第13話 水泳2


「大和男児の風上にも置けないぜ、兄ちゃん……」

「俺、大和って言うんだ。だから俺こそが大和男児だぜ」

「ちがうそういう意味じゃない」

 ジリッと、おっさんはすり足で間合いを詰めたが、気付いた大和が光剣を更に幼女に近づけた。

「動くなよ。その手にある潮干る珠さえくれれば、この子は返すぜ。このロリコン。もげろ」

「……日本政府が送り込んだ日本人は俺だけのはずだ。お前はどこのもんだ?」

「ふははっは! 時間稼ぎは意味をなさない! さっさとそれを渡せばよかろうなのだ!」

 楽しそうに高笑いをする大和の後ろから、シドニーが現れた。二手に分かれて獲物を物色していたらしい。

「……楽しそうやな、大和」

「まあ、一度やってみたかったんだよ悪役。そっちはどうだった。」

「ハズレ。大体わんこ共の牙の錆びにしかならんかった」

 シドニーはプレートの入った袋を持ち上げて振った。

 準大陸人たちの持っていたプレートだ。回収したらしい。

 プレートを持たない人間は次の競技に参加できないから、正しい措置ではある。

 だが、ほとんど有名無実化しているルールだ。

 速さを競う競技だから、わざわざプレートを探すより殺した方が圧倒的に有利だから当然である。

 解せないのか、おっさんが訝し気に尋ねた。

「……殺さなかったのか」

 シドニーは首をかしげて、大和を見る。

「大和通訳、はよ」

「殺さなかったのかってよ」

「うん。俺ら快楽殺人者とちゃうもん。必要ない命は取らん。まぁ、攻撃してきた奴もやってまうけど。流石に命乞いするやつはなぁ……。『撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけ』って言うしな。逆に覚悟もない奴は撃つ気も起こらん」

 大和はそのまま、おっさんに通訳した。が、ちょっと考えてシドニーに聞き返す。

「Byル〇ーシュ、って言ってもいい?」

「出典を言ってんなら、レイモンド・チャンドラーの『大いなる眠り』や。もっと本を読めや、このアニメ脳め」

「ふーん、なんでル〇ーシュがアニメってわかるんでしょうかねぇ……?」

「……ぐぬぬ」

 若者の軽口を断ち切るようにおっさんが言った。

「その子はまだ、その、……覚悟が出来ていない子だ。離してくれ」

 日本語がわからないらしく、幼女はきょとんとしている。

「そうかなぁ、泣きもわめきもしないし、筋肉が緊張してもいない。明らかに戦場慣れてるぜ? ……おっさんの仕込みじゃないのか」

 大和が幼女の首筋の脈を触りながら言う。血流は細いが、拍動は一定している。

 だが事案不可避。

「……いや、彼女とはここで初めて会った」

「あんたもお人よしだなぁ~。そのうち足元をすくわれるぜ」

「余計なお世話だ。……これでいいか」

 おっさんは、宝玉を投げた。シドニーが危なげなくキャッチする。

 大和に投げなかったのは、受け取るときに光剣がぶれて、万が一のけがを幼女に負わせないためにだろう。

「っと。おい大和、これどうやって使うんや?」

「おっさん」

「……ただ魔力を込めればいい」

「魔力込めればいいんだとよ。潮干る珠だから、水が干上がるはずだ」

 シドが頷いて。魔力を込める。

 徐々に水が引き、堀の底が現れた。……が、得体の知れない地響きが遠くで聞こえ始める。二人は気付かない。

「おー、ジャパニーズオーブ凄いなぁ」

「神話級の宝物だぜそれ。大事に持ってろよ」

 大和はそういうと、幼女を解放した。幼女は矢の様に走って、おっさんの広げた腕に飛び込んだ。

「じゃあな、おっさん。潮干る玉は、この大会が終わったら宮内庁に着払いで送るから安心しろよー」

「気を付けて帰るんやで~」

 大和とシドニーは空堀に飛び込んで、そのまま渡っていった。

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