が居ない間に、屋根の方から奇妙な音がしたんですよ、あれは何だったのでしょう。大粒の雨か、小石が屋根に当たるような音だったのですが、今日はずっと晴れていますよね」

 そもそも、あの音があったから僕たちは、天城部長が何かの仕込みをしていると疑ったのである。

「晴れているのに、雨のような音か。……もしかするとあれかな」

 天城部長は立ち上がると、サンダルを履いて庭へ出る。何をするつもりだろう、と僕たちが見守るなか、部長は縁側の下からお菓子の箱のようなものを取り出した。そして、箱のふたに何かを入れると、トタン屋根の物置の前に置いた。

「しばらく待ってくれ、もしかしたら、うまくいくかもしれん」

 どういうことなんだろう。いぶかしく思う僕たちなど気にせず、天城部長は再びスイカを食べ始めた。昨日、こわしたというお腹は大丈夫なんだろうか。

 

 黙ってスイカを食べていると、上空で羽音がした。スズメより一回り大きな茶色の鳥が、庭木にやってきている。鳥は、庭木を行ったり来たりしていたが、やがて天城部長が置いたお菓子のふたへと降り立った。

「天城、餌付けはやめておいた方がいいぞ。鳴き声やら糞やらでやっかいだし、あそこに巣を作るつもりかもしれないぞ」

「お前には、風流を解する心はないのかね。よーし、ここからが本番だ」

 天城部長はそろりと立ち上がると、懐から取り出した鳥のエサを物置の屋根へと投げた。茶色の鳥は一瞬ビクッとしたようだったが、エサを求めて飛び上がる。 


 パラパラという聞き覚えのある音が辺りに響き渡った。

 茶色の鳥がトタン屋根を歩き回るたびに、足先の爪がトタンに擦れて鳴るようだった。鳥は見た目よりも重いのか、意外に大きな音がする。

「びっくりしたろ。オレも初めて聞いたときはびっくりしたんだ。晴れの日に雨が降ったみたいで、ポルターガイスト現象かと焦ったんだが、あいつの仕業だったんだ」

「トタン屋根は軽量なのがメリットですが、それゆえ音が響きやすく、雨音がうるさいという弱点があります。しかし、あのぐらいの鳥でも大きな音が出るものなんですね。驚きました」

 スイカを完食した川北は、メガネをかけ直した。

「まさに、幽霊の正体見たり枯れ尾花ってわけですね。でも、すごく楽しかったですよ」

 にっこりと笑った小幡さんは、夏の日差しのせいか、そうでないのか、とても眩しく見えた。なんとなく気恥ずかしくなった僕は、目を逸して遠くの入道雲を眺めるフリをする。

 夏はまだまだこれからである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る