第1話 入会審査 こっくりさん1
「小幡奏絵さんか、うんうん、良い名前じゃないか」
名乗った小幡さんに対して、天城部長は大げさにうなずいてみせた。
「そういえば自己紹介がまだだったな。オレは天城謙太郎、社会学部の2年で、このサークルの部長をやっている。効率ばかりの現代社会に異を唱えて、謎とロマンを追求することをモットーにしているんだ。とはいっても、なかなか賛同者が集まらなくてね、いやあ、小幡さんみたいな素敵な人材が来てくれて嬉しいなあ」
「勝手に入会させるなよ」
上機嫌な天城先輩を高瀬先輩がたしなめた。小幡さんはそんな2人のやりとりを困惑したように見つめている。その視線に気づいたのか、高瀬先輩が口を開いた。
「ああ、俺は高瀬で経済学部の2年だ。このサークルは主に、空き時間の暇つぶしと教科書置き場として使っている」
それだけ言うと高瀬先輩は黙り込んだ。
「いかんなあ、高瀬君。そんな調子じゃ、これが合コンだったら連戦連敗間違いなしだぞ。もっと、自分をアピールしなきゃいかん。たとえば、好きな超常現象とか怪奇現象のタイプを言うとか」
天城部長が呆れたように言うと、高瀬先輩はしぶしぶといった様子で口を開いた。しかし、好きな異性ならぬ超常現象のタイプなんて口にしようものなら、その合コンは失敗間違いなしだと思う。
「こんなサークルに入ってはいるが、俺はオカルト一般には懐疑的な方でね。強いて言えば、未知の巨大水棲生物なんかには興味はあるが、そのくらいだ」
「巨大生物っていうと、ネッシーみたいなものですか」
小首をかしげながら小幡さんが質問した。ネッシーといえば、イギリスのネス湖に生息すると言われている謎の巨大生物で、一般的にもよく知られている方だろう。
「まあ、そんなところだ。とはいえ、証拠とされた写真がフェイクだったりと実在する可能性は極めて低いだろうがな。そもそも、水温の低い湖のような閉鎖環境で、巨大生物が種を存続させるに足る個体数を維持できるかというと、相当難しいだろう。いや、今はこんな話はどうでもいい……」
高瀬先輩は強引に話を切ると、うながすように僕の方を見た。
「僕は、永瀬洸一。さっき言ったとおり社会学部の1年生だよ。このサークルには、天城部長に勧誘されて面白そうだから入ってみたって感じで、怪談とか心霊現象に興味があるってところかな」
小幡さんは、じっと僕の目をみて話を聞いてくれるのだが、ちょっと気恥ずかしい。もう少し気の利いたことを言いたかったのだが、普通の自己紹介になってしまった。なにか付け足そうかと迷っているうちに、川北が読んでいた雑誌をパタリと閉じた。
「自分は、川北博己。工学部の1年生で、オカルト全般については信じていない。むしろ、信じる人がいるということの方がミステリィと思っているよ。自分としてはあくまでフィクション、娯楽として楽しむというスタンスだけれど、あえて興味があるものをあげれば、地球外知的存在だね」
一息に言うと川北はメガネをかけ直した。普段の彼は、宇宙人やUFOの話題にやたらとこだわるのだが、今は小幡さんを意識して格好をつけているのだろう。
「意外ですね。オカルトサークルって言う呼び方でいいのでしょうか、そういうところの人ってみんなオカルトについて肯定的だと思っていました。ここでは、ちょうど肯定派と懐疑派で2対2になっているんですね」
小幡さんが感心したように言った。それを受けて天城部長は嬉しそうな表情になる。
「そうそう、だいたい何の話をしても2対2になっちゃうんだよなあ。おっ、ここに小幡さんが入会してくれれば、丁度いいな。肯定派と否定派のどちらが優勢かがはっきりする」
「い、いえ、そんな。わたしはそんなに、そのう、そういった事柄に詳しいわけではないですし……」
小幡さんは天城部長の強引な勧誘に困ったような表情を浮かべていたが、ふと思いついたように口を開いた。
「あっ、そういば、ここのサークルはみなさん4人だけなんですか。女子のメンバーはいないのでしょうか?」
「大変不本意ではあるけれど、この部屋に居るオレたち男4人で全員だ。……女子は現在いない。いないが、これは将来においても、女子が入会しないという事実を示すわけじゃない。可能性は、ある」
自慢できることでもないのに、天城部長は胸を張った。
しかし、これはよくない流れになったような気がする。男だけの怪しげなサークル、そこにたった1人だけ女子が入会するというのは抵抗があるだろう。悲しいことに、僕を含めて不思議探究会の男たちは特に美形というわけでもないし、むしろ変わり者ばかりである。いや、僕は割と普通の大学生だと思うのだが。
小幡さんをなんとか入会させる方法はないものかと、あれこれ考えをめぐらせていると、天城部長が何故だか自信満々な表情で口を開いた。
「うんうん、確かに女性1人だけっていうのはちょっと不安があるかもしれないな。だから、小幡さんがこのサークルにふさわしいか、ちょっとした入会審査をしてみようじゃないか」
「審査……ですか。えっと、筆記試験のような?」
不思議そうな顔をした小幡さんに、天城部長は得意げな表情で答えた。
「筆記試験じゃないよ。そんなものより、この不思議探究会にふさわしいやり方がある。……それは、こっくりさんだ」
あまりの展開に、天城部長以外の4人は狐につままれたような表情になった。
こっくりさん、というとアレだろうか。あいうえお50音が書かれた紙の上に10円玉を置いて、数人で指を乗せると10円玉が動き出すというおまじないみたいなヤツ。
「阿呆か。大学生になって、何故にこっくりさんをやらねばならんのだ。あんなもの、ただのお遊びだろう」
真っ先に口を開いたのは高瀬先輩で、心底呆れたという表情になっている。
「いやいや高瀬よ、こっくりさんと言えば古くから伝わる由緒正しい占いの方法だぞ。あまりの的中率に教育委員会が禁止するぐらいのな」
教育委員会が禁止するというのは、すごいのかすごくないのかわからない。だが、僕には思い出したことがあった。
「そういえば、僕が中学校の頃に、クラスでこっくりさんが流行ったことがあったんですけれど、先生によって禁止された思い出があります。えっと、僕もこっくりさんを信じているってわけではないのですけれど、学校が禁止するぐらいだから何かあるのかなって気がするのですが」
確か、空き教室で男女数人のグループがこっそりとやっていたはずだ。僕はたまたまそれを見かけたのだが、こっそりと行われる禁じられた儀式は、なんともいえない怪しい魅力があったのを覚えている。
「わたしの通っていた中学校では、あまり流行ってはいませんでしたが。先生方からやらないように言われていましたね。こっくりさんの他に、キューピッドさんとかエンジェルさんって呼ばれていたみたいですが、それらも含めて禁止だったと思います」
小幡さんが話しながら僕の方を見た。話が合ったというほどではないが、なんとなく嬉しい気分になる。
「ほれ、どうだ高瀬よ。小幡さんと永瀬の通っていた学校で禁止されていたわけじゃないか。これは何かあるって考えるのが自然だろ。ならば、不思議探究会としては実践してみるしかないではないか」
上機嫌になった天城部長は、ごそごそと自分の鞄をかき回すと、ルーズリーフとボールペンを取り出した。
「おいおい、本気かよ」
「オレはいつだって真剣だ」
天城部長は、あきれたような高瀬先輩を物ともせずに、ルーズリーフに文字を書き始めた。
僕らにとってはいつものことなのだが、小幡さんはどう思っているのだろう。ちらりと、彼女の様子をうかがうと、意外にも真剣な表情で天城部長の手元を見つめている。占いの類が好きなのだろうか。
「自分は霊など信じません。ですが、仮にそういう存在があったとしても、紙に書いた文字と10円玉程度で呼び出せるものなのでしょうか。どうせなら、スマートフォンのアシスタント機能にでも質問したほうが有意義な結果が得られると思いますが」
川北が実にシビアの意見を述べる。これもまた、このサークルの日常風景だ。
「まあまあ、やる前から否定的じゃあ見える物を見えなくなるだろう。えっと、その、理系の学生だって既に実証されている理論をわざわざ実験して確認してたりするんだろ」
「それは……そうですね。ええ、実際に試してみて評価すべきかもしれませんね」
「だろ。まあ、こっくりさんは日本に古来から伝わる由緒正しい儀式だから、信頼性は十分だ。ちなみに、こっくりさんはきつねと犬とタヌキという意味で『狐狗狸』さんとも書くが、動物霊だからといってあなどっていかんぞ。何でも知っていて、失礼な態度をとると祟りがあるらしいからな」
自慢するかのような口調で天城部長が言った。
祟りか、こっくりさんと言えば怪談でもしばしば取り上げられるテーマである。よくあるパターンでは、作法を間違えたとかよくないモノをよびだしてしまったとかで、参加者が精神に異常をきたすというものがある。他には、参加者に恐ろしい不幸が降りかかるというお告げがあって、それが実現してしまうというのもあった。
僕の目の前では、天城部長がこっくりさん用の文字を書いているが、面倒になったのかだんだんと雑になっていく。こんな適当なことで大丈夫だろうか。部長はやたらと自信があるようだが、正式な作法は知っているのだろうか。そんなことを心配していると、高瀬先輩が大きなため息をついた。
「ふん、こっくりさんのどこが由緒正しい儀式なんだ。アレは、明治にアメリカから伝わったものだろう」
「えっ、そうなんですか?イメージ的に全く合わないのですが」
高瀬先輩の意外な言葉に、僕は驚いてしまった。
「別にでたらめを言っているわけじゃないぞ。この手の話にしては珍しいことに、こっくりさんが日本に伝わった経緯はわりとはっきりしている。確か、1880年代に伊豆の下田にアメリカの船が漂着する事件があったそうだ。船の修理には結構時間がかかり、船員が暇つぶしに遊んでいたのが近くに住んでいた日本人に伝わって、全国で流行したらしい」
「で、でも、アメリカ人だとすると、ひらがなとか10円玉を使ったわけではないでしょう」
高瀬先輩は、少し考える様子をみせてから話し始めた。
「いや、そのとき伝わったものは、こっくりさんの原型となるテーブルターニングというものだ。これは19世紀に欧米で流行していた遊びで、不安定なテーブルに数人が手を置いて質問をする。で、テーブルの揺れ方を見て、様々な解釈するというものだな」
「ちょっと待てよ、おかしくないか。明治時代の日本にテーブルなんて普及していないだろう」
天城部長が、ま行の文字を書きながら異議を唱えた。
「まあな。だから、当時の日本では、竹の棒などを足にしてその上に鍋のふたなどを載せてやっていたらしい。当然、不安定な場所に置かれた鍋のふたはふらふらと揺れるわけだが、その揺れる様子からこっくりさんという名がついたということだ。こっくり、こっくり揺れるってな。天城が言っていた、狐がどうとかいうのは、ただのあて字だぜ」
ううむ、高瀬先輩の説明によって、こっくりさんは始まる前から終了してしまいそうな雰囲気である。
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