第4話 入会審査 こっくりさんの真相

 こっくりさんを終えると、天城部長は10円玉を、ひょいとつまんで財布に戻した。机の紙も、雑な手つきでたたんでしまう。あれだけ伝統だとか祟りとか言っていたわりに雑な片付け方である。

「なかなか興味深かったですね。特に10円玉の動きが面白い。もっと摩擦が少ないものを使えば、大きな動きが楽しめるでしょう」

 メガネをかけ直しながら川北が言った。彼の言い方だと、儀式というよりも科学の実験みたいである。

「さあて、小幡さんはどうだったかな。このサークルの雰囲気もわかってもらえたと思うけれど……入会する?」

 天城部長が、にこやかな表情で小幡さんにきく。

「……ええと、少し考えさせてくれませんか。みなさんもすごくいい人だってわかりましたし、さきほどのこっくりさんも面白かったです。ただ……ええと……」

「なあに、そんなに深刻に考えることはないさ。オレが言うのもなんだけど、こんなサークルに入会する人なんてよっぽどの物好きが変わり者だからなあ。それに入会しなくても、気が向いたときにでも遊びにくれれば歓迎するよ」

 今までとは打って変わって、あっさりした態度で天城部長は笑った。僕が入会したときは、けっこう強引に勧誘された覚えがあるので意外に感じる。

「まあ、今日はこんなものかな。興味が湧いたらこの部屋に来てくれればいいさ」

「……ありがとうございます。ちょっと考えさせていただきますね」

 小幡さんは腰を浮かしかけたが、途中で動きを止めた。

「あのう、質問なのですけれど。ここのサークルの名前、不思議探究会っていうのは何か由来があるのですか?」

「うん?オレは特に知らないなあ。命名した人のフィーリングじゃないかな」

 天城部長は、お前たちは知っているか?と言いたげな表情で、僕らを見たが、僕と川北は首を横に振った。

「……俺も知らないな。本のほうのミステリー研究会と間違えられないように、ということでこの名前にしたって話を聞いたことがあるが、本当かはわからない。あるいは……いや、わからんな」

 歯切れの悪い口調で言うと、高瀬先輩も首を振った。

「そうですか。今日は、ありがとうございました」

 小幡さんは、にこやかな笑みを浮かべると、ぺこりとお辞儀をして部屋から出ていった。

 部屋の中には、いつもの男4人だけが残された。



「小幡さん、入会してくれるかなあ」

「まあ、無理だろうな」

 僕が願望を口にすると、天城部長があっさりと否定した。

 小幡さんがいなくなってから、わずかな時間しか経過していないのだが、部屋の中は今までのだらけた雰囲気に戻っている。川北と高瀬先輩は「UF0が宇宙人の乗り物だという想定は正しいのか」という、謎の議論を大真面目にしていた。

「ずいぶんとあっさり言い切りますね。部長らしくないですよ」

「可愛くて、それなりにお洒落な1年生が、こんな男しかいない怪しげなサークルに入ると思うか?彼女だったら、いろんなところで歓迎されるだろう。旅行なりボランティアなり、やりがいもメンバー同士の交流が盛んなところはいくつもある。いくらオレだって現状認識ぐらいはできているさ」

「じゃあ、どうして小幡さんはここへ来たのでしょう。この旧クラブ棟は、怪しげなサークルが集まっているというか、隔離されている場所でしょう。普通なら新クラブ棟の方へ行くと思うんです。あそこなら、堂々と加入しているサークル名を言えるところばかりでしょう」

「うーん、1年生だから迷ったんじゃないのか。それと、永瀬君、うちのサークル名は堂々と言えるぞ。少なくとも、オレは」

「もうすぐ6月ですよ。いくらキャンパスが広いからって、迷わないと思います」

 僕が未練がましく言っていると、高瀬先輩がこちらを見た。

「彼女、このサークルの名前を気にしていたみたいだったな」

「帰り際に言っていましたね。でも、それが何か?」

「……俺の思い過ごしだと思うんだが、こっくりさんの説明で話した井上円了を覚えているか」

「ええと、こっくりさんの仕組みを見破ったお坊さんですよね」

「その井上円了なんだが、『不思議研究会』という集まりを作っているんだ。ここは不思議探究会でちょっと似ているだろ。それがきっかけかもしれない、と思ったんだが……」

「でも、小幡さんは高瀬先輩がこっくりさんについて話しているとき、初めてきいたような態度でしたよね」

「そうなんだよな。何か意図があって黙っていたのかもしれないが。いや、こんなことを考えていても仕方がないな」

 高瀬先輩はそれだけ言うと、川北との議論に戻った。何やら「マンテル大尉事件」とか「スカイフック」という謎の単語がとびかっている。


「期待せずに待つとしようぜ。こっくりさんのお告げが的中する可能性だって、全くのゼロじゃないからな」 

 天城部長は、こっくりさんに使っていた紙を無造作にまるめると、ポイッとゴミ箱に投げ込んだ。

「そんな雑な扱いでいいんですか。さっきまで祟りと呪いとか言っていたじゃないですか」

「うん?そんな事も言ってた気がするな。よいしょっと」

 僕の目の前で、天城部長はペットボトルのキャップを外すとぐびぐびと水を飲み始めた。 

「そ、それはお供えって言ってたじゃないですか」

「別にいいんじゃない。のどが乾いたし、それにこっくりさんってデタラメなんだろ」

 おいおい、さっきと言っていることが全く違うじゃないか。天城部長は500ミリリットルのペットボトルをあっという間に飲み干すと、悠々とした態度で口を開いた。

「どうやら、永瀬君はまだまだ修行が足りないようだな。仕方がない、ここは部長であるこのオレが、こっくりさんの真の秘密を教えてやろう」

「どうせくだらないことだろうに。一応は聞いてやる」

 高瀬先輩と川北も、無駄に自信満々な天城部長に注目した。 


「こっくりさんとは、不随意筋の生み出す不規則な運動であって、それを参加者が都合よく解釈しているのに過ぎない、という高瀬の解説は面白かったな。だが、本質はそこじゃない」

 いつもはふざけたことばかり言っている天城部長だが、期待できるのだろうか。

「こっくりさんの本質はとは……中学生男子が、堂々と女子の指に触れるために編み出した、極めて巧妙な策略なんだよ」

 どうやら、期待した僕が馬鹿だったようである。あきれた様子の3人をよそに、部長は演説するように続ける。

「女子をこっくりさんに誘えば、みんな集まって十円玉に指をのせるだろ。そうすれば、必然的に指がひっつくし、場合によっては身体だって密着するかもしれない。人の気配のない教室で行われる数人だけの秘密儀式、盛り上がること間違いなしだよなあ」

「あ、あのう、祟りとかは、どこへいったのですか」

 馬鹿らしくなりつつも、一応質問してみる。

「祟りだとか呪いなんていうのはさ、雰囲気を盛り上げるためのスパイスに過ぎないんだよ。教育委員会や学校側に禁止されているってのも、一役買っているな。いくら中学生でも、本気にするやつなんてほとんどいないぜ」

 くっ、なんだかわりと真面目に考えていた僕が馬鹿みたいじゃないか。

「女子だって男子の意図ぐらいは見抜いている。だから、参加者をよくみて参加するか決めているってわけさ。だいたい、こっくりさんで質問することって『好きな人はいますか』とか『もしかして、その人はこの中にいますか』っていうのがメインだろ」

「なるほど。ダークマターが観測されない理由を質問した自分は、根本的にこっくりさんを理解していなかったわけですね」

 なぜだか感心した様子で川北が言った。やっぱり彼も、ちょっとズレているよな。

「本当にバカバカしいな。真面目に仕組みを解説した俺が一番馬鹿みたいじゃないか。しかも、妙に説得力があるところが更に腹が立つ」

 高瀬先輩は盛大にため息をついた。

「そういえば、日本に伝来したこっくりさんがどこで流行ったかというと、遊郭の余興として持て囃されたらしいから、つまりはそういうことなんだろうな。くっ、全くバカバカしい」

「まあ、そう嘆くな高瀬よ。オレたちも、小幡さんと一緒にこっくりさんをして楽しかっただろ。彼女もつきあってくれたわけだから、オレたちのことをそんなに悪く思っていなかったわけだしな。やっぱり、オカルトはロマンだな、うははは」

 がっくりと肩を落とす高瀬先輩とは対照的に、天城部長は晴れやかな笑顔を浮かべた。

 僕は釈然としない思いだったが、ふと、小幡さんのことを思い出した。10円玉にのせるときにくっつけた指、すぐ隣から聞こえてきた彼女のささやくような声。何だか急に落ち着かない気分になった。

 天城部長の話はどうあれ、僕に修行が足りないのは確かなようである。

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