第17話 アメリア


 ルーは、凄まじい勢いで闘技場の近くまで戻ってきた。

 首都の中心に進むにつれ、建造物の瓦礫や、流木、破砕した金属が水中を漂って酷い有様だ。

 そのせいで、モケーレ・ムベンベの巨体では水中を進めなくなったため、ルーは途中で大鷹にトランスした。


 上空から見てもわかる。沢山の人魚。

 ある人魚は、流木を魔法で砕いていたし、頭だけ水上に出ている建物に腰掛けて休憩している人魚もいる。

 先ほど見た水中では、子供の人魚たちは無邪気にも水の中の廃墟でかくれんぼに興じていた。海中にシールドを張って緊急の避難所を作っている人魚もいた。

 ……どうやら、あの壮年の日本人が言っていた推論は当たっていたらしい。


≪アトランティス人は人魚に変身できる≫


 この現実は、ルーだけが知っていたはずの事実を、急に恐ろしい厄災に変えてしまう。

 ルーは、羽ばたく羽に力を籠める。早く確かめなければならない。嘘であってほしい。

 ……そもそも事の発端はいつからなんだろう。

 あの人に、近づいたときか。あの人が秘密を打ち明けてくれたときか。一族がルーに密命を下したときか。

 ……私があの人を好きになったときか。


 闘技場の入り口は流れ込んだ瓦礫でひどい有様だった。つまり、闘技場の中まで浸水している。

 ルーはオープンに開いている闘技場の上から中に飛び込んだ。


《アメリアさん! ――ご無事ですか!?》

 もはや中はプールと言わんばかりの水量を湛えていた。選手たちの死体がぷかぷかと浮いている。

 その一つが少し動いた気がした。

「……ルー、ここよ~」

 死体に掴まって浮いていたいたアメリアが手を振った。少しぐったりしている。

 良かった――と、近づきかけて、ハッと気付く。

 ルーは宙空で急ブレーキをかけた。

「どうしたのルー? 水の中は冷たくて、体力が限界なのよ~。お願い、助けて~?」

 アメリアの困ったような声が、ルーの胸に刺さる。――だけど、確かめなくてはならない。


《――アメリアさん。知ってました? アトランティス人は人魚なんだそうです》


「――知らなかったわ~、よくわかったわね~。これで私たちは有利になれたわ~」


《そうですね。ですが、私のよく知っている人も人魚なんですよ。その人もアトランティス人なんでしょうか》


「んー、何を言いたいのかよくわからないわ~。でも友達は信じるべきかもね。……ごめんなさい、そろそろ手が限界かも」


 のらりくらりと返事をするアメリア。ルーはもう耐えられなかった。


《信じたいんです! だから! ……だから、信じさせてください! あなたは、アトランティス人なんですか?!!》


 慟哭のような追及に、アメリアは戸惑った表情を浮かべた。


「ルー? ……本当に何を言っているのかわからないわ。……お願い、もう体力が無くって、たすけ――!? あッ」


「アメリアさん!?」


 掴まっていた死体が滑ってぐるりと回った。手が滑ったのか?! アメリアは大きな水音を立てて、水中に沈んでいった。

 ルーは、反射的に水面ぎりぎりまで下降した。水は濁ってて、アメリアがどこにいるのかわからない!

 ――助けなければ! どうする、モケーレ・ムベンベじゃ大きすぎる。もっと小さな水生動物!

 混乱するルー。頭が真っ白になった。

 ――そのせいで、水中からきらめくナニカが一直線に自分に向かってくるのに気付けない。


「ガッ!?」

 大鷲のルーの腹から、アメリアの弔旗が突き出した。

 まるで、カタパルトから発射された槍のような苛烈な一撃。


 弔旗に力を込めながら水中から飛び出したのは、アメリア。――その下半身は、魚の形をしていた。人魚だ。

 アメリアは止めを刺すようにグリッっと柄を回転させ、ルーの内臓を巻き込んだ。

 致命的な一撃である。


「正解よ。私は、アトランティス人、アメリア」


 衝撃で瞳孔が開いている大鷲に顔を寄せて、アメリアはそっとささやいた。

 大鷲は弔旗を胸に食い込ませたまま落下し、水面に叩きつけられた。

 アメリアはくるりと宙空で回転し、水中に飛び込む。

 しばらくして、ぷかりと水面に浮かぶと髪をかき上げた。


「これで、二人目――未だ第一競技やっているのって私ぐらいだわ~。しょうがないわね~。流石に祖国の観客には、手を掛けられないし」


 今度は出入り口の結界に阻まれずに済みそうだった。

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