第13話 キャンパス裏のミステリーサークル3
「地味だね」
僕と小幡さんは、ほぼ同時につぶやいた。
道から少し草むらにわけいったところにそれはあったのだが、ミステリーサークルと呼ぶにはいささかサイズが小さい。直径は1メートルよりも小さいぐらいだろうか。しかも、世間で知られているようなものとは違って、草が完全に倒れているわけではない。草が黄色く変色して、枯れかかっているように見える。
「サークルは完全な円ではない。むしろアルファベットのCの形が近いな。これはイネ科の雑草かな、高さは50センチほどか……」
僕と小幡さんは、肩透かしを食ったような気分になったが、川北は興味津々といった様子でミステリーサークルを調べていた。さきほどまで、科学的な話をしていたときとは大違いの態度である。
「これは枯れかかっているのか。ミステリーサークルでは、植物が倒されているにもかかわらず成長し続けているケースもあるそうだが、これは逆だな。いずれにしても自然現象とは思えない、興味深いな」
川北は、僕と小幡さんを置き去りにして1人でぶつぶつと言っている。よほど、ミステリーサークルが好きなのだろう。彼は、かがみこんでミステリーサークルを調べていたが、不意に立ち上がるとスマートフォンを取り出した。僕は半ば忘れていたが、天城部長の言いつけのとおり写真を撮るのだろう。
「ねえねえ、これって……ちょっと小さくないかな」
小幡さんが、注意深く写真を撮っている川北に声をかける。
「うん、小さいね。でも、小さいとは言ってもこれが単純な自然現象だとは思えない。何かしら原因があるはずだ。なぜ、これが大学の裏手にできたのだろう」
「川北は、何が原因だと思うの?」
僕がたずねると、川北は少し考えてから口を開いた。
「わからない……今のところはね。イネ科の雑草がおおむね均一に生えているんだけど、ここだけが倒れているというのは単なる偶然というわけじゃないだろう」
「うん、ずいぶんと小さいけれど不思議だね」
小幡さんは、首をかしげると空を見上げた。久しぶりの晴天で気持ちのよい青空が広がっている。当然ながら、怪しげな飛行物体は見当たらない。むしろ、理系学部の敷地にある各種実験施設の方が怪しく見える。
「でも、おかしいよね。少し離れたところでは、偉い先生方が最先端の研究をしているわけでしょう。それなのに、わたしたちは、草むらにできた小さなミステリーサークルを見てあれこれ考えているなんて」
小幡さんは、理系学部の建物を見ながら苦笑した。確かに、物理学の教授だったらあっさりとこの謎を解き明かしてくれるかもしれない。いや、植物のことだから生物資源学部の方が良いかも。生物資源学部は、農学部に水産学部を足したようなところで、生物全般について研究しているはずだ。
「うん?あれは何だろう?」
ふと、きれいに整ったキャンパスには不似合いな物が目に入った。実習用農園のそばに、いまにも壊れそうなぼろぼろの小屋が立っている。
「ああ、あれは倉庫だよ。生物資源学部の学生が、道具を出し入れしているのをよく見かけるから。さすがに老朽化がひどいから、今度立て直すらしい」
僕の視線に気づいた川北が答えてくれた。なるほど、生物資源学部は立派な建物に入っているのだが、倉庫まではなかなか予算が回らなかったのだろう。そんな状況で、ミステリーサークルについて調査してくれなんて言ったら怒られてしまいそうである。
「おたくら、何してんの?」
僕たちが物思いにふけっていると、背後から声がかかった。
振り向くと、ラフな格好をした男性がけげんそうにこちらを見ていた。ここは大学の敷地なのだから、彼も僕たちと同じ学生なのだろうが、見た感じずいぶんと年上に見える。彼はランニングの途中らしく、軽く息をはずませていた。
「ここに不思議なものがあるなあって、見ていたんですよ。ほら、これです」
小幡さんがにこやかに言うと、僕たちを不審そうな目で見ていた男性は急に笑顔になった。
「ああ、ここだけ草が倒れているね。ふうん、気づかなかったよ」
「まるでミステリーサークルみたいだって思いませんか?どうしてこれができたのか、謎ですね」
川北が同意を求めると、男性は困惑した表情になる。
「ううん、まあ、そう思えなくもないけれど。実際は草がちょっとだけ倒れているだけだからなあ。別にどうでもいいんじゃないの」
まあ、これが一般的な人の反応だろう。僕だって、このミステリーサークルを見たときは地味だと感じたのだから。
「あのう、普段からここをランニングされているのですか?暑いのにすごいですね」
小幡さんが感心したように言うと、男性は照れながら頭をかいた。わかりやすい反応をする人である。
「いや、いつもってわけじゃないけど。まあ、最近は雨が多いから貴重な晴れの日はだいたいここを走っているかな。論文が行き詰まったり長ったらしい文章に飽き飽きしたときに、気分転換に走るのさ。まったく、法曹関係者はどうして句点を使わないだろうな」
「ふふ、わたしも民法の授業で判例集を読んだときは、本当にうんざりしました。法律関連の文章はわざとわかりにくくしているようにすら感じますね。ところで……」
小幡さんは男性の目を見て頷いてみせたあと、さりげなく視線をミステリーサークルに戻す。
「この近くを走ったときに、何か変わったものを見たり聞いたりしたことはありませんか。ちょっとしたことでも、いいのですけれど」
「うーん、どうだったかな。いつもは、頭を空っぽにするために走っているからなあ。そもそも、こんなものができているなんて気づいたが、ついさっきだから」
男性はしばらく考え込んでいたようだったが、ゆっくりと首をふった。
「申し訳ないが期待に応えられそうにないね。ここ最近で気になるようなことはなかったよ。そんなにコレが気になるの?」
「ええ、不思議だなって思ったんですよ。確かに、草が少しばかり倒れているだけなんですけれど、そのちょっとした現象がどうして起きたのか気になるのです。きっと些細なことが原因だと思うのですが」
「まあ、ちょっとした謎の方がかえって気になることもあるかな。難しいものなら、わからなくても仕方がないと思えるけれど、単純なものなら、どうしてわからないのかってなるよな……」
その場にいた全員の目が、自然とミステリーサークルに向けられる。男性も最初とは違って、興味が出てきたようだ。
「もしかすると犯人は身近なところにいるのかもしれない」
男性は顔を上げると、学部棟が建ち並ぶ方向に目を向けた。
「ええと、学生がやったってことですか?」
僕がたずねると、男性は少し考えてからうなずいた。
「案外、工学部あたりの連中が面白半分にやったのかもしれない」
「えっ、どうして工学部の学生がこんなことを?そんなはずは……」
自分の学部が犯人と疑われたからか、川北は驚いた声を出した。まさか、身内に犯人が居るとは思っていなかったのだろう。
「別に確証があるわけじゃないけど。なんとなくやりそうなイメージがあるって感じかな。なんたって、ここは大学だろ。暇を持て余した人間は大量に居る、しかも工学部だったら結構な知識を持っているわけだろう」
「しかし、だからといって工学部だけが怪しいわけでは……」
川北が歯切れ悪そうに言ったが、男性は腕組みをすると工学部の建物に視線を向けた。
「あいつら知識も技術もあるからな。この前、大学の中央通りを、謎の推進装置をつけた自転車で疾走して問題になってたことがあっただろ。俺も見てたんだけど、緑色の謎の燃料をタンクに入れてた。あれは絶対に正規の研究じゃない、学生の趣味か遊びだろうな」
「それ、わたしも見ました。数人の男の人が集まってて、成功したってはしゃいでいましたね。ふふ、楽しそうでしたけれど変わってますよね」
小幡さんが思い出したように言うと、男性は得意げな表情になった。
「だろ、暇と知識があるから、変わったことをやりたくなるんだろうな。このミステリーサークルも、騒ぎを起こしてやろうと思って作ってみたんじゃないか。このミステリーサークルは小さいから予行で、そのうち学部棟の屋上から見えるような巨大なものを作る気かもしれない」
「でも、この小さなミステリーサークルだって作ろうと思ったら難しいんじゃないですか。見たところ手や足で強引に草を倒して作ったわけじゃないですし、いつの間にかできていたわけでしょう」
僕が思わず口を挟むと、男性は腕組みをして考え込むような素振りをした。
「まあ、作ってみろと言われれば、確かに難しい。でもさ、考えてみろよ。ここから少し離れたところには、力学やら電子なんかを専門にする学生がいて、すごい値段の実験施設やら道具もあるわけだろ。そんな連中なら、草を倒してミステリーサークルを作るぐらいはできそうじゃないか。ええと、よくわからないけれど、電磁波的なもので植物を枯らすとかはどうだろう。物好きな学生が試作して、ここで試したとかは」
「さすがにそれは……無いとは言いたいですが、趣味で変な研究をする学生が居るのは事実ですし……。いや、でも、漫画に出てくるみたいなマッドサイエンティストみたいな人はいませんよ、多分」
しどろもどろになる川北に、その場に居る人間の視線が集まる。男性の発言によって理系学部犯人説が浮上してきたわけだが、こうなると工学部でUFO好きの川北が怪しく思えてくるのだった。もっとも、彼はUFO好きゆえに自作自演なんてことはしないだろうが。
「あ、そうだ。マッドサイエンティストってほどじゃないが怪しいやつを見たことがあるぜ」
「え、本当ですか。でも、さきほどは気になるようなことはなかったようにお話しされていましたが」
小幡さんが首をかしげると、男性は少し迷いながら言った。
「怪しいやつを見たのは10日ぐらい前なんだ。だから、このミステリーサークルとは関係ないと思ったんだ」
「そうなんですか。でも、せっかくですから参考にきかせていただけると嬉しいですね」
「まあ、そんな大したことじゃないんだけど。ええと、あれは10日ほど前の夕方ごろだな。図書館での資料探しに飽きて、このあたりをランニングしていたんだ。そしたら、白っぽい服を着たやつが、このあたりをうろうろしていたんだったな」
「白っぽい服?白衣みたいなものですか」
「いや、そこまではよくわからなかったな。薄暗くなりかけていたし、関わり合いになりたくなかったからよく見なかった。あ、マスクもしてたな。そのときは、大学だからいろいろ変なやつがいるんだろう、ぐらいにしか思わなかったんだが」
「何かしていたり、道具を手に持っていたりということはなかったですか?」
「どうだったかな……よく思い出せないな。言われてみれば、何か持っていたような気がする」
「その人物はずっとそこに居たのですか?」
「うーん、気づいたら居たって感じだったな。ただ、離れてから見たら、あっちの方へ歩いていった」
そう言って男性が指差したのは、理系学部が建ち並ぶ方向だった。
僕と小幡さんが川北の様子をうかがってみると、それに気づいた彼は大きなため息をついた。
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