第15話 ミステリーサークルの秘密

「謎の飛行物体はどこからやってくるのか。従来の航空機とは比べ物にならない性能をほこり、見たこともない奇妙な外観をした物体だ。当時のアメリカ人はどう考えたのか?」

「え、だから川北が言ったように宇宙人と政府の陰謀じゃないの?」

 高瀬先輩の問いに、天城部長はとぼけた表情で答えた。

「いや、それは川北がさっき説明したように、印象的な事件がきっかけになって広まっていった話だろ。それに、オカルト好きな人間ならともかく、普通の人がいきなり宇宙人なんて飛躍したことを考えないだろうが」

「じゃあ、何だよ。政府の陰謀か」

「政府の陰謀も面白いが、当時はもっと謎に包まれていて、かつ高い技術力を持つと言われた存在があっただろ。それは、同じ地球にありながら実態がつかめない、鉄のカーテンの向こう側さ」

「つまりソビエト連邦、ええと、いわゆる旧東側諸国ってことでしょうか」

 僕は自信なげに口にしてみたが、高瀬先輩は大きくうなずいた。

「戦略爆撃機に大陸間弾道ミサイル、本土が本格的な戦場になったことがないアメリカにとって、脅威とは空からやってくるものだったというわけだな。今の俺たちからすれば、ソ連がいずれ崩壊することがわかっているけれど、当時の人間はそんなことはわからないからな。それに、宇宙開発競争ではソ連が優位に立っていた時期もあったわけだから、未確認飛行物体といえば東側の新兵器という方が、リアリティも現実の脅威もあったのだろう」

「UFOの度重なる目撃に対して、アメリカ空軍は調査プロジェクトを立ち上げていますけれど、これは高瀬先輩が言ったようにソビエト連邦に対する警戒の目的もあったのでしょう。もっとも、軍がUFOを調査しているということで、憶測をよんでしまった面もあるのかもしれませんが」

 川北が、まとめるように言った。ソ連か、今は存在しない社会主義国家、当時の人はどんな思いで毎日を暮らしていたのだろう。

「冷戦下における抑圧された風潮、鉄のカーテンの向こう側への恐れが、UFOをアメリカで流行させた要因と言われているな。もっとも、次第にUFOは宇宙人の乗り物で、政府は密約を交わしている、なんてオカルトに傾倒していく人も増えていくわけだが。ま、実のところ俺もUFOとか政府の陰謀という話は嫌いではない。ありがちとはいえ、黒ずくめの男たちが宇宙人の痕跡を消して回っているというシチュエーションはなかなか魅力的だからな」

「あっ、そうだ。白い服を着た人だ」

 昨日の話を思い出した僕が声を漏らすと、全員が僕の方を注目する。せっかくなので、ミステリーサークル前で会った男性から聞いた話を説明することにした。


「……というわけで、あの辺りをランニングしている人が、サークルができる10日ほど前に、白っぽい格好にマスクをした人物が近くでうろうろしているのを見たらしいんですよ。残念ながら黒ではなくて、白でしたが」

「白で、マスク?まさか……」

 僕は冗談めかして言ったのだが、高瀬先輩は驚いたようだった。

「なんか心当たりでもあるのか?」

「いや……大したことじゃない。根拠のないあやふやなことだから気にしないでくれ」

 天城部長がたずねると、高瀬先輩は歯切れが悪い様子で否定した。気にしないでくれ、と言われると、余計に気になってしまうのは何故だろう。

「おいおい、それはないだろ。せっかくUFOや宇宙人で盛り上がってきたと思ったら、それは東西冷戦の状況がうんねんで夢を壊しやがって。しかも、現実のミステリーサークルには意味ありげに黙り込むってのはどうなんだ」

「わかった、わかった。ただ、憶測で人を疑うのはよくないから、そういう考え方もあるのか、という程度で聞いてくれ」

 高瀬先輩は、ため息をつくとしぶしぶ話し始めた。


「半月ぐらい前の事なんだが、俺は生物資源学部の友人に頼まれて手伝いをしていたんだ。まあ、手伝いといっても実習用農園の草引きをしたり水やりをしたりという程度だが」

 そういえば、高瀬先輩は田舎の出身で、実家は兼業農家だと聞いたことがある。

「ちょっとした手伝いのはずが、ミステリーサークル作りに協力させられてたってわけか?」

 天城部長が冗談めかして言うと、高瀬先輩は一瞬だけ笑ってから渋い顔になった。

「それだと、多少は面白かったんだかな。話を戻すと、このキャンパスにある実習用農園の隅にぼろぼろの小屋があるのは知っているか?」

「用具などを保管しておく倉庫でしょう。近々、建て直される予定と聞いていますが」

 川北が昨日と同じように言った。

「なら、話は早い。手伝いをしているときに、何度かあそこに入ったのだが、小屋の隅に古びたビンがいくつか置かれているのを見かけたんだ。友人に聞くと、どうも古い農薬らしいが使っているうちにラベルが濡れて剥がれてしまったらしく、中身がわからなくなって困っているということだった」 

 ううむ、なんとなく話の展開が見えてきたような。

「しかも、川北が言ったように、倉庫は近いうちに立て直す予定がある。だから、友人は、なんとかしないといけないってぼやいていたんだが……」

「も、もしかして、農薬の不法投棄ですか」

 小幡さんはそう言うと、ハッとしたように口を押さえた。

「いや、さすがにそれはない……と思いたい。たぶん、中身を確認しようとしたんだろう。ビンの中身に多少の心当たりがあるようなことを言っていたから、実際に散布して確かめてみたんだと思う」

「なんで、そんな面倒なことをするんだ。適当なところで、試せばよかったんじゃないか、紛らわしい」

 あきれたような、がっかりしたような態度で天城部長がため息をついた。

「農園に変なものを撒いて実験に影響がでたら困るからだろ。だから、農園から離れたキャンパス裏の草原で試してみたんだと思う。ミステリーサークルの近くには一本だけ木があったから、そこを目印にしたのかもしれない」


 高瀬先輩の説明に、部屋の中がなんともいえない空気になった。みんな本気でUFOや宇宙人の仕業とは思っていなかっただろうが、まさかただの農薬だったとは。しかし、ここまで来たからには聞くべきことは聞いておこう。

「えっと、白ずくめの服装とマスクは何だったのでしょうか?」

「俺が手伝ったときは、友人たちは白の作業服を使って作業をしていたんだ。マスクは、単に農薬を使うときに吸い込まないようにするためのものだ。そういうところは、しっかりしていたんだろうな」

 つまり怪しいげな人物は、別に特別な格好をしていたわけでなく、普通の作業スタイルだったわけだ。そして、こっそりとキャンパス裏に農薬を散布しにきたところを目撃されたという流れか。

「あれ、怪しげな人物が目撃されたのって確か10日ぐらい前じゃなかったですか。ミステリーサークルが発見されるまでに、結構な間があいているような気がするのですが」

 ふと思いついた疑問だったが、高瀬先輩はなんでもないように答えた。

「除草剤には、徐々に効果を発揮するタイプがあるから、そういう種類だったのかもしれない。あるいは、環境への影響を考慮して濃度を薄めたから草が枯れるまでに時間が掛かった可能性もある。おそらく、効果はゆっくりと現れただろうから、近くを走っている人間は、なかなか変化に気づかなかったのかもしれないな」

 どうやらミステリーサークルは一晩にして現れたものではなく、ゆっくりと時間をかけてできたものだったようである。穏やかな変化は気づきにくい分、あるとき一気に気づいて驚くということだろう。

「ついでに言っておくと、川北が見つけてきたという草が成長している部分は、液体肥料だったんだろうな。肥料は除草剤よりも効果がわかりにくいから、今までだれも気づかなかったということだろう」

 高瀬先輩の説明を聞いた川北は、小さくため息をついた。

「それ以外に可能性はなさそうですね。考えてみれば、ここは大学ですから宇宙人のテクノロジーの前に、植物についての専門家が身近にいたわけです。まあ、自分としては工学部の悪戯じゃなくてホッとしました」

 そう言って川北は胸をなでおろした、実は工学部犯人説を気にしていたのだろうか。

「ミステリーサークルの正体がわかったわけですけれど、なんだかすっきりしませんね。この真相だったら、謎のままの方がよかったかも。ちょっとだけ、部長さんが普段から言っているロマンの意味がわかった気がします」

 小幡さんが感想を言うと、珍しく全員が同意した。

 世の中は、多少の不思議や謎があった方が魅力的なのかもしれない。


 真相がわかったあとも、川北はときどきミステリーサークルを見に行っていた。

 彼の話によると、少しずつ草が枯れていっていたそうだが、あるとき新しい草が地面から生えているのに気づいたらしい。梅雨時の湿気と温度のおかげか、新しい芽はどんどん伸び、ミステリーサークルはいつしか消えてしまったそうだ。

 生物資源学部の粗末な小屋は建て直され、以後、キャンパス裏の草原にミステリーサークルが現れることはなかった。

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