第19話 凄惨な……


 神殿にたどり着いたアメリアが見たのは、凄惨な虐殺跡だった。

 ヤギの角が生えた悪魔の死屍が足の踏み場もないほど、積み上がっている。


 シドニーの首なし死体があった。――もう手遅れだ。

 金髪の女の子の腹には大穴が開いていた。はらわたがこぼれている。

 シドニーの首は程なく見つかった。

 涙の残るうつろな目で空を仰いでいる。

 死体だらけだ。


「姐さ、ん……?」

「?! 大和!」


 神殿の入り口に、大和が寄りかかっていた。辺りは血まみれだ。……もう長くない。

 大和は、ごっそり削げたわき腹を抑えながら、か細い声で呻き声を上げている。

 アメリアは駆け寄った。


「ごめんなさい! 遅くなって!」

「ルー、は?」


 アメリアは首を振ったが、思い直して声に出した。もう目が見えていないのかもしれない。


「わからないわ。ここにはいないの?」

「姐さんをさがしに、いっ、た、んだけど……クソ……」


 振動を与えるだけで、痛がるので手を握ることもできない。


「……プレートは?」

「ちゃんと、はぁ…、……守った、ぜ」


 そう言って、大和は握りこんだ手を開いた。

 ……そこには、アフリカ大陸、オーストラリア大陸のプレートがあった。


「ごめ……、他のプレー、トは、どこかに……」

「よくやったわ。他の大陸が沈んだって情報は無いから、他のプレートも無事なはずよ」


 大和は、安堵したように笑った。


「姐さん……世界を、たの、む……」


 大和が押さえていたわき腹から、手が落ちた。

 眠るように、大和は死んだ――。



 アメリアはプレートを掴んで立ち上がると、ため息をついた。

 せっかく自分を信じてくれたのに、……あの世で会ってもどう謝罪していいのか見当もつかない。私は彼らの味方の顔をして、結局は敵だったのだ。

 自分は必ず地獄に行く。


「ごめんね……」


 大和の死体に、一言呟くと、

 ……アメリアは、アフリカ大陸とオーストラリア大陸をぱきりとへし折った。

 軽い音の代わりに、数億の命が潰える。

 この瞬間、二つの大陸が――、この世から消滅した。




「――なわけねーだろ、ばーか」

「!!」


 驚いてアメリアが見下ろすと、大和とアメリアの視線がばちっと合った。

 瀕死だったはずなのに、意地悪気にニヤリと笑っている。


「おっさん! 拘束術!」


 カッと、アメリアと大和を囲むように梵字が浮かび上がった。

 そして、大和が反対の手に握りこんでいたホルダーから展開された結界が、アメリアを囲むようにして張り巡らされた。

 いや、一か所だけ開いている。

 ――身体が動かない事に焦ったアメリアが、魔力の大量放出で術を強引に破ろうとした。

 そのタイミングを見計らっていたように、頭が弾き飛んだはずのシドニーが、アメリアに向けて炎を噴出した。


「姐御くらえッ!」


 二匹の炎狗が、一か所の隙間に飛び込む。

 その途端に結界が隙間を閉じ、アメリアは結界の中に炎狗二匹と共に閉じ込められた。


「――なあに、これ。こんなわんちゃんで、私をどうにかできるとでも~?」

「出来る! マット、ジェフ。燃やしてまえ――!」


 炎狗が命令に応じて、その体を激しく燃やした。

 アメリアは二匹が飛びかかってくると思い、更なる魔力でガードした。

 ……なぜ? 襲ってこない。

(……? っあ、しまった!?)

 短い悲鳴と共に、アメリアは眼前が急に黒くなるのを感じた。気絶の前兆だ。

 炎狗が燃やそうとしたのは、アメリアではなく、酸素だったのだ。

 人間である以上、酸素が無ければ意識が落ちるのも当然。アメリアの意識はブラックアウトした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る