第12話 水泳1

「姐御、どないやろ?」

「大丈夫だろ? すぐ追いかけてくるって。……それより自分たちのこと心配しようぜ」

「ほんまそれ。この堀――ってかもう川やな。一体どないせいっちゅうねん……」


 コロッセオの激戦を駆け抜けた二人は、巨大な掘を前に途方に暮れていた。

 首都ポセイディアは温水と冷水の堀が、ドーナッツ状の陸地と交互に現れる特異な形をしているのだ。

 第二競技は水泳。

 《この温水冷水の堀を、三つ渡る》競技だ。

 ちなみに、召喚獣の騎乗は禁止されている。

 正攻法で泳ぐとなれば、体力的には貧弱なことが多い魔術師にとっては、最難関競技の一つである。

 ……だが、泳がなくても渡る方法はある。

 現に、自分の身体を空気で覆って水底を歩いて渡る魔術師もいた。

 一応、大和も同じ方法は使える。

 コロッセオで使ったビットを今度は大和とシドニーの周りに展開し、反重力フィールドを形成する。そして水を撥ね飛ばしながら川底をあるけばいい。

 だが、問題が一つある。

 つまり、川の流れが速過ぎて、流れに逆らって渡る間に魔力が尽きる恐れがある。

「渡ってる途中に、重力から解放された大量の水が襲ってくる――なんて考えたくもないな」

「ほんまそれ……。かといってここで考え込んでいる間に、アトランティス人に先越されるかもしれんし……」

 現に、ぼんやりとしている二人を尻目にどんどん選手たちは水に飛び込んでいった。

 まぁ、あっという間に流される奴が大半だったため、それをみて大和たちが尻込みしたともいえる。

「ルーがいればな……」

「獲物追っかけて行ったっきり戻ってないんやろ」

「多分対岸で、川渡って疲れ切ってる選手たちを襲ってると思う」

「どんだけ血に飢えとんねん! ……ま、悩んでてもしゃあない! 誰か襲って、なにかええモンないか物色するか! こっちでも選手の数減らさんと、本物のアトランティス人が絞れんしな!」

 よしきた! と大和はフォトンソードの刃を出力した。強盗万歳。


 物騒な強盗団が誕生したその百メートル先で、異色の組み合わせが、あーだこーだともめていた。

 金髪ようじょと、狩衣のおっさんの組み合わせである。超目立つ。

「What、○△□、~」

「あーもー英語はわからん……。日本人の外国語コンプレックス舐めんなよ、嬢ちゃん」

 おっさんは、ばりばりと頭を掻いた。

 幼女は、おっさんが懐から取り出した巾着袋に、興味深々でまとわりついている。

 幼女はイギリス代表。おっさんは日本代表である。ちなみに両国とも大陸ではないので、準大陸人にカウントされる。

 元々チームではなく、第一競技で幼女が人狼に襲われていたところをこのおっさんが助けただけの、ただそれだけの関係だ。

 だが、おっさんのその自分の身を顧みない優しさに、幼女は子供ながらにときめいたらしい。その後もぽてぽてとおっさんから離れようとはしなかった。

 おっさんも子供を見捨てるには優しすぎたので、ため息つきながらも守ってやっていた。

 ちっちゃい日英同盟である。

 幼女は、おっさんが巾着袋から出した二つの玉に目を輝かせた。

「あー、この玉は潮干る珠と潮満つ珠っつってな。それぞれ、水を引かせる力と水を満たす力をもつ。天皇陛下に賜った神話時代より伝わる神器で、……って日本語じゃわからないよなぁ」

 幼女にとってはただの綺麗な珠なのだろう。首をかしげるだけの幼女の反応に、おっさんは笑った。わからないか……なら実演して見せよう。

 河川と見まごうばかりの巨大な堀の前に立ち、おっさんは潮干る珠をかざした。

「まぁ、見てろよ。今からこいつを使って――ってあれ嬢ちゃん?」

「このようじょの命が惜しかったら、その珠渡してもらおうか!」

 おっさんが目を見開く。

 慌てて振り返ると、ようじょを抱え込みその細首に光の剣をあてがう日本人の青年がいた。

 ――アルティメット外道大和だった。

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