第3話 入会審査 こっくりさん3
「よし、まずは形からはいらないとだな」
天城部長は、部屋の窓を閉めると怪しげなスプレーを散布した。昔、田舎の親戚の家で嗅いだ仏壇のような匂いが立ち込める。
「何なんですか、この匂いは?」
「この前、通販サイトで見つけたんだ。霊感が高まるというか第六感が鋭くなる的な……」
窓をきっちり閉めたせいか、天城部長の声が妙に大きく響く。遠くから聞こえていた運動部のかけ声も聞こえなくなった。今は5月末なのでそれほど暑くはないが、部屋の空気がどんよりと重くなったような気がする。
僕たちは、天城部長にうながされて机を囲むようにして座った。別に狙ったわけではないが、小幡さんは僕の隣である。みんなでこっくりさんをやる都合上、距離が近くなるので意識してしまう。
「皆の衆、準備はいいかな。こっくりさんは、部長であるこのオレがつつがなく進行させるので、きちんと指示に従うように。特に、でたらめとか迷信だとか言って茶化すのはなしだぞ。こういったものは、甘くみていると痛い目をみるからな」
天城部長は、机の上に自分で書いた紙を広げると、その隣に水の入ったペットボトルを置いた。
「何なんですかそれ。ただの、水ですよね」
「ああ、今朝に自販機で買って飲み忘れていたミネラルウォーターだ。本来は清酒なんかを供えなくてはならないらしいが、さすがに大学内でアルコールはまずい」
しれっとした顔で天城部長は答えた。そんないい加減なことでいいのだろうか。
「こっくりさんの作法も大事だが、キャンパス内のルールを遵守することはもっと大事だ。この部屋は、クラブ棟を新設したときに取り壊し予定だった旧クラブ棟だからな。今は、大学側のお情けで使わせてもらっているが、問題を起こしたら即退去させられちまう」
この世には、こっくりさんの祟りよりも恐ろしいものがたくさんあるようだ。
「では、気を取り直してやるとしようか。各自、この10円玉に人差し指を置くように。ただし、儀式が終わるまでは決して指を離してはいけないぞ」
天城部長は、10円玉を財布から取り出すと、紙に書かれた鳥居のマークの上にのせた。みんな素直に指を置くが、小さな10円玉だからみんなの指がくっついてしまう。僕の指に、小幡さんの桜色の形良い爪をした人差し指が触れた。こっくりさんとは関係なしに緊張してきたが、邪念はよくないと自分に言い聞かせる。
「……こっくりさん、こっくりさん。どうぜ、おいでくださいませ。こっくりさん……」
天城部長が神妙な顔をしながら、抑揚のない調子で繰り返す。普段はいい加減な部長が、真面目な声でこっくりさんを呼んでいるのは滑稽な気がしたが、何度も繰り返しているうちにそれなりに雰囲気がでてきたように感じる。
「……こっくりさん、おいでくださいましたら、お返事をお願いします」
だが、10円玉はぴくりとも動かない。それを気にした様子もなく、天城部長は儀式を続ける。
「……こっくりさん、こっくりさん。どうか、私達の質問にお答えください。……時計まわりに質問をしていこう」
天城部長は、隣に座る川北に目配せをした。オカルトに否定的な彼ではあったが、儀式には至って真面目に参加している。
「こっくりさん、こっくりさん。どうぞ、自分の質問に答えて下さい。……これで質問をしていいんですよね?」
天城部長が黙って小さくうなずく。
「……こっくりさん、こっくりさん。……なぜ、ダークマターは観測されないのでしょうか。こっくりさん、どうそお答えください」
当然というべきか、10円玉は全く動かない。
「だ、ダークマターって何だっけ、ゲームのアイテムか?」
さすがの天城部長も、困惑している。
「ダークマターは宇宙空間に存在するといわれている物質です。銀河系の分布を考えると、計算上は何らかの質量をもった物質が存在がするはずなのですが、いまだ観測に成功していません。こっくりさんで、何らかの発想が得られれば面白いかと思ったのですが」
「た、たぶん宇宙の話題は管轄外なんだよ。こっくりさんは地球の霊だし……たぶん」
困った様子の天城部長を見て、高瀬先輩がにやりと笑った。
「これがこっくりさんの限界ってヤツだな。参加者の意識しない筋肉の動きが正体とはいえ、参加者が全く理解できないような事柄には答えられないってわけだ」
「ま、まあ、次からはもうちょっと答えやすい質問にしてくれ。呼ばれたばかりで、こっくりさんも調子が出ないのかもしれん。とりあえず次の質問にいこう。うっ、次は高瀬か」
先輩はしばらく考えていたようだが、ややあって口を開いた。
「……こっくりさん、こっくりさん。どうぞお答え下さい。明日は晴れるでしょうか?」
質問が急に身近なレベルのものになった。今は5月末で天気の良い日が続いているが、そろそろ梅雨の季節が近づいている。今日は、大丈夫だが明日はどうだろう。
「あれっ」
珍しく川北が声をあげた。指先の10円玉に視線を落とすと、いつの間にか少し場所が変わっている。指先には何も伝わってこなかったし、力を入れたつもりもないのだが。
「少し動きましたね。原理がわかっていても、やっぱり不思議ですね」
小幡さんが、僕の隣でささやくように言った。こっくりさんをやる都合上、肩が触れそうな距離にいるのでどきどきしてしまう。
「よしよし、調子がでてきたな。オレはとばして次、永瀬が質問をしてくれ」
天城部長が機嫌よく僕を指名する。
「ええと、こっくりさん、こっくさん。どうぞ、お答え下さい。このサークルに新しいメンバーは増えるでしょうか?」
これは質問というより、僕の願望である。今の4人も決して悪くはないのだが、もう少し賑やかになってほしい。できれば、小幡さんが入会してくれたらな、という気持ちもある。
じっと10円玉を見ていると、天城部長が書いた「はい」と「いいえ」の文字の間を不規則に動いた。
面白い反面、少し不気味である。僕たちはこっくりさんの原理について高瀬先輩から聞いていたからそれほどではないが、何の予備知識もない中学生だったらかなり驚いただろう。これが、紙と10円玉で手軽にできるのだから流行したのもわからないでもない。
「ふふふ、こっくりさんの本領発揮ってとこだな。よし、次はオレだ」
天城部長は不敵に笑うと、質問を口にした。
「……こっくりさん、こっくりさん。どうぞお答え下さい。顔が怖くて口が悪い高瀬君に、彼女ができるかお答えください」
この人は、何を言い出すのだろう。まあ、高瀬先輩は悪い人ではないのだが、正直に言ってモテるタイプではない。本人だって、それをわかっているのか自虐している。
申し訳ない気分になりつつも、紙に書かれた「いいえ」の文字に視線を向けてしまう。すると、10円玉がスルスルと「いいえ」の文字の方へ動いていく
「……あとで、覚えてろよ」
「いやいや、高瀬よ。これはこっくりさんの仕業なんだ。みんなが無意識にそう思っているわけじゃあないぞ」
本当に嬉しそうな表情で天城部長は笑った。
「わ、わたしは、そんなことは思っていませんよ」
慌てた様子で小幡さんが否定したが、その動揺ぶりが怪しい。
「つ、次は、わたしの番でいいですよね。……こっくりさん、こっくりさん」
みんなの返事を待たずに小幡さんは質問を始めた。ちらりと、高瀬先輩の様子をみたが面白くなさそうな表情である。しかし、先輩は普段からこういう表情をしていることが多いから、本当に怒っているわけではないだろう。たぶん。
「こっくりさん、質問に答えてください。わたしは、このサークルに入会していいでしょうか?」
10円玉は、「はい」と「いいえ」の中間あたりで、ふるふると不規則な動きを繰り返す。僕としては「はい」の方へ動いてほしいのだが、さすがに意図的に力を加えるのは反則だろう。
全員が注目する中、10円玉は「はい」と「いいえ」の間でぴたりと止まった。
「これは、どういうことでしょう?どちらともとれますけれど」
小幡さんが目を丸くして、手元を見つめる。みんなが反応に困る中、天城部長がおもむろに宣言した。
「よし、ここは部長であるオレが判定しよう。……うん、これは入会しても良い、だな」
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