第16話 逆走と作戦


《私、行かなくちゃ……》

「行くって、どこに?」

「どないしたん、ルー」


 ルーがうわ言のように、行かなくちゃとだけ呟く。

 困惑した大和とシドニーの声も聞こえないようだった。


《ごめん、私戻る。アメリアさんが心配だし、確かめたいことがあるから……》


「は? 勝手に何処へ……って速ッ!」


 ルーはモケーレ・ムベンベの肉厚のひれを、今までになく力強く漕ぎだした。

 シドニーは慌ててルーの背中にしがみついた。大和はおっさんの腕をガッチリつかむ。

 そうしないと吹っ飛ばされそうだった。


《先にあなたたちを山に連れていくわ! 第三競技は『乗馬・魔法生物に乗って山のふもとまで走ること』あんた達は、わたしに乗ってるんだから、条件は満たしてるはず!》


「ルー、待てって! おっさん乗っけたままだぜ。怪我に障るからもっとゆっくり!」


「あー、お構いなく。なんだか知らないが、若い者に任せる」


「おっさん、めんどいからって全部ぶん投げんなや! そないな無責任なこと言うから、ルーがまたスピードアップして、……あ、もう、やめ、ええええ!!! アッーーーー!」


 ババババババと音のしそうな勢いで、ルーが水上を突撃する。

 水紋どころではなく、進む後には水柱が上がっていた。

 声を上げても風の音で聞こえないだろう。それ以前に風圧で顔が変形しそうだった。

 おっさんは死んだかもしれない。速度で死んだから速死だ。……なんだそれ。


《あとは、任せたわ! 第四競技はランニング! 山頂までとにかく走りなさい! 以上!》


 山が近づくと、ルーは振り向き、巨大な口に三人を加えた。

 それから、首長竜の由来たる長い首でこのうえなく遠心力を付けてから三人をぶん投げた。


《私が戻らなかったら、後のことはよろしく頼むわよ!》


 ついでに、ヨーロッパ大陸のプレートも一緒にぶん投げた。


「って、ええええええ! 説明やらなにやら色々ぶん投げるにもほどがあるやろ! しかも、本当にぶん投げ取るし!」

「は、反重力フィールド全開ッ!!」

「…………」

「って、おっさん、白目向いて死んでんじゃねえ!!!」


 落下中の三人の様相はそれぞれだった。シドニーは、ツッコミに忙しく、大和は生き残るのに賢明で、おっさんは白目向いて死んでいた。


「そげぶ!」 


 大和が落下しながら張った反重力フィールド。それと山の木々は落下の衝撃を十分抑えてくれた。展開したフィールド内で、大和は安堵の息を吐いた。

 おっさんも少し呻いただけで無事である。

 だから、シドニーだけぽよんっと跳ねて地面にそげぶしたくらい些細なことにすぎない。本当だ。


 着地したのは、山の中腹だった。

 津波で水位の分高さをショートカットできた上に、ルーのカタパルトがうまく作用した結果らしい。

 当のルーと言えば、豆粒に見えるほど小さくなっていた。急ぎすぎだろ……。


「あー、振り返りもせず行っちゃったよ」

「微妙に死亡フラグっぽいこと言ってたな……」


 フラグ建設ウーマンが自分の死亡フラグ建てるとか……。砂上の楼閣建てて、自分で住んじゃった感がある。これはヤバイ……。


「……まぁ姐御と無事合流できたんなら、うまいこと帰って来るやろ? 姐さんは死亡フラグブレイカーとしての実績高そうだし。それより、はよ行くでー。ここまで来たらあと少しや」

「そう、だな……」


 シドが気楽そうに山頂を見上げた。ランニング準備のつもりか、ストレッチなんか始めだした。

 対して大和は、ぼんやりとルーの突然の行動の理由を考え始めた。……嫌な予感が頭から離れない。

 考え事は、木に寄りかかってぐったりしているおっさんから声を掛けられるまで続いた。

 しんどそうに側の木に寄りかかったおっさんは、ぐったりとした声で呟いた。


「……俺はここで待っている。この怪我だ、お前たちの邪魔はしない」

「うん? いいのかよ。おっさん日本政府の命令で五大陸代表殺しにきたんじゃないのか?」

「俺が受けた使命は、『五大陸代表の護衛』と『アトランティス代表の殺害』だ。……お前らが五大陸代表なんだろ? なら、俺はここであのアトランティス人の嬢ちゃん相手に時間稼ぎでもしているさ」

「……なんで俺たちが五大陸代表だと?」


 おっさんは、口の端だけで笑って、プレートをつまんで振った。――大和のアフリカプレートだった。


「んな!?」

「怪我人だからって油断しちゃ駄目だな。そんなんだと『そのうち足元をすくわれるぜ』?」


 それは人質事件で、大和がおっさんに言った台詞である。


「ぐぬぬ」


 大和は唸った。このおっさん大人げない。


「それにしても、アフリカ大陸って結構小さいんだな。日本のプレートと同じ、――いや、日本だけじゃなく、全世界のプレートの一つ一つが同じ大きさなのか」


 おっさんは感心したように、自分のプレートを取り出してまじまじと比べている。なんと四つもあった。


「おっさん、なんで四つも! 日本領って本国だけじゃないのか?!」

「あー、なんでかこの四つ合わせて日本なんだよ。北海道、本州、四国、そして九州。沖縄は細かすぎたのか、渡されなかった」


 おっさんは、日本の四つのプレートを順々に大和に渡した。

 確かに、それぞれの大きさが同じだ。例えば、アフリカと九州は本来面積が違いすぎるはずなのに、同じ縮尺である。シュール。


(あれ、――もしかして、これ使えば……)


 これを使うことで、さきほどからぼんやりと浮かんでいた不安を解消できる――かもしれない。

 本当に杞憂なら、意味のないトラップである。

 何人かは怒るかもしれないが、万が一の事態が怖かったと言えば許してくれるだろう。

 大和は心を決めた。



「おっさんは、山頂まで俺たちに付いてきてくれ。ちょっと手伝ってほしいことがある」


 おっさんは、怪訝そうに片眉を上げた。


「……俺は怪我人だぞ。大して役に立つとは思えないんだが……」

「派手なバトルは出来なくても、拘束術ぐらい使えるだろ?」

「それは、そうだが……相当念入りだな」


 訝し気に首を傾げられる。

 確かに、少女一人相手に大人三人がかりというのも、大人げない話だ。


「まぁ、世界がかかってるんだ。しょうがないだろ」

「なにしとるん? 男二人で顔突き合わせて」


 ストレッチが終わったのか、シドがひょいっと現れた。

 大和が、答える。


「アトランティス人を迎え撃つ算段だ。あと、世界を救う方法も考えてみた」

「迎え撃つのはいいとして、……世界を救う?」


 世界を救うとは、いかにも大げさだ。どうせ、六大陸目を沈めるしかないというのに。


「ヒントは、ここがバミューダ海域で、UFOの目撃例も多い事。そして、電波もオカルト的にネジ曲がってること――」

「ってそれ、俺が船の甲板で言った事やん。それが役に立つんかい? ……ってまさかお前?」


 頬を引きつらせるシドニーに対して、大和は肩をすくめた。ザッツライト。その通りです。

 おっさんは英語がわからないのできょとんとしている。それがありがたい。

 大和の作戦が失敗すれば、六大陸全てがこの世から消滅するかもしれないとか――知らぬが仏ってやつだ。

 だが、可能性があるならかけてみないと。そうじゃないと報われない人がいる。

 大和は、真剣な表情で二人に作戦を説明し始めた。

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