不思議探究会の活動日誌

野島製粉

プロローグ

 部室の扉が控え目にノックされたとき、僕を含めた不思議探究会のメンバー4人はいつものようにだらだらと過ごしていた。


 部長である天城あまぎ先輩は、高瀬先輩と机を挟んで「ツチノコはUMAか、それとも妖怪なのか」という不毛な議論を続けていた。僕と同じ1年生である川北かわきたは、先輩たちの議論を気にもかけずに黙って雑誌を読んでいる。僕はというと、大学生協で買ってきたばかりの漫画雑誌のグラビアのページをのんびりと眺めていた。

「どうぞー」

 扉の向こう側にいる相手に、天城部長が「どーじょー」とも聞こえそうなやる気のない声をかけた。どうせ、同じクラブ棟に入っている二次元研究会あたりの連中が、暇つぶしか冷やかしにやってきたのだろう。僕は、この不思議探究会というサークルに入って1ヶ月ほどだったが、こういった日常には慣れていた。むさ苦しい男4人ばかりのサークルにやってくるのは、同じような男ばかりなのである。

 だが、予想に反して聞こえてきたのは遠慮がちな女性の声だった。

「失礼します」

 少し開いた扉から、ボブカットの女の子がおそるおそる顔を出した。一瞬、僕は事態が飲み込めなかったが、慌てて手に持っていた漫画雑誌のグラビアのページを閉じる。天城部長と高瀬先輩は、ツチノコのことなど忘れたように真面目な顔で椅子に座り直していた。

「お、入会希望かな?我が不思議探究会は、ロマンを求める者なら誰でも歓迎するよ」

 天城部長が、ぷよぷよとしたお腹を揺らしながら大げさに手を広げてみせる。女の子は戸惑った様子だったが、そこに高瀬先輩が素っ気ない口調で声をかけた。

「ミステリー研究会なら、新しいクラブ棟のほうだぜ。たまに間違ってここに来るヤツがいるんだが、ここは小説のミステリーじゃなくて、怪奇現象やらオカルトを担当する方だ」

「あ、それは知っています。こちらの方を通りがかったときに、不思議探究会という名前が見えたので、何をしているところなのか気になって……」

 女の子が控えめな声で言うと、高瀬先輩は元から細い目をますます細めた。

「ふうん。それはまあ、ずいぶんと物好きだな。だが、ここの実態は、ヒマな大学生が愚にもつかないことをして貴重なキャンパスライフを浪費しているだけだぜ。悪いことは言わないから、時間をもっと有意義なことに使ったほうがいい」

「は、はあ……」

 高瀬先輩の言葉に、女の子はますます戸惑ったようだった。

「いかんなあ、高瀬。副部長たる君がそんなことでは、有望な新部員が誤解してしまうではないか」

「誰が副部長だ。上級生が2人しかいないだけだろうが」

 2人の会話に、天城部長が割って入った。おそらく、久しぶりにやってきた部員獲得のチャンス、しかも女の子を逃すまいとしているのだろう。ちなみに、ここはサークルではあるのだが、天城部長は「部長という響きがかっこいい」という理由で、部長と名乗っている。

「オレたち不思議探究会の活動テーマは、世の不思議を追求することだよ。心霊現象に超能力、オーパーツでも何でもいい。この世には、科学では解明できない謎だってあるんだ。それを追うのが、ロマンだ」

 大げさな口調で天城部長が言い切った。「ロマン」というのは部長の口癖で、ことあるごとに口にしている。

「お言葉ですが、部長。科学では解明できない謎について補足したいことがあります」

 さきほどまで雑誌に目を落としていた川北が、落ち着いた様子で発言した。いつの間にやら、彼が持っている雑誌は、有名な科学者の名前を冠した真面目なものに変わっている。さきほどまで読んでいた雑誌の表紙には「宇宙人は実在する」という言葉がデカデカと印刷されていたはずだが。

「科学では解明できない謎がある、というのは当然のことで、科学が無力なのではありません。謎があるから、世の研究者や大学の教員は研究を続けているのです。そして、科学で解明できない謎を解明するのは科学である、と自分は思います」 

 川北は工学部で、オカルトや怪奇現象には懐疑的、いや否定的だ。そんな彼が、なぜこのサークルに入会したのかはよくわからない。

「うむ、その意気や良し。川北は、科学の手法で世の謎にアプローチしてくれたまえ。オレはオレのやり方でロマンを追求するさ」

 そう言って天城部長は大きくうなずいた。正直なところ、僕には意味がわからない。


 こういったやり取りは日常風景なのだが、来たばかりの女の子にとってはどうだろうか。ドン引きしているのではないかと、さり気なく様子をうかがってみたが、表面上は普通にしているように見える。だが、このまま部長達に任せておいては話が脱線しかねない。

「えっと、ここのサークルの具体的な活動は、不思議な現象なんかについて議論したり実際に現場に行ってみたりすることかな。面倒な決まりごとはないし、みんなのんびりと楽しんでいるって感じで……」

 僕は、女の子にサークルの良さを伝えようと思ったのだが、口に出してみるとうまくいかなかった。そもそも、僕たちは大した活動をしていない。

「あっ、そうなんですか。何だか楽しそうですね。不思議な現象が起こったところに行くっていうのは、ちょっとした旅行みたいなものなのですか?」

 意外にも、興味がありそうな様子で女の子は、僕の方に顔を向けた。

 このとき、初めて女の子の顔をまともにみたのだが、なんというか……すごく可愛い。サラサラの髪で、透明感のある瞳がしっかりと僕の目を捉えている。こんな子が、どうしてここみたいな怪しげなサークルに興味を持ったのか疑問だが、できるものなら是非とも入会してほしい。

「ええと、旅行に行くこともあるのかな。僕は入って1ヶ月だからなんとも言えないけれど、この前は廃線になった鉄道のトンネルを見に行ってきたよ。旅行というよりも、遠足みたいな感じだったけれど、なかなか面白かったかな。あっ、僕は1年生だからそんなに丁寧に話さなくてもいい……ですよ」

「あ、わたしも同じで1年生」

 そう言って女の子はにっこりと微笑んだ。花が咲いたよう、という表現はこういうときに使うのだな、と僕は頭の中でぼんやりと思う。

「すいません、いままで名乗りもせずに。私は、教育学部1年生の小幡奏絵おばたかなえといいます」

 女の子、小幡さんが僕たちにペコリと頭を下げると、髪の毛が動作に合わせて、ふわりと揺れた。

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