第17話 百物語の午後2
「しかし、問題は百物語をどこでやるかだな。最初に言っておくが、この部室は駄目だぞ。百物語のために夜間使用許可なんて絶対に下りないし、こっそりやったのがバレたら追い出される恐れがあるからな」
高瀬先輩は、天城部長をじっと見ながら真剣な口調で言った。
「わ、わかっているよ。そうだ、百物語をやるならうってつけの場所があるぜ、オレの下宿だ。なにしろ一軒家を借りているんだからな」
「え、部長ってもしかしてお金持ちだったのですか?」
僕が質問すると、天城部長は胸を張って得意そうな表情になった。実際のところ、胸よりお腹の方が出ているようだったが。
「不本意ではあるが金はない。だが、オレは金では交換できないようなものをたくさん持っているからな。っと、それはどうでもいい。不思議探究会の部長たるもの、普通の学生向けアパートに住んでいるのでは、かっこうがつかないからな。物件探しには力を入れたんだぜ」
「もしや、事故物件ですか?」
川北が真面目な顔で質問をすると、天城部長は慌てて否定した。
「いやいや、それも興味はあるけれど、怪奇現象を客観的に分析するためには、自分で住むのはよくないんだよ。だから、いたって普通の優良物件だ」
前々から気づいていたのだが、天城部長は怖がりなのである。
「オレが借りているのは、おじいさんとおばあさんが住んでいた古い日本家屋なんだ。なんでも息子さんが、都会で就職して結婚したそうなんだが、おじいさんたちも体が弱ってきたから都会で一緒に住もうってことになったらしいんだ。でも、おじいさんは長年愛着のある家を手放すのに抵抗があって迷っていたら、息子さんの勤務する会社がこっちへの転勤を勧めててくれたらしい。でも、すぐには無理で数年先になりそうだから、その間に家を管理する人間を探すことになったというわけさ」
「でも一軒家だと、家賃も高いのでしょう?」
「いいや、定期的に使っていない部屋も掃除して、きれいに使うって条件で格安さ。あとは、オレの人柄がモノを言ったな」
心配して質問した僕に対して、天城部長は誇らしげに答えた。なるほど、部長の人柄はともかく、古い日本家屋というのは良い。百物語も、そんな場所なら大いに盛り上がるし、風情もあるというものだ。
「じゃあ、小幡さんが居るときに詳細を決めていきましょうよ」
楽しげな気分で僕は提案したのだが、天城部長は渋い顔になった。
「うーん、小幡さんねえ。彼女、どうするかなあ」
「何か問題があるんですか。仲間はずれみたいなことはせずに、きちんと誘いましょうよ。彼女だって、こういうのが好きそうですから、きっと賛成してくれますよ」
「でもさ、百物語をやるからには夜だろ。しかも、男4人の中に女性1人というのは抵抗があるんじゃないかなあ」
「そんなものですかねえ。僕たちは信用されていると思いますけれど……」
天城部長は、入り口の扉を眺めながら、何やら思案しているような顔つきになった。僕としては、大学生なのだし問題はないと思ったのだが、部長は慎重なようである。
「永瀬よ。小幡さんが自分の彼女だと想像してみてくれ」
天城部長の意図はわからないが、とりあえずその状況を妄想、いや想定してみる。なかなか悪くない、いや、申し分ないのではないだろうか。学生食堂で昼食をとったり一緒に試験対策をするだけでも幸せな気分になれそうだ。
「それで、彼女の小幡さんが『所属しているサークルのイベントで先輩の家に遊びに行くことになったの。深夜で、わたし以外の参加者は男の人だけなのだけど、心配ないよ』とか言い出したどうよ」
「駄目です」
つい、力のこもった即答をしてしまう。言ってから、気恥ずかしくなってしまったが、天城部長の言いたいことはよくわかった。
「だろ、やっぱりよろしくないような気がするんだよなあ。もちろん、オレたちはオカルト探究に情熱を燃やすいたって健全な学生なんだけどさ」
「健全な学生がオカルトなんかにのめり込むのか、と思うが、天城の言いたいことはわかる。他にも、小幡さんが内心では嫌だなと思いつつも、グループの雰囲気を悪くしたくないという日本人的な感性で、断りきれずに参加することになっても、困るよな。変な遠慮はしないタイプのような気もするが、正直なところ彼女のことはよくわかない」
天城部長に続き、高瀬先輩も懸念を表明した。僕としては、小幡さんに是非とも参加してほしいところなのだが、先輩たちの心配することもわかる。せめて女子が1人だけでなく、2人以上居れば良いのだろうが、百物語に付き合ってくれそうな女性の友人に心当たりはない。
「小幡さんをのけものにするわけではありませんが、今回は自分たちだけでやったほうがいいかもしれませんね」
川北がぽつりとつぶやくと、先輩たちが同意し、僕も不本意ではあるが首を縦に振ることになった。
「しかし、この部屋に男4人だけってのも久々な気がするなあ。オレは男女問わず賑やかなほうがいいんだけどな」
「そうだな。彼女、割とよく顔を出しているよな。俺は、てっきり初回でさようならだと思ってたんだが」
「いやいや、彼女にはいつか正式なメンバーになってもらわなくては困る。まあ、男だけの方が気楽に感じることもあるがな」
先輩たちは、小幡さんについて語っている。
彼女は5月に初めてこの部屋にやってきて以来、たびたび活動に参加しているが、いまだに正式なメンバーというわけではない。打診してみれば、案外あっさりと了承してくれそうな気もするのだが、断られることを考えると、現状で良いということになってだらだらと今に至るのだ。
「そうだ、いい機会だから、みんな聞いてくれよ」
天城部長が急に大声を出した。いい機会、というのは小幡さんがいない今のことだろうか。
「なんだよ、どうせつまらんことだろ。もったいぶらずにさっさと話せよ」
「いや、これが結構すごいことなんだよ。この前、ネットでミステリースポットめぐりをしている人のブログを読んでたんだよ。その人は、心霊スポットとか潰れたテーマパークなんていうへんぴなところをまわって体験記をネットにあげているんだけど、記事の中にすごいのがあったんだ」
天城部長は、ちらりと入り口の扉に目をやると、声をひそめて話し始めた。
「それは、なんと寂れた山の中にある温泉なんだが、ただの温泉じゃない……混浴なんだ」
「ふん、阿呆らしい。下心丸出しで出かけたら、同じような顔をした連中で温泉が埋まってたというオチだろ」
高瀬先輩があきれたように言ったが、天城部長は自信満々な態度を崩さない。
「ところが、そうじゃないんだよな。ブログを書いている人も男性でさ、高瀬が言ったようなことを考えてネタのつもりで行ったんだが、実際は違ったんだ」
天城部長は、さらに声を小さくして話すので必然的にみんなが集まる形になる。
「まさか、本当に男女が一緒に温泉に?」
なぜか、緊張感を含んだ声で川北が言った。UF0や宇宙人好きの彼だが、こういった話題にも興味があるのだろうか。もっとも、僕だってついつい話に引き込まれているのだが。
「その温泉は、交通の便が悪い山の中にあったんだが、そんな場所にもかかわらず妙に客が多かったらしいんだ。雰囲気も独特なもので、男性客が多いのだがみんな礼儀正しく穏やかで、どこか浮世離れした雰囲気があったらしい。女性客も数は少ないものの、普通の人という感じで、中には若くきれいな女性もいて驚いたそうだ。ブログを書いた人は、狐につままれたような気分で温泉に向かったんだが……」
「えっ、ひょっとすると本当、なんですか?何かオチがあるんでしょう」
つい声が出てしまった僕を見て、天城部長はニタリと笑った。何だが部長の術中にはまったようで悔しい。
「まあ、慌てるなよ。ブログ主は温泉に向かうと、さすがに脱衣所は男女に別れていた。しかし、温泉の中に入ってみると女性用の脱衣所も同じところにつながっていたんだ。戸惑いながら、体にお湯をかけて温泉につかるとそこは男性ばかり。やっぱりこんなことだろうな、と思った瞬間だった」
僕たちは思わずゴクリとつばを飲み込む。どうして男性という生き物は、こういう状況で奇妙な団結力を発揮するのだろう。
「カラカラと脱衣所の扉が開く音がした。自分が出てきたところにしては、少し音が遠い。もしや、女性か。温泉に入っていた男性たちに緊張が走ったのを感じたらしい。……その温泉は湯気が濃くて、脱衣所からこちらに向かってくる姿はよく見えない。だが、足元だけは少し見えて、細く白い足が少しずつ近づいてきたらしいんだ。ブログ主は、もしやこれは先程見た若い女性ではないかと思ったとき……」
ガラリ、とやや乱暴な音を立てて部屋の扉が開けられた。
そして、扉の向こう側には、ギクリと硬直する男性4人を怪訝そうに見つめる小幡さんの姿があった。
「……ということで百物語の相談をしていたんだよ」
僕は、ご機嫌ななめな小幡さんに百物語のくだりを話してきかせた。もちろん、百物語の部分だけで混浴温泉のくだりは語っていない。僕は正直に話すと言ったが、全てを話すとは言っていない。なんでもかんでも正直に話すことが最良の結果につながるわけではないのだ。
「そ、そうだったんですか。疑ってしまってごめんなさい。お友達のことでちょっとイライラしてしまっていたから」
しおらしく謝る小幡さんを見ていると罪悪感を感じないでもなかったが、正直に混浴温泉の話をしたところで致命的な結果を招くだけなので黙っておく。人間関係を円滑にするためには、多少の秘密が必要なのだ。
「まあ、こちらも紛らわしいマネをしてすまなかったな。ところで、百物語の件はどうする?事情が事情だから、無理に参加する必要はないけど」
天城部長は、つい先程まで混浴温泉の話をしていたことなどおくびにも出さず言ってのける。
「そうですね……興味ありますし、参加したいですね。わたしには、参加に反対する器の小さい彼氏はいませんし」
これはどちらの意味なのだろう。彼氏がいないという意味なのか、彼氏はいるが参加には反対しないということなのか。どうも前者のような気がするのだが、はっきりとは判断できない。
「大丈夫なの?夜にやったら、時間がかかってしまって、夜道を帰るのが危ないから適当に雑魚寝しようなんて事態になるかもしれないよ」
参加に前向きな小幡さんに対して、川北が余計な発言をする。
「うっ、そいういう可能性もありますよね。うーん、困ったな」
小幡さんは、柔らかそうなほっぺたを引っ張りながら悩み始めた。
「最近、朝になると顔がむくんじゃうんですよね。ちょっとお見せできないぐらいに……」
そのくらいは大丈夫なのではないか、と思ったが女の子にとっては大事なことなのかもしれない。しかし、川北め、善意なのだろうが余計なことを言ってくれる。
「そうだ。いっそのこと、お昼にやりませんか。それなら、小幡さんも参加しやすいでしょう。百物語は、庶民の娯楽だったという話なのですから、臨機応変に対応しても問題ないと思いますが」
「あっお昼がいいです。お昼にしましょう」
川北の提案に、すかさず小幡さんが賛成した。
「そうだな。オレが借りている家は、わりと不便なところにあるし日中にやった方がいいかもしれん。風情という点ではマイナスかもしれんが、現代にはエアコンという文明の利器があるから、お昼でも部屋を閉め切ってやればそれなりの雰囲気はでるだろう」
「ああ、俺もそれでいいんじゃないかと思う。夜の方が雰囲気は出るだろうが、みんなのスケジュールのことも考えれば日中の方が都合がいい」
先輩たち2人も賛同したので、決まったも同然である。僕としては、夜にやってみたかったのだが、みんながそろうことの方が大事だろう。少し未練はあったのだが、僕も昼にやることに賛成した。
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