第15話 水泳4
大和たちが異変に気付いたのは、三つめのカラカラに乾いた堀を抜けた時だった。
何かを呑みこむような異音に気付いたときは、すでに遅く、――津波がすぐそこまで迫っていた。
二人は手元の石に目をやり……すぐに事情を察した。
「ハッ! あのおっさん――やるやないか!」
「敵ながら、あっぱれってやつだ! ちくしょうが!」
迫りくる津波から必死に逃げる二人! ウサイン・ボルトもびっくりな速さである。
しかし、あまりに悔しすぎるのか、走りながら悪態を吐き始めた。余裕じゃねぇか。
「まさか、あのおっさんが渡してきたのがッ『潮干る珠』じゃなくて、はッ、『潮満つ珠』だったとはなァ!」
「まぁ、確かに津波って! 一旦ッ、引いて押し寄せるもんだからな――ッ! 『潮干る珠』と勘違いしても、仕方ねぇがッ! あ、もうだめだ……」
振り返って、大和は絶望した。すぐそこまで、水の壁が迫ってきていたのだ。
シドが悟ったように笑った。
「どうせ死ぬなら、かわええ女の子と一緒が良かった……。こんなチェリーと一緒に地獄めぐりとか酷すぎるなぁ」
「てめぇ! それは俺の台詞だ―――ってあああああ」
二人は津波に呑まれた。
辞世の句にしては、捻りもワビサビもない残念な出来である。合掌。
□ □ □
《この馬鹿ども! 一体何をしたの!?》
大和は、聞きなれた声に目を醒ました。ルーの声だ。
身じろぎすると、ざらざらとした冷たい感触が頬をこすった。
「何もしとらんて。俺らも嵌められたんや」
シドがぶーたれて返事をしている。こいつも無事だったらしい。
大和は痛む身体をなんとか起こして、あたりを見回した。
アフリカのUMAモケーレ・ムベンベ。どうやら、その背中に寝かせられていたらしい。このモケーレ・ムベンベもルーのトランスだろう。
「ルー、ここどこだ?」
《起きたの? ここは第三競技会場『大平原』――のなれの果てよ。ここで魔法生物を使って、『乗馬』の競技を行うはずだったらしいんだけど……》
言葉を濁すルーに、大和は「あー」と間の抜けた声を上げて頭を掻いた。
平原だと思しきところは、全部湖になってしまっていた。流木やら、なだれ込んだ建材やらで酷い有様である。
これは競技どころじゃない。
ぐるりと見回していた大和が、ぷかぷか浮いたものに目を留めた。
「……ん?、シド、あれ」
「あ、あれおっさんや! ってなんか、おっさんの周りだけ神々しく水弾いとるんだけど。アレ、天に召されかけてるのん?」
《呑気なこと言ってないで、知り合いなら助けるわよ!》
「え、別に知り合いって程仲良くも……ってちょっと! アッ――!」
盛大に水を被りつつ、ルーはおっさんのもとにハイスピードで助けに入った。
□ □ □
ルーの背中にぐったりとしたおっさんを引き上げた。
おっさんを包んでいた光は本物の「潮干る珠」の力だったらしい。水をはじくのも納得である。
程なくおっさんも目を醒ます。
「ウッ……」
「オゥ、気ぃついたか、おっさん!」
「ワレこの落とし前どうつけてくれんじゃい!」
《先に仕掛けたのはあんたらでしょうが! このクズども!》
二人でヤクザの様におっさんを囲んだら、ルーに怒られた。
ルーは、幼女を人質に取ったのが事の発端と睨んでるらしい。
……まぁそうともいう。二人は気まずく頬を掻いた。
「よぅ、ガキたれども……。見事に足元ッ……ハッ、すくわれ、たぜ……」
おっさんが腹を抑えながら、苦笑いした。かなり痛そうだ。
「なんだ、その腹やっぱりあの子にぶっ刺されたのか」
大和はにやりと笑って、腰のパックから消毒液と止血パッドを取り出し、傷の手当を始めた。
おっさんは痛みに呻く。
「は、……まぁ、嬢ちゃんに刺された理由はなんとなく察しはついてるんだ。多分、あの嬢ちゃん、アトランティス大陸代表だったんだろう……」
「!?」
驚いた大和が慌てて通訳した。
「はぁっ!?」
《それ、どういうことかしら――?》
一拍遅れて、二人にも緊張が走る。震えた声で、ルーが尋ねた。
おっさんは、目を瞑ってその時の情景を思い出しているようだった。
「どうもこうも、津波に呑まれる瞬間に見ちまったんだ。水に触れた瞬間、嬢ちゃんは人魚に変わった。……俺は首都の居住区近くで津波に襲われたんだが、水底には、無数の人魚が泳いでいた。大人も子供もだ。選手にしては数が多過ぎる。……あれは津波から逃げたアトランティス人の観客たちだろう」
唖然とする、三人を置いて、なおもおっさんは語った。翻訳が忙しい。
「まぁ、そう考えると、合点がいく。あの嬢ちゃんは、人魚だとバレたくなくて、水に触れずに堀を渡る方法を探していたんだろう……。そこで、俺にくっついて、潮干る珠の力で空堀を渡ろうとした。だが、お前たちに潮干る玉を奪われ、堀は空になった。使うやつは誰でもよかったんだろうな。もう俺は用済み。さっさと消した方が後腐れがない」
後を、シドニーが継いだ。
「誤算は、実は俺たちに渡したのが潮満つ玉だったっちゅーことやな。津波に襲われて、想定外に水に触れてしまった。一人なら偶然かもしれない人魚が、津波に同じく襲われた観客のアトランティス人全員も水に濡れて同じ人魚になったら……ま、嫌でも関連付けられわな」
納得して頷くシドニーに対して、大和は首を傾げる。
「でもさぁ、ルーみたいに変身能力をもってる現大陸の術師かもしれないぜ。血を飲んで変身とかさ。魔術で変化とか」
《それはないわ……》
ずっと黙っていたルーがポツリと呟いた。
「なんで?」
《人魚なんか、ずっといなかったんだもの……》
ルーがうわ言の様に呟く。自分の思考に沈んでいるようでもあり、自分に言い聞かせているようでもあった。
《……不老不死の人魚は存在しなかった。何百年も私たちの種族が探し続けて、それでも……。だからこそ、あの人は隠したかったんだと思うわ。現大陸にいない存在なんて、それこそ自分をアトランティス人だと証明しているようなものだもの》
それを聞いて、大和は思い出した。
闘技場で思いついた、アトランティス人を見分ける方法を――。
“アトランティスの魔術は、九世紀も前に大陸ごと沈められた。そのせいで、それ以来大和たちの知っている魔術とは異なる魔術体系を組み上げてきたはず――”
“各選手の魔術を見れば、異質な魔術は特定できるだろう。”
(そうか、大陸が沈んでいる間に発達した魔術体系――、異質な魔術、水に濡れると人魚に変じる術。ずっと数百年も海中に封じられていたんだ、むしろ海中で自由に動くには必要不可欠な術か――)
全員険しい顔で沈んでいた。
アトランティス大陸代表を特定できたのなら、五大陸側の勝利が決まったも同然のはずだった。
自分たち五大陸側は、プレートは全部そろっているし、まだ健在なメンバーが三人いる。対して相手はアトランティス人の少女、一人だけ。
だが、しかし。……本当に、それだけか。
全員の腹の中に、得体の知れない悪い予感がとぐろを巻いて。いつまでたっても消えなかった。
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