第11話 射撃・フェンシング2
背を低くかがんで走らないと、爆発やら、地面を疾走るカマイタチに巻き込まれる。魔法で凍った地面もあるのだから、足元注意。
だが、前も見なければいけない。ただでさえ、砂埃が舞い上がり見通しがきかなかった。数百人が一斉に乱闘を始めたのだ。当然といえば当然ではある。
あぁ、また雷系の符術が発動した。二、三人まとめて吹き飛び、地面に大穴ができる。
悲鳴と怒号が飛び交った。
「姐御は?!」
「さぁな! もう先に行ったんじゃないか?!」
いつの間にか、乱戦のどまんなかに迷い込んでしまった。大声を出さないとお互いの声が聴こえない。
このままじゃ、巻き込まれるのは時間の問題だ。
早く、コロッセオから脱出しなければ――。
同じ意志を載せてアイコンタクトを交わす二人。
その間に、ふわりと白い糸が漂った。
――反射的に、二人は糸から飛び退った。ざわりと嫌悪感が先立ったのだ。
「ココニ、アメリカのぷれーとモッテル奴がイルゾ!」
ざわ……と空気が止まった。
選手たちが声の元を探して、視線をたぐる。
砂埃に業を煮やした誰かが、砂埃を旋風で吹き飛ばしたようだ。
クリアになった視界に、「ココダ!」と先ほどの声の主。
全員の視界の先に――血まみれの弔旗を手にしたアメリアがいた。
「見つかっちゃった~☆」
うふふと笑って、アメリアは声の主――ドールマスターに弔旗を気で硬化させた刃をもって斬りかかる。ボロ雑巾のような外見のドールマスター。あだ名にふさわしく体を糸にして、斬撃をすり抜けた。
アメリアがこちらに向けた視線で、大和とシドは自分のやるべきことを悟った。
二匹の炎狗が突進して出来た道を走りながら、アメリアのそばをすり抜ける。すれ違いざまにプレートを受け取った。
「先に行っててね~。このキューバ人、私に因縁つけたいみたいだから~。うふふ~アメリカ出身者の悲劇よね~」
心配そうに見た大和に、アメリアは笑って応えた。
「大丈夫よ~。ついでにここの連中全部やっつけちゃうから~。連中の中にアトランティス人がいるかもしれないからね~。足止めは任せて~」
大和とシドは頷くと、コロセウムを全速力で駆け抜けた。
後はよろしくね~と間延びしたアメリアの言葉が、いつまでも耳に残った。
後に残されたアメリアをジリジリと、準大陸人達が囲む。
プレートを手渡すところは見られずに済んだようだ。まだアメリカ大陸のプレートを、アメリアが持っていると考えているらしい。
(アメリカって相当恨まれてるね~。まぁ、ここで全滅させちゃえば、あの子たちも追っ手が少なくて楽でしょうから、頑張りがいはあるんだけど~)
内心苦笑するアメリアに、キューバ出身のドールマスターが耳障りな声を上げて、嘲笑した。
その指からは、白い糸が漂っている。やがて、それは、囲みの中に消えた。
「アンタハ、マダ一人シカ倒シテイナイ。二人目ノワタシニ時間ヲ掛ケ過ぎタ!」
「ん~? このコロッセウムから出る条件のことを言ってるのかしら~? 大丈夫よ~。私なら、多少の時間は掛かってもこの場の全員仕留められるもの。二人目どころか、むしろおつりが来るわ~」
ジャキンと弔旗を上段に構えるアメリアを、ドールマスターはせせら笑った。
「アンタはココカラデラレナイ! アメリカは五大陸カラ漏レテ沈ム!」
「どうやって? あなたで私は止められないわ~」
もはやひきつけを起こしたように、ドールマスターは哄笑した。
「止メラレル! 止メラレルヨォ! ソウ! ……コウヤッテェ!」
ドールマスターが、指を振るう。
囲みをジリジリと詰めつつあった、準大陸人たちが不意に硬直した。
「あ、あれ何だ。手が手が、勝手に、勝手に――ッ!」
「ゲガッあああああ! 痛い! 痛い! あ、ああああ!」
異様な光景だった。
準大陸人達が、お互いを、……お互いを殺し始めた!
高密度に密集していたからか、誰かの大魔法で数十人が容易く消し飛ぶ。
唖然としていた、アメリアだったがすぐに仕掛けに気づく。
さっきから見えていたあの白い糸で、……ドールマスターは人を操っているのだ!
「ッ!!」
大急ぎで、見える糸を切るものの間に合わない。
一つ切って一人を呪縛から開放しても、別の操られた人がそれを殺す。完全にイタチごっこだった。
「じゃあ、術師のあなたを殺せば――!」
弔旗で斬るも、体が糸のドールマスターはぐにゃぐにゃとすり抜ける。
「無駄サ! モウ終ワリダ! 全員死ンダ! アメリカも終ワリダ!!! アハハハハ!」
哄笑と共にドールマスターは、自らに火をつけた。――自殺だ。
アメリアは、目を見開いた。
消そうにも火の回りが早すぎる。身体が、糸で出来ているからか。
アメリアは、ドールマスターが火に包まれて燃え尽きる様をただ茫然と見ていた。
一山の灰。そして死死死死死死死――すべてが人の死体。残ったのはそれだけだ。
……こうして、アメリアを残して、コロッセオにのこった選手は全滅した。
「はぁ~。やられたわ~」
アメリアは髪をかき上げ、嘆息した。
しょんぼりと出入り口に向かい、微かな望みを掛けてコロッセオ入り口の結界に手を伸ばした。
バチン――。
当たり前だが、弾かれた。
第一競技突破の条件は、《このコロシアム内の人間のうち二人以上を魔術で倒す》こと。
アメリアは、一人しか倒していない。そして、二人目を殺す前に、全員が死んでしまった。
つまり、条件はクリアできない……。ここからの脱出も不可能。
(本当に、情けないわ~。プレートは渡せたとはいえ、これじゃあ、この先あの子たちの手助けが出来ないわね~)
ウロウロと結界前を歩き回る。どうにかして突破できないかと考えているようだ。
……本当なら、善戦したといってしかるべきだ。事実、手助けが必要なくなるほどの功績を上げている。
過程はどうあれ、準大陸人の追っ手を半分以上減らし、後顧の憂いを断ったのだから。
だが、それではだめだ。
実はアメリアにはもう一つ下された任務があった。他の三人には隠していた任務が。
(そのためには、ここを出なければならないのに~)
あーもう! と肩を落としたアメリア。
しかし、ひらめくものがあったのか、ふと空を見上げた。
(……あ、でも方法は無きにしも非ずかしら~。アナウンスは確かこう言ってたわ~。《このコロシアム内の人間のうち二人以上を魔術で倒す必要がある》って……)
アメリアは闘技場をぐるりと囲む三階建ての客席に向かって歩き出した。そこには、たくさんのアトランティス人の観客がいた。
(このコロシアムの内の人間、ね~)
アメリアが歩くにしたがって、血に濡れた弔旗が地面にぽつぽつと赤をしたたらせた。
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