第14話 キャンパス裏のミステリーサークル4

「地味だな、思ったより小さいし」

 翌日、川北が撮った写真を見た天城部長は、僕と同じ感想を言った。

 不思議探究会の部屋には、いつものメンバーと小幡さんがそろっている。できれば小幡さんもいつものメンバーと呼びたいのだが、まだ時期尚早だろうか。

「よく見てくださいよ。気になって今日も見に行ってきたのですが、草が少しづつ枯れていっていますね。ほら、この写真です」

 力説する川北に写真を見せてもらったが、正直なところたいした変化はないように見える。しかし、わざわざ今日も見に行くとは大した熱意だ。

「しかも、別の発見もあったんですよ。これを見てください」

 川北が差し出したスマートフォンをみんなで見てみたが、そこには普通の草むらが写っているだけのようだった。見た感じはミステリーサークルがあった場所の近くのようだが、昨日に見たときは何かあっただろうか。みんなして首をかしげていると、川北がしびれを切らしたように口を開いた。

「ほら、ここです。円形の模様がうっすらとみえませんか?」

「うーん?ただの草むらに見えるけどな。ミステリーサークルの前兆でもあるのか」

 怪しげなものが写っていればすぐに飛びつくはずの天城部長も、反応が今ひとつである。

「逆ですよ。逆。草が成長しているんです。ここだけ、草が円形に成長していたんですよ」

「ああ、言われてみれば、ちょっと浮き出てて見えないこともないな。だが、このぐらいだと自然現象で説明がつきそうだが」

 高瀬先輩は、細い目を更に細めて言った。草が成長しているのか、ミステリーサークルと言うと倒れたり枯れたりするのが普通だから、これは珍しいかもしれない。とはいえ、よく目を凝らさないとわからない程度というのはどうだろう。

「しかし、これが自然現象だとしたら、草原のいたるところに同じようなものできることになるんじゃないですか。特定の場所だけ、草が円形に倒れたり育ったりするような都合の良い自然現象があるとは思えません」

 川北は熱心にミステリーサークルの特異性を訴える。まあ、自然現象といえばなんとなくなく納得したような気になるが、具体的なことは何もわかっていないのだ。

 

「ちょっと違うかもしれんが、自然現象といえばフェアリーサークルを連想するな」

 腕組みをしながら高瀬先輩が言った。聞き慣れない名前だが、何だろう。僕がぼんやりと考えていると、小幡さんが口を開いた。

「可愛らしい名前ですね。妖精の輪ってどんなものなんですか?」

「野山なんかで、きのこ類が円形に生育する現象だな。ただ、ミステリーサークルとは違って円の外周部だけに、きのこが輪っかの形で生えるんだ。もちろん、ミステリーサークルのように巨大なものじゃないぞ。川北が撮ってきた写真ぐらいのものだと思う。これも、ミステリーサークルと同じくヨーロッパが本場だったかな」

「そうなんですか。きのこが輪になっているって、神秘的というか、いかにも妖精の仕業って感じでいいです。あっ、でも自然現象ということは、仕組みがわかっているということですよね、ちょっと残念かも」

 女性だから、というわけではないだろうが、小幡さんにとっては宇宙人より妖精の方が気になるようである。 

「実際は、妖精ではなくて菌の仕業だ。風などで、きのこの菌糸が生育に適した広い場所に付着する。そうすると、菌糸は放射状に広がっていくんだ。途中で食べられたり採られたりしなければ、ちょうど円形になるだろ」

「ああ、それだと想像がつきます。でも、フェアリーサークルって円の外周だけなんでしょう?」

「きのこ類はたいてい寿命が短いから、先に育った部分は消滅してしまうんだ。結果的に、円の中心部のきのこがなくなってしまって、外側だけが残るというわけだ。原理がわかってしまえば、どうということはないが実際に見れば驚くかもな」

「説明のつく自然現象でも、不思議なものがあるんですね。ちょっと見てみたいなあ」

 小幡さんは感心したようにうなずいた。しかし、川北は納得いかないようだ。

「自分たちが見てきたミステリーサークルは、フェアリーサークルの原理で説明がつかないでしょう。仮に、フェアリーサークルと同じ原理だとすると、サークルの中心に草を枯らすような菌類か何かの因子があるのでしょうが、キャンパス裏のあそこだけに発生する理由がわかりません。あっ、成長を促進する方もありますね」

「ううむ、謎といえば謎なんだが。そんなに気にしなくてもいいんじゃないかなあ」

 天城部長は何だか気乗りがしないようである。疑問に思った僕は、聞いてみることにした。


「珍しいですね。部長は、ちょっとでも不思議なことがあったら、ロマンとか謎だとかで大げさに騒ぎ立てるじゃないですか」

「うん?まあ、そうなんだが。ただオレは、UFOとか宇宙人絡みはどうも気がすすまないんだよな」

「なぜです?UFO関連はなかなか興味深いと自分は思うのですが。政府の陰謀と結びついたりするとスケールだって壮大になりますよ」

 すかさず川北が、UFOの面白さを主張する。天城部長は、少し考えてから答えた。

「なんていうかさあ、ずるくないか。宇宙人とかUFO関連って」

「意味がよくわかりませんが」

「うーん、つまり宇宙人とかUFOの単語を出すと何でも説明できるじゃないか。どれだけ不思議な現象があっても、宇宙人の超テクノロジーでしたとか、目撃者は謎の装置で記憶を消したりとかやりたい放題だろ。大規模な事件があっても、密約を結んだ政府がもみ消しました、と言ったら何でもアリじゃないか。もうちょっと謙虚さというか弱点がないとロマンが入る余地がないと思うんだよな」

「そこは個人の感じ方の違いですね。自分は、物理法則を全く無視する心霊関係の方が興ざめに感じますから」

 なるほど、2人の言うこともわからないでもない。僕としては、宇宙人よりも心霊関係の方が身近でリアリティを感じるのだが、理系の川北にすれば幽霊など問題外の存在なのだろう。

「ねえ、そういえば川北君は昨日、UFOが宇宙人の乗り物ではない、みたいなことを言っていたけれど、あれはどういうことなの?」

 小幡さんが例の不思議そうな表情で言った。

「昨日、話しているうちにミステリーサークルに着いたのだっけ。せっかくだから話しておくよ」

 川北が改まって調子で言うと、僕たちもなんとなくUFOについて講釈を聞く流れになった。


「なあ、UFOと言ったら、灰色の小型宇宙人と黒い服を来た怪しげな組織の連中がセットじゃないのか」

 天城部長がいぶかしむように言った。だいたい僕も同じイメージを持っている。

「それは最近になって、映画やドラマなどの創作物から影響を受けたものなんですよ。謎の飛行物体というのは、昔から世界各地で目撃されていましたが、それを異星人の乗り物と考えられることはほとんどなかったそうです」

「言われてみればそうかもしれないな。UFOの目撃談とか事件って、江戸時代とか平安時代にはなさそうだしなあ」

 天城部長は、うむうむと呟きながらうなずいた。

「いわゆるUFOが本格的に目撃されるようになったのは、第二次世界大戦後のアメリカです。ちなみに、UFOという言葉が使われだしのもこの時期なんですよ」

「どうしてアメリカだったの。まさか、実際に宇宙人がコンタクトを求めに来ていたってわけじゃないんでしょう?」 

 冗談めかした口調で小幡さんが言うと、川北は苦笑しながら首を振った。  

「アメリカでUFOが有名になったのは、1947年頃に起こった事件がきっかけだとされています。特に有名なものは『マンテル大尉事件』と呼ばれるもので、ケンタッキー州で訓練中の戦闘機F51が、謎の飛行物体に遭遇したというものですね。訓練は3、4機で行っていたそうですが、リーダーを務めていたマンテル大尉が『謎の飛行物体を追跡するために上昇する』という内容の無線通信のあと、連絡が途絶えました。のちに、マンテル大尉の乗機はバラバラになって墜落しているのが発見されたという衝撃的な事件です」

「おっ、そういえば聞いたことがあったな。アメリカで戦闘機がUFOに撃墜されたことがあるって話だったような。うん、こうして聞くとなんかわくわくしてくるな」

 宇宙人の話題は気乗りがしないと言った天城部長だったが、あっさりと態度を翻す。

「その事件からしばらくあとなんですが、旅客機の機長が謎の飛行物体を目撃するという事件もありました。こちらで目撃されたのは、火を噴きながら高速で飛び去ったという謎の物体ですね。ええと、あとは軍の戦闘機が、光り輝く謎の球体に追尾されたという事件もありましたね」

「スラスラとよくでてくるもんだなあ。これってすごくミステリアスに感じるけど、結局は宇宙人というかUFOじゃなかったんだろ」

 僕が感想を口にすると、川北は何故か得意そうな表情になる。ううむ、方向性は違うけれど、天城部長と同じようなものを感じるな。

「うん。調査委員会が設けられて、原因が調査されたけれど結果はきちんと説明のつくものだった。旅客機が目撃した、火を噴く物体は隕石を誤認したもの、空軍の戦闘機が遭遇したのは、軍の気象観測用気球と判明したんだ」

「いやいや、隕石はまあ納得がいくけれど、気球はどうなんだよ。軍人だったら知ってるだろうし、戦闘機が撃墜されたり追跡されたりしたんだろ。それにF51ってP51マスタングのことだろ、ゼロ戦を上回る高性能機がそうそう墜落しないと思うんだけどなあ」

 憤然とした様子で天城部長が言う。僕は戦闘機に詳しくはないが、ゼロ戦より高性能と言われるとすごい機体に思えてくる。

「まず、観測気球についてですが、これは海軍が行っていたプロジェクトだったので空軍の兵士には知られていなかったそうです。しかも、使われた気球は、スカイフック気球と呼ばれていたのですが、これは直径は20メートル近くもある巨大なもので、正体を知らない人間にとってはまさしく謎の飛行物体に見えたのでしょう」

「海軍と空軍って、こんなところにも縦割り組織の弊害が出てくるのかよ。でも、いくらでかい気球に驚いても戦闘機が墜落することはないだろ」

「最初に話した『マンテル大尉事件』で、マンテル大尉は上空に発見した何かを調べるために上昇してから連絡が途絶えているのですが、これは高度が高くなって酸素が欠乏したために意識を喪失したと考えられています。コントロールを失った戦闘機は降下し、急降下による加速度に機体が耐えられなくなってバラバラになったと言われていますね」

「つまり、気球を謎の飛行物体と誤認して、追跡してたら酸素不足で墜落したってことか」

 腕組みをした天城部長は、残念そうに言った。

「ええ、墜落したマンテル大尉の機体のインパクトが大きいので忘れがちになるのですが、一緒に飛んでいた他の機体は酸素欠乏のために引き返しているんです。大尉だけが気球を追跡したのは、自信があったのか、あるいはリーダーとしての責任感だったのかもしれませんね。もとより、そのときの機体は低高度での訓練を想定していたので高高度用の装備を搭載していなかったのも原因になったと言われています」

「なるほどね。他の機体が酸素不足で引き返しているっていうのなら、仕方がないか。えっと、もう一つ戦闘機が謎の飛行物体に追跡されたっていうのは?」

「残念ながらこちらも気球だと言われていますね。遠くで浮かんでいる気球を、パイロットが追跡されているように誤認してしまったそうです。僕も小さい頃に経験したことがあるのですが、夜空に浮かぶ月を見ながら移動していると、まるで月がこちらを追ってきているのように感じることがありますよね。これに似たことがパイロットに起こったそうですよ」

「いやいや、戦闘機パイロットがそんなうっかりミスをするのか?」

「目印のない空では、物体との距離や速度を正確に測ることは難しいですよ。それに当時の戦闘機には高度なセンサーを積む余裕がなかったはずですから、パイロットの目や感覚に頼る部分が大きかったのでしょう。しかも、高空に漂う気球なんて、初めて見るものだったのでしょうから、なおさらですよ」

「ふうん、せっかく面白くなってきたのにロマンがない話だなあ」

 文句を言いつつも天城部長は納得したようである。しかし、宇宙人やUFOの話題は気が乗らないと言っておきながら、結局はのめり込んでいるじゃないか。

「このように、いずれの事件も地球外生命体なんて持ち出さなくても説明のできることだったのです。しかし、一部の雑誌がUFOや宇宙人犯人説を持ち出したのが、どんどんと広がってしまったというわけです。政府も事故の調査をして報告書が公開されたのですが、政府は何かを隠蔽していると言って信じない人がいたわけですね。むしろ、政府の陰謀だと言い出す人も現れてしまったというわけです」

「印象的な事件があって、そこからUFOや宇宙人が広まったというのはわかったけれど、どうしてアメリカでそんなに流行したんだろ」

 僕が疑問を発すると、今まで黙って聞いていた高瀬先輩が口を開いた。

「それには、心理的な要因が関係しているらしいと聞いたことがある」 

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