第12話 キャンパス裏のミステリーサークル2
「まあ、オレはミステリーサークルが結構好きだぜ。超常現象や宇宙人の仕業でないのは残念だけど、1人の人間による悪戯が一時とはいえ世間を熱狂させたんだからな。ちょっとした仕掛けで、マスコミやら科学者を振り回すんだから小気味良いぜ。それに、ミステリーサークルの全部が人間の仕業と断定されたわけじゃない。ロマンは失われたわけじゃないのだ」
天城部長はぐっと拳を握った。
「そうですね。わたしも、うまく言えないですけど、すごく魅力的だと思います。イギリスの田園地帯でしょう、きっと絵画みたいに教会とか伝統的な家があるのかな。そんな風景の中に、突然あらわれる小麦畑の不思議な模様ってすごく雰囲気があると思う。最初に思いついた人ってすごいですよね」
小幡さんの言葉に僕も同意する。行ったことのないイギリスの農村を想像していると、ふと思い出したことがあった。
「そういえば、日本でもミステリーサークルが発見されたってニュースがあったような気がするんですけれど。ええと、日本だから小麦畑じゃなくて……」
「稲だろう、収穫間近の。あれは、近くに住む高校生だかの悪戯だったらしいな」
僕が言おうとしたことを高瀬先輩が補足してくれた。
「それです。やっぱり人の悪戯だったんですね。それにしてもミステリーサークルって、何だか日本に似合わない気がします」
「そりゃあ、日本だと作るのが難しいからじゃないか」
「どういうことです?」
「ミステリーサークルの本場、イギリスは降水量が少ないし、小麦だって比較的乾燥に強い作物だろ。ところが、日本の主な穀物である米は、生育期間の大半を水の張った田んぼで育つからな」
僕が高瀬先輩の言葉の意味が理解できずに戸惑っていると、小幡さんが口を開いた。
「もしかして、足跡、でしょうか」
「ああ、ミステリーサークルを作るために田んぼに入ったらどうしても足跡が残る。これが、小麦畑なら、ほうきなどで足跡を消せるだろうが、水の入った田んぼは無理だ。丁寧にならしたとしても、水が濁ってしまうからな」
なるほど。ミステリーサークルは、田んぼが乾いている収穫前のわずかな期間にしか作れないってことか。やるなら、北海道の小麦畑だろうか。絵的にも、北海道の大地が似合いそうな気がする。
「ところで、そろそろ大学で見つかったミステリーサークルについて教えてもらえませんか」
川北はしびれを切らしたように言うと、道具箱と扇風機を交互に見た。
「おっとそうだったな。とは言っても、今まで話したような大掛かりなものじゃないから期待しすぎるなよ」
天城部長は、扇風機を川北から遠ざけつつ話し始めた。
「ちょっと前のことなんだが、友人の矢谷が変なものをみつけたって言ってきたんだ。聞いてみたら、大学裏の草原で草が不自然に倒れていたって話で、まるでミステリーサークルみたいだなって思ったんだよ」
今までの川北の説明に比べると、ずいぶんとあっさりとした説明だ。天城部長の性格だと大げさに言いそうなものだから、本当に大したことがない可能性がある。
「いつの出来事ですか。それと、部長のご友人は何をしていて発見したのでしょうか?」
川北は、熱心にミステリーサークルについて語っていただけあって、興味をそそられたようである。
「うん、オレが聞いたのは2日前ぐらいだったかな。矢谷のヤツ、大学の裏手をランニングしていて見つけたらしい」
「お友達は、運動部の方なんですか?」
小幡さんが質問すると、天城部長はとんでもないとばかりに手を横にふった。
「いや、あいつはオレたちと同じ、この旧クラブ棟の住人さ。ちなみに、入っているサークルはアイドル研究会だ」
「あのー、どうしてアイドルを研究するのにランニングする必要があるのですか?」
アイドルの研究とランニングという謎の組み合わせに、僕は思わず疑問を口にしていた。
「矢谷のヤツ、最近になってアイドルの握手会デビューを果たしたらしいんだ。それで、自分の体型とか身だしなみが気になっていろいろやっているらしい。オレはそんなことをしても無駄と思うんだが、まあ張り切っているんだよな」
「いいことじゃないですか。理由はどうあれ、自分を磨くっていうのは素敵だと思います。人って見られている緊張感がないと、どんどん堕落していくんですよ……」
小幡さんは僕たちを見回すと、黙って視線を逸した。うっ、僕はそれなりに身だしなみを整えているはずなのだが。最近、彼女がサークルに来るのに慣れて、油断していたのかもしれない。
「部長のご友人が、ランニングしていた理由はわかりました。そしで、肝心のミステリーサークルについてはどうです。あっ、発見した時刻も知りたいですね」
奇妙な図形がプリントされたTシャツを着た川北は、小幡さんの視線を気にした様子もなく言った。彼いわく、奇妙な図形ではなくフラクタルとのことだが、僕には理解しがたいセンスである。
「えっと、早朝かなあ。確か、1コマ目の講義が始まる前に走ってたらしいからな。ミステリーサークルは、1メートルもないぐらいって事だった」
「なるほど、小型のミステリーサークルというわけですね。早朝の発見ということは、夜間に発生した可能性があるということか」
何やら考え込む川北に、慌てて様子で天城部長が言った。
「待て、はやとちりするな。矢谷が気づいたのが2日前であって、その前からできていたかもしれない。ランニングは定期的にやっていたらしいが、別に宇宙人からのメッセージを草むらに見つけようと思って走っていたわけじゃないだろうからな」
「自分なら見落とさないと思いますが、興味のない人なら仕方がないか」
僕は、天城部長の友人が発見したミステリーサークルは、実のところ大したものじゃないのではと疑念を持ったが、川北の夢を壊すのも悪い気がしたので黙っていた。
「いずれにしても、近くにあるというのは幸いですね。実地調査に行きましょう」
川北は力強く立ち上がった。
僕と川北に、小幡さんを加えた1年生3人は、大学裏にある草むらを歩いていた。
先輩たち2人もついてくるものだと思っていたのだが、天城部長はネットオークションで買った古いホラービデオを受け取らなくてはならないからと言って帰っていった。高瀬先輩は、学生らしくバイトがあるということだった。
かくして1年生三人組は、ミステリーサークルをスマートフォンで撮影するという部長からのミッションを遂行することになったのである。
「この草原って、ずいぶんと広いけれど何のためにあるのかなあ」
隣を歩いている小幡さんが、きょろきょろと辺りをうかがった。僕たちは、土が踏み固められた道らしきところを歩いているが、特に何かがあるわけでもない。
「先輩たちに聞いた話だと、大学が施設を増設する予定で確保したのだけれど、予算の問題で放置されているらしい」
川北は、周囲の草むらに注意深く視線を投げかけながら言った。天城部長に聞いたミステリーサークルの場所は、まだまだ先なのだが熱心なことである。
「予算かあ、それじゃあ仕方がないか」
僕は、自分の所属している社会学部の古びた建物を眺めながら言った。
僕たちの通う観浦大学の敷地は、南北に長い形になっている。北側から文系の学部の建物が並び、南側は理系だ。不思議探究会のある旧クラブ棟は、北側にある敷地の端なので、現在の僕たちは南へ向かって歩いている。
「工学部の建物って、近代的というか未来的でいいよね。新しい上に、大きくて」
小幡さんは、遠くに見えるコンクリート製のスタイリッシュな建物を見ながら羨ましそうに言った。
「建築学科に有名な教授がいるから、その人の意向だって話だね。それに、工学部は色々と実験しないといけないから、必然的に建物も大きくなるよ」
世の中では文系学部不要論なるものがあるらしいが、僕たちが通う観浦大学は昔から理系学部の勢いが強い。キャンパス裏から学部棟を眺めてみると、それは歴然としていた。敷地の真ん中にある生物資源学部の実習用農園を挟んで、北側の古く小さな文系学部と、南側の新しくて大きな建物が並ぶ理系学部が対照的である。
「川北君は、どうして宇宙人とかUF0が好きなの?ほら、理系の人ってオカルト的なものを信じないというか相手にしない雰囲気があるじゃない」
僕が文系と理系の格差について考えをめぐらせていると、小幡さんが不思議そうに言った。
「自分は、オカルト全般を信じているわけじゃない。フィクションをフィクションとして楽しんでいるだけだよ。UFOや宇宙人については、地球人よりも優れた科学力を持つ知的生命体がいるかもしれない、というシチュエーションが面白いって感じと言ったらいいかな」
「格好つけた言い方をしてるけど、それって天城部長のロマンと同じなんじゃないのか」
僕が指摘すると、川北は一瞬だけ戸惑った表情になった。
「い、いや、部長のロマンとは違う……違わないか。でも、なぜだろう。部長と同じと言われると、すごく抵抗を感じてしまう」
川北の発言に、僕と小幡さんは思わず笑った。
「ねえ、宇宙ってすごく広いじゃない。だとしたら、宇宙人やUFOが存在してもおかしくないと思うのだけど、そのあたりはどう思っているの?」
「地球外に知的生命体が存在するかと言えば、その可能性は高いと思う。ただ、そういった存在が、いわゆるUFOに乗って地球にやってきている、という話になると別だね」
「どういうことなの?」
川北の返答に、小幡さんは軽く首をかしげた。
「距離と時間の問題だね。太陽系から最も近い地球型惑星であっても、数光年以上の距離がある。航行にかかるエネルギィと時間を考えれば、わざわざ地球までやってくるとは思えない。それに、もう一つの時間の問題がある。地球は誕生してから約46億年だけど、人類の文明が本格的に発展したのはたかだか数千年前に過ぎない。その数千年のうちに、他の地球外生命体がたまたま恒星間航行を確立して地球にやってくる可能性なんてほんの僅かだ」
「ああ、なるほどね。宇宙人が地球にやってきても、支配していたのは恐竜だったってことになる可能性もあるのか。そうか、地球の歴史からすれば人類なんてほんの新参者だよな」
僕が言うと、川北は黙って頷いた。
「すごくスケールの大きいすれ違いだよね、何だか寂しいな。じゃあ、ミステリーサークルが宇宙人からのメッセージっていうのはありえない?」
「皆無だね。穀物畑に模様を作るなんて方法は意味がない。そもそも、宇宙からの電波を分析して、地球外知的生命体の痕跡を探す活動をしている人たちがいるのに、わざわざ電波を一切発しないように地球にやって来て、ミステリーサークルを作るなんて馬鹿げているよ。どうせなら、手間さえかければいくらでも作れる凝った模様なんかよりも、未知の数式でも表してくれればいいのに」
「何だっけ、その地球外生命体を探すプロジェクト。確か、おせち料理みたいな名前だったとおもうんだけど」
僕がうろ覚えの発言をすると、小幡さんは吹き出した。
「それはないんじゃない?どうして、宇宙人がお正月料理なのよ」
「いや、合ってるよ」
川北の発言に、小幡さんは目を丸くする。
「地球外生命体探査の英語の頭文字をとって、SETIと書いてセチと読む。これはさっき言った宇宙からの電波を分析するものだけれど、レーザなどの可視光線を探そうというプロジェクトもあるんだ。SETIの前に、光学的を意味するオプティカルのOをつけてOSETI、オセチ」
「ほ、本当だったんだね。でも、そんな風にして宇宙人を探しているのだったら、こっそりミステリーサークルを作るのなんて難しいよね。UFOだって、すぐに発見されそう」
「ただ、さっきのプロジェクトは宇宙人の乗り物という意味のUFOを探しているわけじゃない。そもそも自分も昔は勘違いしていたのだけど、UFOが宇宙人の乗り物というイメージは比較的最近になってできたものらしい」
「えっ、そうなの」
UFOは宇宙人の乗り物ではないっていうのは、どういうことだろう。質問してみようと思ったが、川北が急に立ち止まった。
「天城部長が言っていたのは、このあたりだな」
少し先に、ぽつんと1本だけ木が生えている場所があった。誰かが植えたというわけではないようだが、草原の中ではいい目印になる。天城部長が帰り際に残していった言葉によれば、この木のあたりにミステリーサークルがあるはずだ。
「あ、あれじゃない」
さっそく見つけたのか、小幡さんが道から少し離れた場所を指さした。
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