第2話 入会審査 こっくりさん2
「高瀬先輩が、さきほど説明したテーブルターニングと、天城部長がこれからやろうとしているこっくりさんはやり方が違うと思うのですが」
今まで黙って話を聞いていた川北が質問した。
「俺も詳しい経緯は知らないが、棒の上にふたをのせるやり方だと手間がかかるから、ふたの代わりに硬貨を使って文字の上を滑らせるという手軽な方法が主流になったそうだ。テーブルターニングやこっくりさんと同じ原理の、ウィジャボードがアメリカで大量生産されていたそうだから、それを取り入れたのかもしれない」
何だろう、また新しい単語がでてきた。
「ウィジャボードって何ですか?響きだけだとボードゲームみたいですけど」
「小さな木の板に車輪を取り付けたおもちゃだ。その上に数人が手を置いて、アルファベットやYES、NOが書かれた紙の上を滑らせたり筆記用具を取り付けて文字を書かせたりするんだ。これだと、だいぶこっくりさんに近いだろ」
なるほど、アルファベットをひらがなに置き換えれば、ほとんどこっくりさんだ。それにしても、アメリカで流行っていたおもちゃと言われると、神秘性がどんどんなくなっていく気がする。
「でもよう、逆に言えば全米で大人気だったってことなんだろ。それだけ流行するんだから、何かしらあるんじゃないのか。だいたい、テーブルにしろ十円玉にしろ勝手に動くなんてすごいじゃないか。そうだ、むしろこっくりさんは日本だけじゃくて、世界規模でその不思議が認められていた偉大な儀式なのだ」
赤いボールペンで鳥居のマークを書きながら天城部長は上機嫌になった。部長の中で、こっくりさんは日本古来のものからグローバルな存在に格上げされたようだ。この適当さは、いつものことである。
「僕はやったことがないのですけれど。言われてみれば、10円玉が勝手に動くのって不思議ですよね。何か原理があるのですか」
どんな説明がされるのか期待しつつ、僕は高瀬先輩にたずねた。先輩はオカルト全般に対して懐疑的なのだが、頭ごなしに否定することはない。あくまで調べた上で意見を言うので、実は結構こういった話には詳しいのである。
「端的に言うと、不随意筋の作用、無意識な筋肉の動きだな。こっくりさんで説明すると、10円玉を数人の指で押さえているとしよう。それぞれの人間は、意識的に動かすつもりはないだろうが、実はある程度の力が10円玉にかかってしまっている。計量器なんかに指を載せてみればわかるが、一定の力をかけ続けるというのは難しいんだ。だから、何の力もかかっていないようにみえる10円玉も、実際は不安定な状態にあるから、そこに何か質問が与えられると答えを指すような動きをしてしまうというカラクリさ」
「ええと、複数の人間が不安定な力をかけた結果として、テーブルなり10円玉が勝手に動いているように見えるだけというわけですか」
僕は、机の上に右手の人差し指をのせてみた。しばらくそのままにしておくと、力が入っているのか、どのくらいの強さなのかが、だんだんとあやふやになっていく。
「なんだか、いかにもそれらしい説明をしてるけど、それって本当に試したのかね。適当な机上の空論を鵜呑みにしるだけなんじゃないのか」
天城先輩が、赤いボールペンで鳥居のマークを書きながらつまらなそうに言った。
「ところがだな、昔の人々は賢明だったのさ」
にやりと笑って高瀬先輩は続ける。
「テーブルターニングについてはイギリスの物理学者マイケル・フェデラーに、こっくりさんについては浄土真宗の僧侶であった井上円了によって完全に解明されている。長くなるから詳しく説明しないが、2人ともしっかりと実験した上で、こっくりさんの類がちょっとした筋肉のイタズラに過ぎないことを、とうの昔に証明しているんだぜ」
「フェデラーって、あの電磁気学の権威ですか?」
川北が珍しく驚いたような声を出した。
「そうだぜ。19世紀のヨーロッパでは、心霊科学なんかのオカルトが流行していたそうだから、そういった風潮に危惧を覚えた学者が立ち上がったらしい。日本の場合も同じような動機だったと思う」
「うーん、フェデラーほどの研究者が……」
考え込む川北をみると、どうやらフェデラーは相当有名な学者なのだろう。いや、僕も高校の授業で聞いたような覚えがあるな。
「どうだ、これでもこっくりさんをやるって言うのか?」
高瀬先輩が、こっくりさん用の紙を書き終えた天城部長に挑戦するように言った。
「やるさ」
天城部長は、ボールペンを机の脇に置くと腕を組んだ。
「高瀬の言うことは、もっともだと思う。こっくりさんの原理は、過去の偉人たちによって完全に解明されていたってわけだ。だが、オレたちが実際に試してみて、オレたちの目で見て納得したわけじゃない。世間の常識にとらわれず、謎とロマンを追求するのがこの不思議探究会のテーマだからな」
「まっ、俺も一度やってみるぐらいはかまわないぜ。皆は、どうする?」
高瀬先輩が僕たち1年生の方へ視線を向けると、小幡さんが遠慮がちに口を開いた。
「あっ、あの、質問してもよろしいですか?」
「ん、別に遠慮なんてしなくていいぞ。痛っ」
目を細めて答えた高瀬先輩の頭を、天城部長がコツンと叩いた。
「コイツは目が細くて人相が悪い上に、話し方もぶっきらぼうだが、いきなり噛みついたりしないから安心して質問していいよ。高瀬は、入会希望者にはもっとフレンドリーに接するように」
「へいへい、だが、この顔は生まれつきなんでな。で、質問は何だっけ?」
小幡さんは2人のやりとりを目を丸くして見ていたが、あらためて質問を口にした。
「高瀬さんの説明はすごく納得できるものだったのですが、少し気になることがあるんです。こっくりさんが科学的に説明がつくものなら、どうして学校の先生や教育委員会によって禁止されていたのでしょうか?」
小幡さんは小首をかしげながら、不思議そうに言った。このときの彼女の表情は、何だか幼いというか無防備な感じがして、僕は妙にどきどきしてしまう。
「ああ、それには学校らしい理由がある」
高瀬先輩は、小幡さんから微妙に目を逸しながら言った。
「さっき説明したように、こっくりさんをすると祟りがあるなんていうのは迷信だ。しかし、こっくりさんをやったことによって実際に何らかの被害がでたというのも事実なんだ」
「えっと、怪談の中の出来事じゃなくて、本当にですか?」
質問した僕に、高瀬先輩は真面目な表情でうなずいた。これを言ったのが天城部長なら眉唾ものだが、高瀬先輩が言うのだから信憑性が高い話だろう。
「不思議な事件を調べていて見つけたのだが、1980年代にいくつか事件が発生している。こっくりさんで遊んだ中学生が、パニックになったり茫然自失状態になっているのが発見されたりしたという事件だったな。学校がこっくりさんを禁止したというのは、これらの事件を受けてのことだと思う」
「えっ、本当に祟りがあるのか」
天城部長はこっくりさん用の紙からそっと手を離した。こっくりさんをやろうと言い出した人間が、そんな態度でいいのだろうか。
「あるわけないだろ。事件の原因は中学生達の思い込みだ。中学生といえば、思春期で感受性の鋭い時期だから、ああいう儀式なんかの影響を受けやすい。雰囲気にのまれたと言った方がいいかな」
「思い込み程度でそこまでの事件が起こるとは思えませんが?」
川北が疑わしそうな口調で言う。
「まあ、川北みたいにこっくりさんを少しも信じていない人間なら大丈夫だったんだろうがな。しかし、多少なりとも信じている人間が、悩みを抱えていたり精神的に追い詰められたりしているときに、こっくりさんをやって不吉な結果が出たとしたらどうだろう。普段なら何でもないことでも、精神的に不安定な状態では、致命的な結果を引き起こす最後のひと押しになりかねない」
「あっ、オレも自信がない試験の日に、朝のテレビで星座の運勢が最悪だという情報を見たときは動揺したなあ。おかげで、単位を落としちまったぜ」
「占いの結果程度で落とす試験なんて、それは単なる勉強不足だろう」
高瀬先輩が天城部長にもっともなツッコミをいれると、小幡さんは控えめに笑った。
「こっくりさん自体は合理的な説明がつくものであっても、実際に被害が出たからには禁止せざるを得なかった、ということですね」
「そういうことだろうな。事件が起こったからには、何か対策を講じなくてはならないっていう、お役所的な考えもあったのだろうと思う。だが、皮肉なことに学校側が禁じたことによって、一部の生徒の間ではこっくりさんがより魅力的な存在になったという一面もあるがな。特に中学生なんざ、禁止すればするほどやりたがるもんだ」
「ああ、そうですね。思い返してみれば、わたしも中学生の頃は……いろいろとこじらせていたような気がします」
何だか寂しそうな表情で、小幡さんが言った。
「さて、どうする?俺たちは、中学生よりも分別があるはずの大学生だぜ」
「やろうぜ。なあに、高瀬が説明したとおりなら何の危険もないし、分別のあるオレたちならパニックになることもないだろう。普通の人間がやらないようなことを、あえてやってロマンを追求するのがこのサークルだぜ」
こっくりさんの神秘性は、高瀬先輩によって完全に粉砕されてしまった。しかし、それにもめげず天城部長はやる気である。部長は、自分が書いた儀式用の紙を机の上に広げて、僕たちの方を見た。
「自分はやってみたいですね。フェデラーほどの科学者が研究したほどですから、少しは興味があります」
川北が部長の提案に賛同した。彼はオカルトには否定的だが好奇心は強い、いや案外物好きのだ。
僕が天城部長にうなずいてみせると、しぶしぶといった様子で高瀬先輩が首を縦に振った。さて、残りは1人だが。
「わたしも参加させて下さい。えっと、みなさんがよければ、ですけど」
小幡さんの言葉に、天城部長が大喜びをする。
「いやいや、そもそもこれは小幡さんの入会審査にやってみようって話だったのだから、遠慮は無用だよ。というよりも、参加してくれないと始まらないわけだけど」
天城部長は、うきうきとした様子でこっくりさんの準備を始めようとしたが、ふと真面目な顔になった。
「あっ、別にオレたちに合わせなくちゃならないってことはないからね。特にオカルト的なものについては、個人の信条もあるだろうから。嫌なことは嫌だとはっきり言ってくれてかまわないよ。うちのサークルは、何かを強制するようなことはしない方針だ。世間の常識にとらわれないで世の謎とロマンを追求するサークルが、空気を読めだとか同調圧力なんていうくだらないものにこだわるなんて滑稽でしかないからな」
いつもいい加減で調子のいいことばかり言っている天城部長だが、案外きちんとした配慮ができる人なのである。
「意外ですね。……あっ、こんなことを言ってしまったら失礼ですよね」
小幡さんはポツリと口にしてから、慌てて取り繕った。
「わたし、こういったサークルはもっと軽いというか、面白半分に活動しているかと思っていたんです。でも、部長さんはきちんと気を使ってくださるし、高瀬さんもすごく詳しいのですね」
「いや、別に俺はオカルトに興味があるとかではない。ほっておくと天城が際限なく増長するから、釘をさす意味でその手の知識を仕入れているだけだ。それに、だいたい俺はちょっと不思議な現象があったり自分に理解できないことがあると、オカルトやら心霊を持ち出すのが嫌いなんでな。はなから否定するのはどうかとは思うが、だからといって無条件に信じるようじゃ、結果的には何も信じないのと大差ないからな」
高瀬先輩は小幡さんの視線を避けるようにしながら、つまらなそうな口調で言った。先輩は小幡さんに素っ気なく接しているようにみえるのだが、実のところ先輩は女性が苦手らしいのである。もちろん、武士の情けというか男子の情けがあるから、そんなことをわざわざ口にはしないけれど。
「それじゃあ、こっくりさんを始めるか。今や、すっかり否定派が優勢になったようだが、まだまだわからんぞ。世の偉い人がどれだけ否定しようとも、今まで続いてきたんだから何かがあるのかもしれない。そう、人々を引きつける何かが、ね」
意味ありげな言い方をして、部長は椅子から立ち上がった。
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