第22話 百物語の午後7
「うーん、何だか悲しい話なんだね。Cさんは、女の人を心配してたのに、その人が霊か何かだったのでしょう。えっと、10年前に事故が起こったってことは、正体は幼い娘さんなのかな」
小幡さんが感想を言ってくれたが、僕が狙ったように解釈してくれたようだ。幼い娘と女の人が同一の存在らしいという話なのだが、はっきり説明するのもわざとらしいと思ったので、ほのめかす程度にしたのである。
「これって幽霊の話なのかなあ。3人が出会ったという女の人には、別の目的がありそうだけど」
川北が余計なことを言いだす。
「別の目的って、一体どういうこと?」
「うまくいえないけれど、岩場に行った男性グループにわざわざ警告する意味ってあるのかな。仮に女性が幽霊だとして、命を奪うのが目的なら、離れるように言う必要ないじゃん。黙って呪っておけばいいのでは」
「それはまあ、霊といっても葛藤があったんじゃ……ないかなあ」
くっ、さすがにオカルト懐疑派だけあって、細かいところに気がつくなあ。実のところ、さっきの話は僕の創作なのである。
「最初に女に会ったとき、岩場の陰に見られたら困るものでもあったのかもな」
ぼそっと高瀬先輩が言った。いや、これは僕の作り話なのだが。
「ええと、どういうことです?」
「案外、しつこくナンパしてきた男を突き飛ばしたら死んでしまって、死体を岩場に隠していたのかもしれないな。放置しておいて、腐敗で死因がわからなくなった頃に海に流すつもりだったとか。そこに、男3人がのこのこやってきたから、とっさに事故の話をして追い払ったとか」
「じゃあ、どうしてCさんは死んでしまったのでしょう。それに、海の家には、それらしき女の人は居なかったわけですよ」
「女は、単に海のそばに住んでいただけだと思う。海の家で働いているってのは、後ろ暗いところがあるから嘘をついたんじゃないか。Cさんについては、普通ではない様子で海にやってきたから、真相に気づかれたと思った女が口を封じたとも考えられるな」
高瀬先輩は淡々と語ったが、ある意味こちらの方が怖い話なのかもしれない。しかし、いまさら僕の創作とも言いづらい感じになってきてしまった。
「わたしとしては、その発想がでてくるのが不思議に感じますね。どことなく、女性に対する不信感が背景にあるような」
「不信感?俺がか……いや、今はそういう話をするときじゃない。百物語に戻ろうぜ」
小幡さんの発言に、一瞬だけ戸惑ったような声を出した高瀬先輩だったが、話を本来の道筋へと軌道修正する。
「まっ、いろいろ解釈の余地があるってのも良い怪談の証拠ってわけだろ。さて、永瀬よ、怪談集をめくるのだ」
天城部長にうながされた僕は、怪談集を手に取った。部長が照らしてくれるのだが、さすがに明かりが一つになると文字の判別すら難しい。蒼い光の中で見るそれは、異教の経典のようである。
「これで十九話。つまり合計で八十一話になりましたね。ところで部長、百話まで続けるのですか?」
「当然だろう。何のための百物語なんだ」
「いえ、百物語の作法として、九十九話で止めるというのもあるんですよ。百話語ると本当に怪異が顕現してしまうので、手前でやめるというわけですね」
「いやいや、オレたちは世のロマンと謎を追求する不思議探究会だぜ。百話で何かが起こるというなら、是非ともやってみないとな」
一応確認したのだが、天城部長は非常に乗り気だ。部長自身が、何らかの仕掛けを考えているから、という可能性もあるが。
「そうだ、永瀬よ。せっかくだから、あと十八話めくってくれ。百話目はオレ自身の口で語るからさ」
僕は注意深くページをめくった。うっかり百話目をめくってしまったら台無しである。
「これで、九十九話になりましたよ。気をつけて数えましたから、大丈夫ですよ」
「よしよし、では百話目を語るぞ。おのおのがた、覚悟はよろしいか」
そして、最後の怪談が始まった。
天城部長が語ったのは、明治時代の農村で行われていたという、ある因習についてだった。
話が始まると、暗闇の中でみんなが緊張したのがわかった。話もなかなか怖かったのだが、それよりも部長が企んでいることへの警戒である。
不自然なタイミングでトイレに行った部長、そして上から聞こえた謎の物音。しかも、事前には屋根に怪異が現れるという怪談をやっていたのである。もしかすると、小幡さんが話しているときに聞こえた物音も関係しているのかもしれない。あのときは、部長もここにいたから協力者を2階に呼んでいる可能性がある。いや、協力者ではなくて録音していたものを流したという可能性もあるか。
部長が何かを仕掛けてくるのはどのタイミングだろうか、それは百物語の趣旨を考えれば、最後の話が終わった瞬間だろう。現に部長は百話にこだわっていたから、まず間違いないだろう。なら、問題は部長がどういった仕掛けを用意しているかだ。
案外、力技でくるかもしれない。百話が終わった瞬間に、こっそり呼んでいた協力者がふすまを開けて驚かせてくるとか。単純ではあるが、暗闇の中で何が起こるかとビクビクしている僕たちには効果的だろう。協力者に、白い服を着せて幽霊の被り物でもさせていれば十分だ。
いや、2階の音は録音か偶然であって、この場に居る部長自身が仕掛けてくる可能性もある。トイレに行ったフリをして、仮面や血糊なんかの小道具を持ってきたのかもしれない。この部屋は暗かったし、ふすまを開けたときの眩しさで、部長が服の下に何かを隠していても気づかなかっただろう。百物語が終わり、何も起こらなかったね、と電気をつけた瞬間にびっくりというわけだ。
今だって、明かりは青いスティックライト一本であってみんなの表情だってはっきりとはわからない。もしかすると、何者かに入れ替わっているかもしれない。実は、この部屋に居るのは5人だけでなく、部屋の隅に何者かがおぼろげに佇んでいるかもしれない。
闇の中で思考をめぐらせていると、つい妄想めいたことを考えてしまう。今は、部長の動きを警戒すべきだろう。
疑われているなどとは思ってもいないのか、天城部長は、熱心に怪談を語っている。僕たちが警戒している様子を、恐怖に怯えていると勘違いしたのか、部長の口調にねちっこさが増す。僕があれこれ考えている間に話はクライマックスに差し掛かったようである。
「……というわけで、古の儀式は意味を失い形骸化してしまった。だが、それは形を変えて現代に蘇っているのかもしれない」
最後の明かりがふっと消えた。既に部屋は暗かったが、明かりが有ると無いでは大違いである。僕たちを真っ暗な闇が包んだ。
「……」
誰かの息遣いが聞こえた気がする。天城部長以外のみんなが警戒しているせいか、部屋の空気が張り詰めたものになった。
いや、それだけではないかもしれない。僕たちが語った怪談が闇の中に積もって部屋の圧力をあげたような、空気の粘度をあげたような気がする。怪談を語り、怪談を聞いたせいか、この世ならぬものに対する感度が上がっているのだろうか。いやいや、それはこの状況がもたらす妄想だ。部長を警戒するあまり、考えすぎている。
どのくらい時間が過ぎただろう。みんな黙ったまま、何かを待っている。
言葉を発すると、それがきっかけとなって何かが起こるのを恐れているかのようだ。
「……何も起こらないな。やっぱり、怪談はちゃんと百話語らないとだめか」
沈黙を破ったのは天城部長だった。残念がっているようにも、安堵しているようにも感じられる。
「このままじっとしてても仕方ないな。電気をつけるから。みんなは座っててくれ」
「油断するなよ、まだ何か起こるのかもしれないぜ」
冗談めかした口調で高瀬先輩が言ったが、これは僕たちに向けたものだろう。油断させておいて、というパターンかもしれない。
照明が部屋の中を照らし出すと、天城部長以外の4人は、素早く部屋の中を確認した。僕たちの人数が増えたり減ったりということはなく、一見異常はないようである。耳をすませてみたが、特に何も聞こえない。ふすまの向こう側に何者かが居る気配もなかった。
「よいしょ、ちょっと足が痺れちまった。高瀬、雨戸を開けるのを手伝ってくれ」
天城部長は1人だけのんきな様子である。もしかすると、僕たちの考えすぎなのだろうか。
だが、先輩たち2人が雨戸をガタガタやっているのを見て、緩めかけた気を再び引き締めた。雨戸を開けた途端に何かあるかもしれない。例えば、家の横にあった物置に幽霊の衣装があって、誰かが庭で待機している可能性だってある。
眩しい光とともに僕たちの目に飛び込んできたのは、変わりのない夏の午後の風景だった。
遠くからセミの鳴き声が聞こえてくる。スマートフォンで時刻を確認すると、約一時間が過ぎただけだった。
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