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第5話 退屈と平穏は同意義語。


「CMらしきドールが、イソタケ市内で暴れたと報告が」


「へえ、軍の管理を離れたCMドールか。タイプは?」


「それが……かなり派手な爆発を伴ったらしく、煙でどの目撃情報も曖昧なんですよ」


「――最近手詰まりだしな。一応、見てみっか」


 アキツの西端、イソタケ市よりもしばらく南西に下った、広大な森と乾燥地帯がぶつかる場所に小さな村がある。かつての開拓前線基地であり、そして今は何のとりえも無くただ惰性で人が住んでいるような、寂れた村であった。


 カンナビの名を冠するこの村の一角、吹き荒れる風に晒され続けた廃屋同然の民家の半地下に、真昼の陽光を逃れるようにたむろする四つの人影があった。否、一応彼らは勤務時間中であり、その半地下の部屋は彼らの詰め所である。しかしいかんせん、そのだらけた態度と気だるげな雰囲気、そして彼らの黒尽くめの服装が、まるで巣穴で昼間をやりすごす夜行性肉食獣を連想させる。


 四人のうちでも歳若い二人、まだ十代後半であろう少年たちから先日のドール暴走事件の報告を受け、尊大にも事務机に足を乗せていた青年が立ち上がった。二十代前半と思われるその青年は伸びをすると、見上げる三人の部下たちを順繰りと見回して愉しげな声で言った。


「イソタケだっけ? 近いしちょっと行ってみようぜ。最近引きこもりっぱで体鈍っちまってるし」


 そのまま、いかにも此処から出られるのが嬉しいといった風情でストレッチを始める。青年の過不足無く鍛え上げられた体躯を覆うのは、黒一色の上下。革製と思しきベストには、そこかしこに武器を収納するホルダーやそれらを固定するベルトが縫い付けられている。


 頑丈そうな軍用ブーツまで含め闇色で統一されているその装備の構成は、彼が戦場に生きる人物である事を物語っていた。身動きが取りやすいようにか、あるいは何かの下にも着用できるようにか、それらの装備は非常に細身に出来ている。伸縮性に優れているらしいそれらは、実用的に鍛えられ、かつ引き絞られた青年のしなやかなラインを忠実になぞり、彼をまるで黒豹のように見せていた。


 そして、その青年の独特ないでたちの中でも、最も異様な空気を醸しているのは、彼の顔を隠す白狐の面だ。


 和紙か薄い木で出来ているらしいそれは、胡粉独特の白く滑らかなおもてに流麗な筆跡で切れ長の銀に光る眼を描き、鮮やかな紅色で耳と吊り上がる口元を描いた何処か妖艶なものだ。薄暗い室内で、首元から爪先まで暗色の装備に身を包む青年がつけた様は、中空にぽっかりと浮かんでいるようにすら見える。


「ただ単に退屈なだけだろうが。と言うか、行くってアンタな、下調べくらいしないのか」


 そんな、異様な空気を醸す風体の相手に動じた風も無く、呆れた様子で上司をたしなめたのは部屋に詰める四人残りの一人、青年よりも十歳は年上と思われる壮年の男である。「熊のような」と表現される一歩手前といった風情の、体躯が良くあご髭の様になる男だが、その目は理知的で温和そうな光を宿していた。


「そんなん、移動しながらやればいいじゃん。そう大した情報が調べて出てくるわけじゃねぇし、行って直接見る方が早いって」


 年上の部下からの突っ込みに悪びれもせず、ひらひらと片手を振って青年は部屋の戸を開けた。そのやり取りは日常の一部らしく、注意した男も会話を見守っていた少年二人も、呆れたように笑っただけで黙って上司に続く。


「行くぜっ! ハル、マキノ、ヤマさん、イソタケ市にレッツゴーだ!」


 楽しそうに部下の名を順に呼んで、青年が扉の外へ拳を突き上げる。


「隊長。じゃあこの件、俺達が受けたって事にしていいんすね?」


 年少組の片方、ハルと呼ばれた黒髪の少年がぶっきらぼうな口調で尋ねた。よく言えばクール、悪く言えば三白眼に近い切れ長の目を手元の携帯端末に落とし、半端に長い黒髪の下で画面上の文章を追っている。


「おっす、俺がキッチリ解決してやるってえの!」


「先輩、相変わらずテンション高いですねー」


 誰より先に青年の後を付いて出ながら、年少組のもう一人、マキノと呼ばれた少年が笑った。栗色の髪を後ろで一括りにした彼は、ハルとは対照的な人懐こそうな丸い目で上司を見上げる。


「ほどほどにしといてくれよ、隊長殿」


 最後に部屋を出て施錠をしながら、ヤマさんと呼ばれた男が締め括るようにため息をついた。外への扉を開けた「隊長殿」がそれを振り返って「おう」と軽く返事する。


 快晴の空を背景に日差しを反射する彼の髪は、日差しに負けず見る者の目を射るような、目映い黄金色をしていた。




***




 イソタケ市の郊外、中心地からは車で十五分ばかり北へ上った所にその店はある。工芸の街として発展したイソタケ市において、特に製造の盛んなドール――AHMオートノミック・ヒューマノイド・マシンの部品や、コンピュータパーツを扱うこぢんまりとした専門店だ。イソタケの市街地に出れば珍しくも無い、むしろ林立しているタイプの店だが、住宅ばかりの郊外にひっそりと建っている様は何処か浮いており、通りがかる近所の人々に「いつ潰れるか」との話題を提供している。


 良く晴れた日の夕方、空の色が変わるにはまだいささか早い時間。この「キール電子部品店」のカウンターにぼんやりと座る、一体のAHMがあった。その少年型AHMの名はサク。先週、この店の主に買い取られたばかりのドールである。彼は闇市にて此処の店主に「パーツの集合体」として買い叩かれ、あわや解体の憂き目を見るところであったのだが、現在、とある理由によりめでたく五体満足でこの店の店主、アサキ・E・キールの所有ドールに落ち着いている。


 カウンターに頬杖をつき、店名通り電子部品ばかりが並ぶ棚をぼんやり眺める様は、何処から見てもアルバイトで座っている近所の高校生だ。長袖のTシャツにジーンズ、店名がプリントされた作業用エプロンといった出で立ちは勿論のこと、アキツで一般的な東アジア系黄色人種の、ごく平均的としか言いようのない容姿も大きく影響しているだろう。


 その、文句の付け所無く「平凡」なサクの出で立ちにあってただ一点、Tシャツの襟元から覗く、まるで首輪のようなごついベルト型チョーカーだけが異彩を放っていた。チョーカーのバックル部分をいじりながら、サクは無人の店内を見るともなしに眺めている。一般的なコンビニエンスストア程度の広さの店内は高照度の白色光で照らされ、天井に設置されたスピーカーからは、会話の邪魔にならない程度の音量で音楽が流れていた。


「ヒマだな……」


 ため息混じりにサクは呟いた。ご近所の人々の心配どおり、この店は決して繁盛しているとはいえない。むしろ、ただ単にアサキの趣味か、あるいはパーツをかき集める口実でやっているだけらしい、というのがこの一週間でサクが見出したこの店の存在意義だ。しかし主から店番を任されている以上、それを放擲するわけには行かない。ナニもする事が無いのであれば節電モードに入っていればいいのだが(人間で言えば居眠りである)、いつ客が来るかも分からない状態で電源を落とすのはよろしくないだろう。


 商品棚の整理すらそうそう必要ない位に入荷も客も少ない。そんな訳でひたすらカウンターにてぼんやりしているサクのアイカメラに、鮮やかな金髪が飛び込んできた。その金髪は入店してきた若い女のものであり、目映いばかりに輝いて長く軽やかに宙を舞っている。


 真っ直ぐで艶やかな、一般的なブロンドよりも遥かに黄味の強い、正しく黄金の髪だ。その類い稀な髪の持ち主は、十は年上であろう体躯の良い男と連れ立ってこの店にやってきたようだ。仲良く腕を組んでいる様を見て、こんな所でデートもあるまい、と密かにサクは呆れる。


 二つに分けて両耳の後ろで括っているらしい金髪を揺らし、活発そうな露出度の高い服装の女は電子部品をあれこれ見てはしゃいでいる。しかし人を外見で判断するのは失礼な話だが、その女はとてもではないが電子部品に興味のありそうな人種ではない。


(ま、アサキさんだってぱっと見で、超マニアックなドールエンジニアだとは誰も思わないだろうけどね……。それに僕も、他人のことは言えないか)


 要するに、人は(ドールも)見かけによらない場合がある、ということだろう。


「すみませーん、ココって、ドール関係の相談所やってるお店ですかー?」


 そこそこの容量のメモリチップ(信頼できるメーカーの、他店より確実にお買い得な製品である。ずぶの素人ではないようだ)を片手にカウンターにやって来た女が、こてん、と首を傾げて尋ねてきた。


 少し上目遣いにこちらを見る眼の色は鮮やかな青。金色の睫毛に縁取られた、猫のようなアーモンド型の目にすらりとした鼻梁、小さめでふっくらした血色の良い唇と、美女よりも一歩ほど「可愛らしい」に傾いた顔立ちは、文句無く世の男性陣に持て囃されるものである。


「え、ええ。そうですけど……何かお困りごとですか?」


 椅子から立ち上がり、サクは笑顔を作って応対する。サクの前にある清算用デスクの端には、小さく「ドールに関するご相談、お受けします」という札が立っている。これはアサキがパーツ漁りのための情報収集を兼ねてやっている、いわば「AHMよろず相談」的なものだ。あまり大々的なものではないが、それなりの情報網やらツテやらを辿って、それなりに依頼がやってくるらしい。


「えっ、ホントにきいてくれる? じゃあね、じゃあね――」


 ぱっと顔を輝かせた女がぱん、と手を打ち鳴らして身を乗り出して来た。背後では熊一歩手前、といった風情の連れの男が呆れたような顔をしている。


(二人合わせて、美女と野獣二歩手前?)


 そんな下らない事を考えながら、胸の谷間を強調するように乗り出してくる女に愛想笑いで首肯していると、背後でガラリ、と店奥からの戸を開ける音がした。


「客か」


 予想通り、背後から此処の店主の声がかかる。女性としては低めの声に、どっしりとしたその口調は何とも言えない貫禄があり、初見の人間は大抵目を丸くする。案の定、サクの前の男女もぽかんとアサキを見て、依頼内容を飲み込んでしまっていた。


「見ない顔だな。何処でウチを知った」


 ドカドカと大股でこちらに歩み寄りながらアサキが尋ねる。その横柄な物言いは、客を威圧しているようにしか見えない。困惑顔を見合わせている客二人にしてみれば、歓迎されていないと思って当然だろう。


「……いっ、いえ、何でもないんですー! あっ、これお願い」


 一拍置いて、慌てた様子で金髪の女が首をぶんぶんと横に振る。咄嗟に突き出されたメモリチップと通貨カードを受け取って精算すると、買った商品を受け取った客達はそそくさと店の入り口まで後退してしまった。


「じゃっ、ありがとうございました――……」


 そんな声と共に店外にフェードアウトする客達を見送った後、サクは隣で仁王立ちしている店主を呆れたように見遣った。これでは一目散に逃げられたと表現されても何の反論も出来ない。


「逃げられちゃいましたよ? そんな威圧するから……」


「何だ、ただ情報源を尋ねただけだろうが」


 器用に片眉を吊り上げ、至極当然と言い切る己のマスターに、サクはため息をついて肩を落とした。


「やる気が無いとしか思えない対応です。儲ける気ないでしょ」


 再び椅子に腰掛けながら、容赦なくサクは突っ込む。ふん、と鼻を鳴らして気にした様子も無いアサキは、逆にサクにこう言ってきた。


「お前こそ、随分とやる気のなさそうなツラで店番してるじゃないか。ドールのくせに退屈出来るとは、これもまた随分と無駄な高次機能だな」


 ドール――AHMの頭脳はコンピュータである。コンピュータ制御によって、人間を真似た動きを機械仕掛けの人形にさせているのだから、「退屈」といった感情はわざわざその機能を付けてやらなければ発生しない。人間に相対する時の対話機能や喜怒哀楽表現は、レベルの差こそあれ大体のドールに付加されているが、単独待機状態でまで感情が動く機体はそう一般的ではないのだ。


「この一週間でその『無駄高機能』は聞き飽きましたよ。いいじゃないですか、退屈と平穏は同意義語だって事は、この三ヶ月くらいで身に沁みてるんです。別に不満はありませんから、退屈を満喫させてください」


 事あるごとに言われ続けている言葉に呆れながら、サクはカウンターに突っ伏した。この三ヶ月の間にサクの所有者は二回変わっている。一度目は十年近く連れ添った初代マスターと死別し、二度目は次のマスターに廃棄されて行き倒れた。ロクでもない経緯の挙句にアサキのもとに落ち着いているわけだが、その間の波乱万丈を思い返すと「平穏」の二文字が何とも愛おしいものに思えるのだ。


「……まあ、いいがな。しかし退屈は新たな挑戦への原動力とも言える。甘んじ続けるものでもないだろう」


 マスターがドールに言う台詞ではないような事を言いながら、アサキがポケットから煙草を取り出して咥える。サクの人間偽装機能は非常に高い。この一週間に来店した客達は恐らく全員、サクをアルバイトの高校生か何かと思い、AHMだとは想像もしなかっただろう。


 その細やかで無駄とも言える程の偽装機能を指して、アサキは幾度と無く「無駄に高機能」とサクを評してきた。興味の無い事は全く以って黙殺するアサキがしつこく言ってくるということは、おそらくサクの「無駄高機能」をアサキは気に入っているということだ。その高性能ゆえに分解を免れたサクは内心苦笑する。経緯としては色々とあったが、結局サクがパーツ分解されなかった理由は、彼が非常に珍しいドールだったからなのだ。


「もう四時だ。今晩こそはマトモな飯を食わせろ。ヒマがあるならばその為の努力を惜しむな、馬鹿者」


「…………イエス、マスター。努力します」


 「マトモ」って何だろう。今日までの血の(オイルの?)滲むような努力と、今から始まるであろう地獄に思いを馳せて、サクは突っ伏したまま返事をした。




***




 一目散にアサキの店を逃げ出した男女は、そのままこそこそと近くの寂れた公園の端に移動した。管理が行き届いていないのか、繁り過ぎて不細工な植え込みの影に隠れて頭を突き合せる。


「……おい、見たよなヤマさん」


 金髪の女が先程とはがらりと変わった低い声で唸った。


「ああ、正直幻覚かと思ったがな」


 ヤマさん――山寺貫一と言う渋い純和名を持つ大男は、まだ信じられないといった様子で頭を軽く振る。その目の前で、軽そうな雰囲気の金髪美女がふわりと発光し、見慣れたいつもの上司に戻った。


「ヤマさんに幻覚見せれる奴はそうそういねーだろ、俺ならともかく。――暴れたCMドールは分かんなかったけど、コイツは予想外の大収穫だぜ! ……っていうか、アレって人間っぽくなかった?」


 その見事な色彩は変わらず、長さだけ変えた金髪が揺れる。それは短く切られ、本人の性格を現すように奔放に跳ねていた。一体どんな仕組みで変身しているのか何度見てもさっぱり分からないのだが、露出の高い女物だった服装は、変身解除と同時に黒服と暗色のサマーコートに狐面という、普段のいでたち戻っている。色々と法則を無視しているが、そんな事をこの隊長殿の前でいちいち気にしても仕方が無い。不可解そうに首を傾げている上司に頷き、山寺は時間を確認した。


「集合時刻にゃちょっと早い。マキノとハルはまだ調査中だろうが、どうする?」


 同じく時計に視線を落とした上司が思案するように沈黙する。外出時には常に手袋をはめている手を顎に添えて、うーん、と唸り始めた。そのまましばらく考えた後、うるさそうに狐面を外して頭をかき回す。


「下手打ちたくねえから、今日はもうあの店には近寄りたくねぇしなあ。けどもう寄るとこねーし。集合場所に戻って、もっかい何か手がかりねえか見てようぜ」


 年少組との集合場所は、ドールが暴れた現場の路地入り口である。年少組二人は路地の更に奥、裏社会の連中がたむろする界隈を調べに行っているのだ。暴れたというドールが少女を連れてそちらへ向かったという目撃情報があったので、その奥にドールの所有者が居た可能性は高い。


「了解。さっきの件は今の任務片付けてからか」


「だな。おっし、じゃあさくさくっと片しちまおうぜ!」


 山寺の言葉に頷いて、早速移動とばかりに背筋を伸ばした上司が、良く晴れた空を見上げて紅玉のような真紅の目を細めた。そのままぺろりと己の唇を舐めて湿らせる。真っ赤な舌と同時に覗くのは、上顎からの鋭い犬歯だ。


「秋分過ぎちまったからな、満月が近いと血が騒ぐよ……」


 威勢の良い口調から不意にトーンダウンして、呟くように上司が言った。舌なめずりをする肉食獣そのものの仕草に軽く肩を竦め、山寺も背中を伸ばすと踵を返して移動を始める。


「――出てくる時も言ったが、ほどほどにしてくれよ」


「ああ、分かってる」


 背後から返る声は低く艶めき、今晩繰り広げられるであろう血の宴への期待に濡れている。――この上司の部下になって早三年目になるが、この声音を聞くと未だに背筋を戦慄が走る。そう心中で山寺は嘆息した。


 彼の背に立つ上司の名は「禾熾かし」。黄金の髪を持つ、人間の手で作り出された異形の青年である。そして禾熾という異形を作り出し、山寺達に任務を与える組織の名は「特殊傭兵組織 葛葉かつよう」。かつてはAHM技術の守護者であった、異能者――PSIサイと呼ばれる、いわゆる超能力者ばかりの傭兵団だ。


(……三年前と違うのは、隊長殿のこんな声を聞いた時の戦慄が心地よくなっちまった事くらいかね……朱に交われば赤く染まるってか)


 自身も高度な催眠能力を持つ山寺は、緩む口元を自覚して嘆かわしい、と自嘲した。

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