第7話 『普通』の基準は場合による。
「駄目ですねー。たしかに違法ドールだし、戦闘型っちゃそう言えなくもないですけど、ちゃっちいって言うか、無茶苦茶っていうか。AMドールに武器くっつけただけって感じでした。昼間の調査で、暴走したドールってのがAMって知った時に覚悟はしてましたけど……」
近年になってアキツに進出してきた犯罪組織が有するアジトの一つ、湖に面した廃倉庫の一群は、先日イソタケ市内で暴れたCMドール(実際にはAMドールだったわけだが)を作った工場として昼間の調査で浮かび上がった場所だった。
廃倉庫を利用して作られたドール改造工場を確認したマキノは、外の集積場でその材料や製品の検分をしていた禾熾と共に、幹部室となっている管理棟へと登ってきている。小型無線通信機を介して軽く報告してあった内容を再度繰り返し、マキノは溜息をついてみせた。
「ああ、積んであった『材料』もAMドールしか見当たらなかったしな。どうやら、チンピラがパチモン作ってるだけみてぇだな、ここは」
白狐の面に遮られ、少しくぐもった声で答えた禾熾が、黒い革手袋をはめた手をひらりと振る。彼が纏う黒装束はマキノらのものと一見、全く変わっていないように見えるが、近くに立てば濃密な血の臭いがそこから漂っていた。
間近で見ていたわけではないが、この禍々しい自分たちの隊長が外で何をやっていたのか大体の想像がついて、マキノは相変わらずだなぁと心中で呆れる。数年前には確かに恐ろしいと感じていた筈なのだが、いつの間にやら慣れてしまって何の感慨もなくなっていた。
「此処の責任者らしい奴も尋問してみたが、作ってやがったのは実際、隊長殿の言う通りAMドールの違法改造品だけらしい。ただ、今日此処に来てたらしい幹部が一人、面白い事を教えてくれたんでね、ハルがそっちを確認してる」
白目を剥いて床に転がっている、いかにも悪党然とした人相の悪い男を顎で指して、山寺がそう説明した。管理棟に詰めていた人間の大半を戦闘不能にし、目の前の幹部やこのアジトの責任者を尋問したのは山寺である。彼はかなり高能力の
その背後ではハルがサーバラックの前に座り込み、アジトを管理するコンピュータに自分の携帯端末を接続してその画面を黙々と追っている。ハルと山寺はマキノたちより先に管理棟へ入り、ライフラインの切断や証拠データの検索を行っていた。精神干渉による尋問を得意とする山寺と、隊の中では最も電算機に明るいハルが組んで管理棟を、暴れるのが得意な近接戦闘型の禾熾とマキノが工場・集積場を担当したのだ。
「面白い事って、何なんですか?」
ハルの作業が終わるには時間がありそうだと踏んで、マキノは山寺に尋ねてみる。それに一つ頷いて山寺はハルを振り返ると、アジトのコンピュータ本体を指して確認した。
「こっち、いじっても平気か?」
「いいっすよ」
顔を上げないままハルが返事をすると、山寺がポインタを操作してコンピュータの画面上に、ある画像を表示させる。そこには銀髪碧眼で甘い顔立ちの、いかにもAMドールらしい美貌の青年が映っていた。画像のファイル名は「YM-1A35000TX」と表示されている。
「このファイル名、ドールの型番っすねー。こいつですか、市内で暴れたのって」
昼間に聞きだした情報を思い出しながらマキノは画面をまじまじと見た。型番が示す内容は、
「で、そのナヨっちいお坊ちゃんが何だって?」
いかにも女性の好みそうな「美青年」が気に入らないのだろう、「いけ好かねぇツラだ」という感想がありありと分かる声音で、禾熾が山寺に説明の続きを求めた。いつもながらの子供っぽさに笑いつつ、マキノも山寺を見遣る。頷いた山寺は画面に表示されたAMドールの画像と、床に伸びている悪党面の幹部を指してこう言った。
「ああ。どうやらこの坊ちゃんドールが、この幹部の任務の為に貸し出されたらしいのさ。その任務っていうのがまあ、ウチに報告が来たイソタケ市街地での暴走事件らしいんだが……」
昼間、マキノとハルがイソタケ市内の現場近くで(と言うよりも、現場の奥にたむろする無法者たち相手に)調査をした。その結果、現場となった裏路地の奥にあった「ブラオ商事」という名の組織所有の事務所にて、先日暴走した違法ドールはこのブラオ商事所有のドールであったこと、その使用目的は誘拐であったこと、ドールの改造現場はこの廃倉庫であること、そして使用された違法ドールのタイプコードも聞き出す事が出来ていた。
今回、マキノたちは、「イソタケ市内で暴走したドールの調査及び再発防止」という名目の任務を受けて動いているので、報告にあった暴走ドールの詳細とその所有者を調査し、同様のドール暴走が起こらないよう元凶を叩き潰してしまえば――つまりこの工場を吹っ飛ばしてしまえば今回の任務は完了である。
しかし、ちゃちな違法改造のAMドールしか出て来なかった今回の件は、彼らにしてみれば「スカ」であった。マキノ達がカンナビにくすぶりながら長らく探しているのは、CM型のドールなのだ。
「問題は、その任務の内容、つまり誘拐の目的ってことだ。実はこいつ等、あるAHM技術者の一人と接点があったらしくてな。その技術者は最近死んだらしいんだが、そいつの遺した暗号化データファイルの復号鍵を探してるらしい」
「ドール技術者ねぇ……名前も分かってんの?」
記憶を辿るように中空を見上げて禾熾が再び尋ねる。
「ルーカス・エリクソン。知る人ぞ知る、旧フルーセン共和国のAHM研究開発第一人者だろ、確か」
にやり、という表現そのままの笑みで山寺が答えた。人の悪いその笑みは、自分達の隊長のそれに良く似ている、といつも思うマキノである。
「――っ! そいつは確かに面白れぇな」
禾熾が手を打って感嘆する。声音や身振りの抑揚が大きいため、面で顔を隠している割に感情表現が分かり易い男である。
「確かにフルーセンと言えば、どんな研究をやってても不思議じゃないですしねー」
しみじみと頷きながらマキノもそう同意する。フルーセン共和国は十数年前に他国に併呑され消滅した国だが、存在した当時は閉鎖的で反人道的な政策も多い、何かと物騒な国であった。歴史上に散在するそういった国々の例に漏れず、軍事・科学技術研究も随分と無茶が通っっていた事は有名であり、そこのAHM研究第一人者の遺したファイルとなれば、本来の探し物に関連するか否かに関わらず、マキノら葛葉にとっても大変に内容の気になる代物である。作業を終えたらしいハルも端末から顔を上げ、「うろ覚えっすけど……」と前置きして会話に参加してきた。
「エリクソン博士も確か、FSPF――連邦が第一級で指名手配した人物の一人っすね。まさかアキツに隠れ住んでたとは知らなかったっスけど、多分ブラオ商事が手引きしたんでしょ。とりあえず、今回その銀髪ドールに狙われた人物が判明しました。マリカ・シューレスト。母親がどうもエリクソン博士と知己だったみたいっす」
続けて確認していた内容を報告する。FSPF(Forefront of Space Planetary Federation――宇宙最前線惑星連邦)とはフルーセンを併合した大国の名で、名の通り幾つもの惑星国家が連合して一つの連邦を作っている。普段、単に「連邦」と呼ばれるこの国は現在宇宙最大の国家であり、初めてAHMを軍事実用化して実戦投入した国でもあった。加えて言えば、アストライア社も連邦の企業である。
アキツはこの連邦とは大きく宙系を隔てており、政治的な関わりもそう深くない。隠れ住むには絶好の惑星であったことだろう。
「へえ、それで結局どうなったんだ? 鍵もこいつらが手に入れちまったワケ?」
もしそうなら今度は丸ごと潰してやろう、そう思っているのがありありと分かる口調で禾熾がハルに尋ねる。ブラオ商事は近年になってアキツに進出してきた組織であり、入植当時からアキツに根を張る葛葉からしてみれば、目障りなばかりの余所者だった。
「いや、それが失敗したらしくてな。今回コイツが来てたのは、次のドールを受け取る為だったようだぜ。――ハル、それで連中の、次の作戦の手がかりは何かあったか?」
代わりに答えた山寺が、続いてハルに質問した。それに一つ頷いてハルが答える。
「どうも暗号化ファイル自体、シューレストがエリクソン博士から受け取っていたものをブラオ商事が掠め取ったみたいっすね。それで連中も、復号鍵を持ってるのもシューレストだと踏んでたようなんですが……例のファイル以外に、シューレストがエリクソン博士から受け取った物ってのが此処で調べただけじゃはっきりしないんっすよ」
そこで一旦言葉を切り、端末を畳みながらハルは軽く首を振った。立ち上がって埃を払ってから顔を上げる。普段表情の乏しい顔に苦笑に近い皮肉の笑みを乗せて、ハルは言を継いだ。
「ただ、その『鍵』は既にシューレストの手を離れてるらしく、連中の次の標的は全くシューレストと関わりのなさそうな所でした」
「……そいつは、一体何処だ?」
その微妙な表情に、怪訝そうに眉根を寄せて山寺が尋ねる。次にハルの口から出た単語に、年長組二人は絶句して顔を見合わせることになる。
「キール電子部品店。ここの郊外にあるちっさな電子部品屋みたいっすね」
其処は正しく、昼間に禾熾と山寺が訪れ、一目散に逃げてきたというあの店だった。
***
フィリア・メルキュールの朝は日の出と共に始まる。
アサキの大家である彼女は毎朝必ず午前六時三十分に起床し、まず、自室と居間のカーテンを開ける事からその日を始める。フィリアは日々同じ時刻に起床してカーテンを開け、洗顔し、その曜日ごとに決まっている服を着て、朝は必ずトーストしたロールパンと目玉焼きを食べ、蜂蜜を入れたホットミルクを飲む。
これらが滞りなく進むようアシストするのが、現在のサクの大きな仕事の一つだった。大体五分以上スケジュールがずれるとご機嫌が悪くなるので、いかに手際よく先回りして準備しておくかが勝負といったところか。ちなみに以前、専属HPドールが働いていた頃の朝食はスクランブルエッグにサラダもついていたらしいが、そのドールが故障してからサクがこの家に来るまでの数週間に、おかずは目玉焼き一つに簡素化されたようだ。
犯人は他に居ないのでアサキだろうが、パターンが狂うと飛んでもない癇癪を起こすフィリアを相手に、よくもそんな大改革をやってのけたものだ、とサクは密かに感心している。要するに多分、目玉焼き一つがアサキ側のギリギリ妥協点だったのだろう。サクはこの家に来て以来、一度もアサキが料理をする様を見たことがなかった。
フィリアは決して、知的発達に遅れがあるわけではない。それどころか彼女の日課は、普通の八歳児ではとても読めそうにない活字を日がな一日黙々と読み耽る事である。本の内容は様々で、彼女の部屋は少女の私室というよりもむしろ書庫の様相を呈しており、その蔵書には百科事典から文学全集、歴史書、科学書、思想書、医学書に至るまで思いつく限りのジャンルの古典的な「書籍」がずらりと並んでいた。
それらの、元々この家にあったと思われる古典たちは既に彼女に読破された後であり、最近の彼女のお気に入りは、アサキから貸し出されたAHM関連の専門書の群れである。それこそ大学で使う教科書に始まり歴史、論文集、関連技術から研究者の著作、果てはAHMの総合カタログまでありとあらゆるAHM関連書籍が彼女の読書机の周りには山積しており、フィリアはそれを毎日数冊ずつ読破しては右の山から左の山へと移し、それぞれの山の高さを推移させていた。
***
今日も朝食後、いつもの様に歯磨きをしてから自室に戻ったフィリアは、黙々とAHMの電子頭脳を解説した専門書を読んでいる。それをレースカーテンのかかった瀟洒な出窓の外から観察する、二つの影があった。彼らはフィリアが所有するこの家の敷地に鉄格子と植え込みを越えて入り込み、一階にある彼女の自室を出窓の下に張り付いて窺っている。明らかに不審人物なのだが、何故か警備通報システムは沈黙を守っていた。
『ミツハ湖に次のドールを受け取りに行ったロームの兄貴は、向こうの工場諸共月まで吹っ飛んじまった。何処のどいつがやったか知らねぇが、狙いは俺達と同じに違いねぇ。何としてでも先に鍵を手に入れてやるぞ』
昨日昼間にイソタケ市内の事務所が一つ襲撃を受け、夜にはドール改造の拠点工場が中身もろとも消し飛んだ。その報告はブラオ商事アキツ支部全体を震撼させ、ブラオ商事は現在、犯人探しで上を下への大騒ぎとなっている。そんな中、エリクソンの残した暗号ファイルの鍵を探す任務を負ったその男――アルノーは明朝の出発の際、そう相方のホルツに言って聞かせた。
アルノーは顔と銃の腕は一級品だが、思い込みが激しいのと発想の飛躍が玉に瑕だ、と内心でホルツは嘆息する。黙って立っていれば二枚目俳優でも通る容姿のアルノーだが、その思い込みの強さ故に女がいる期間は実に短い。一方ホルツは太り気味の小男だが、調査能力は組織内でもそこそこ評価されていた。
襲撃を受けた事務所の位置と、ミツハの工場の事から言って、敵は先日のドール暴走を嗅ぎ付けてきたので間違いないだろう。しかしその暴走ドールの狙いまで敵が把握しているかどうかは、現状でホルツに判断できる事ではない。結果的には、アルノーの思い込みはほぼ正解であるのだが、それを知る由は現在の彼らにはなかった。
「あのガキ、部屋に帰ってきてから殆ど動かねぇ。間違いねえ、アレが例のドールだろ」
午前九時三十分を少し回った頃。アルノーが断定するようにそう言った。確かに二時間以上、あの少女は本をめくる以外の動作をしていない。現在ホルツらが掴んでいる情報によれば、シューレストが例のファイルと同時にエリクソンから受け取った物は、エリクソンが生前共に暮らしていたAMドールのみであるらしい。もしも鍵があるとすれば、そのAMドールの中かあるいは、AMドールそのものの可能性が高い。
「しかし、『パーツ狂のアサキ』が手に入れたって話だ、もしかしたらもう解体されちまった後かもしれんぜ。ったく、せめて外見がもう少し分かってりゃあな……」
「サク」という名のそのドールは、イソタケを拠点にするドール密売人の手を介してアサキ・E・キールへ売られたらしい。当の密売人どもを締め上げてその事実を調べ上げたのはホルツだったが、怯えきった密売人の証言は要領を得ず、全く以ってどんな特徴のドールか分からなかったのだ。
「大体、『普通の、特徴のないドール』ってのはどんななんだ」
密売人はひたすら「普通の」「地味な」「特徴のない」と繰り返していた。しかし「普通」の基準などと言うものは場合によって異なるため、いざと言うときに、具体的にどんな姿形をしているのか判断がつかない。泡を吹きながら裏返った声でまくし立てる密売人相手に随分と苦戦したホルツだったが、せめてタイプコードくらい吐かせておくべきだったと後悔する。
「どんなって、『普通のAMドール』だろ。普通のAMっつったらあのアレみたいなお人形ちゃんじゃねぇのか。キレーな顔で、キレーな髪で、キレーな服の。だから間違いねぇ、アレが例のドールだ、行くぞホルツ」
逡巡しているホルツを尻目に、アルノーは古風な造りをした出窓の天辺に手をかけると、躊躇いなくそれを蹴破った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます