第13話 結果報告


「ジュリア・シーザー、あなた、何をしたの?」

「アリスさん、合格です! 私、合格しました!」


 天敵であったアリスの顔を見ても、叫ばずにはいられなかった。この喜びを自分の知り合い全員に言って回りたい気分だった。


 私の顔を見たアリスは一瞬ぽかんとした表情を作ると、すぐにしかめっ面に戻って掲示板を優雅に指さした。


「落ちこぼれで毎回テストがドベだったあなたが七位ですって? どういうことなのかしら?」

「七位?! 私、七位なんですか?!」

「……そうよ。ごらんなさい」


 彼女の見る方向には『受験者上位十名』と書かれており、七番目にはジュリア・シーザー、とたしかに私の名前が記されていた。あまりの感動に震えが身体の芯から起き、私は掲示板から目をそらすことができなかった。


 あれだけ落ちこぼれでダメダメだった私がまさかの十位以内。しかも七位。筆記もさることながら、実技も高得点だった証拠だ。嬉しすぎて頭のてっぺんからハッピーなフラワーが百本くらい咲きそうだ。


「で、どういうことなのかしらね? 急に得点が高くなるなんて信じられないわ」


 アリスが私の顔を見て驚いたような、言い表しようのない表情で見てくる。


「はいっ。毎日毎日勉強していました。今日は人生で初めて緊張せずに試験に臨めたんです」


 もうここまできたら正直に言いたい気分だった。なぜアリスが怒っているのかはわからないけれど。


「魔術はダメダメでしたから、勉強だけはと思って一生懸命やっていたんです」

「そうなの……?」


 私の勢いに一歩下がったアリスが訝しげにこちらを見つめてくる。日本人の葵だった頃にぺらぺらとしゃべりすぎて回りに引かれたことを思い出し、すぐに軌道修正することにした。だからあのときの私は男女だの、空気が読めないだの言われていたのだ。是正せねば。


「ごめんなさい。嬉しくてつい……。もう、静かにします」

「いえ、私のほうこそ大声を出したりしてはしたなかったわ。でも、それはそれとして、どうしてあなたがこんな好成績を残せたのよ。納得いかないわ。もちろん私のほうが成績は上だけどね」


 掲示板に貼り出された成績を見ると、三位アリス・ディリアハート、となっていた。


「アリスさん、三位、すごいです。おめでとうございますっ」


 レイが私に拍手してくれて嬉しかったので、私も彼に倣ってアリスに拍手を送る。


 六百人強いた受験生の中で三位。これは大変に名誉なことだ。

 思えば彼女はいつも真面目に勉強していたし、人一倍授業も積極的に受けていたように思う。その努力を思えばこそ、今となっては怯えるよりも、讃えたいという気持ちのほうが強くなっていた。


 私の薄い両手から出る拍手の音が、精霊魔術師像の水晶クォーツからこぼれている七色の虹彩に吸い込まれていく。


 私の拍手に、アリスは心底居心地が悪いと言わんばかりに腕を組んで真顔になり、顔を掲示板へと向けた。


「あなた、変わったわね?」

「私ですか?」


 拍手をやめて、アリスの美しい横顔を見つめた。


「魔術師学校にいた頃よりも元気があるわ」

「あのですね、私は私になったんです。ですから、今日から私は本当の私なんですよ」

「はぁ、女神像の禅問答? 白教会にでも行ったの?」

「あの、そういうわけではないんですけど、すみませんちょっと調子に乗りました」


 私が私になったと言っても、誰にも理解してもらえないだろう。彼女にとっては引っ込み思案だったジュリアしか知らないのだから、心にしまっておくべきだ。あまり変に浮かれていると、急に明るくなった変な子だと思われる。……あれ、すでにそう思われてるかも?


「以前と雰囲気が違うわね。あなたがあなたであることは確かみたいだけど」


 検分するようにアリスが私の全身を見ると、息を吐いた。


「別に死霊系の魔物に取り憑かれているわけじゃないようね」

「まさかそんな」

「今の姿が本来のあなただった、と考えるのが正しいのかしら」

「そうだと思います。あ、でも、今までの私も私でしたよ?」

「ふぅん、ま、なんでもいいわ」


 アリスは興味をなくしたのか、プラチナブロンドをふわっとなびかせて踵を返し、校門へと向かっていった。実にあっさりした別れだった。



     ◯



 アリスとは魔鉱専で同じクラスになる可能性が高い。


 というのもクラス分けは成績が基準になっているようで、実技と記述で各々のレベルによってバランスよく振り分けられ、成績優秀者が一同に集められることが多いようだ。


 また彼女と同じクラス……。


 いつもみたいに落ち込んだりはしないけれど、どうやって接していけばいいのかわからない。さっきは私のテンションが高かったからああいった接し方になった。うーん、どうしよう。


 そんなことをつらつらと考えながら帰り道を歩く。


 お腹がすいたのでお金があれば栄養価の高いものを食べながら帰宅したいところだ。そのお金がないんだけどね。やはりお金、ほしい。


「レイ、起きてる?」

『起きてるよ〜。また寝るよ〜』


 ごしごしと目をこすりながら、、レイがポケットから顔を出した。


「おねむさんなの?」

『うん。まだ契約したばかりであまり力がないんだ……あっふ』

「精霊さんはいつでも力があるわけじゃないのね」

『契約すると現世との深いつながりができるからね。なんかあれだよ、慣れない感じだよ』

「時差ボケみたいな感じかな」

『よくわかんないけど、ジュリアが元気そうでボク、嬉しいよ』


 レイが可愛い顔をくしゃりとつぶして笑う。何の脈絡もないけど、彼の本心だとわかるので嬉しい。


「私もレイが元気で嬉しいよ」


 頭を人差し指でなでると、レイは気持ちよさそうに目を細めて、大きなあくびをした。精霊は人間よりも人間くさい動きをするなあ。可愛い。


『おやすみね。ジュリアのお父さんとは明日話したいな〜』

「うん。明日紹介するね」

『はーい』


 レイはポケットに潜り込むと、寝息を立てて見えなくなった。

 その後、一時間かけて帰宅し、古ぼけた分厚い玄関の扉を開いた。


「ただいまー」

「おかえりなさいませ」


 音もなくデュラスが現れて私の手からバッグを受け取り、リビングで食事の準備ができていると私を誘導した。

 軋む蝶番のドアを開くと、お父様が深く椅子に腰をかけている。私の顔を見ると、破顔した。


「おかえりジュリア。試験はどうだった」

「起きていて大丈夫なの?」

「今日は薬を飲んだから調子がいい。それより、試験はどうだったんだ? 心配で眠れなかったぞ」


 お父様は物事をストレートに聞いてくるきっぱりとした性格だ。魔術剣士であったことも影響しているのか、物事の判断が素早くて正確なため、こうして一気に切り込んでくることが多い。あと顔に考えていることが出るため、デュラスのような腹芸はできないタイプだ。

 今も合格者発表の掲示板を見る受験生みたいな目をしている。


 私は対面のつぎはぎ椅子に腰をかけて、戻ってきたデュラスの淹れた自家製紅茶をゆっくりと飲んだ。


 一時間歩いてきたから喉に潤いが広がる。市販の茶葉に野草をブレンドしてかさ増ししたデュラス特性の紅茶の、独特な香りが鼻孔をくすぐる。シーザー家の紅茶といえばこれ、という気がして心がほっこりした。


「魔鉱専の試験結果なのですが……」


 言葉を区切ってお父様とデュラスを見つめる。

 二人が息を飲んだ。


「合格しました。しかも上位十位内に入りましたっ」


 喜びを隠しきれず笑顔で手を上げると、お父様、デュラスが一度お互いの顔を見合わせて、すぐに歓声を上げた。


「ジュリアおめでとう! すごいぞ、偉いぞ!」


 お父様が一呼吸して机に肘を置き、反対の手を伸ばしたので素直に頭を差し出した。

 すると、わしわしと痛いぐらいに頭をなでてくれた。嬉しい。もうこのために勉強していたと言っても過言ではない。


「ジュリアお嬢様、おめでとうございます。これはケーキを買ってくるべきでしょうか」


 デュラスは淡々と言葉を発しているが、結構な勢いで拍手をしていた。相変わらず表情と行動が合っていない。


「失礼。我が家は準々男爵家でした。ケーキなどで満足するような家ではありませんでしたね」デュラスが肩をすくめてカイゼル髭をひねる。「フレアドラゴンの心臓ステーキにいたしましょう。もっとも、今は市場に在庫がないでしょうが」

「そうだな。十年に一度出回るかどうかの一品だ。今日はやめておこう」


 デュラスの冗談にお父様が笑う。


「と、いうことで、倹約家であるレオン様の言いつけにより、今晩は根菜のスープと売れ残りのパンというメニューでございます」

「ふふっ、さすがお父様だわ」


 どんな料理だって明るい家族との団らんがあれば美味しくなる。それに、デュラスがテーブルの上に並んだ料理を紹介すると、実際よりぐっと高級品に見えるから不思議だ。


「見ろ、ジュリアが冗談で笑ったぞ!」

「ええ。誠に今日は良い日でございます」


 お父様とデュラスは嬉しそうに私の顔を見つめ、なぜか互いを叩きあった。

 あまり見られない行動に、なんだか可笑しみを感じる。


「せっかくデュラスが作ってくれたのに冷めてしまってはもったいないわ。お父様」

「そうだな」


 お父様が号令をし、二人で食事を始めた。

 デュラスは給仕をしてくれる。


 根菜スープはデュラスが限られたお金の中から栄養バランスを考えて作ってくれたものだ。しっかりとダシを取っているのか素朴で口当たりがよく、売れ残りの固いパンにはぴったりだった。


 食べながら、試験内容を説明し、実技試験で青い炎が出たところで二人が驚き、順位が七位だったと伝えるとお父様がまた頭をなでてくれた。


 食事を食べ終わり、特性紅茶をデュラスに淹れてもらって一息つく。

 デュラスが取れそうな戸棚から紙袋を出してきて、木皿に中身を入れてテーブルに置いた。


「お嬢様が合格すると信じて、お祝いにクッキーを焼きました」

「まあ!」


 クッキー! シーザー家でお菓子が出たのは実に半年ぶりだ。お誕生日にしか食べられないものという認識だった。


「お嬢様、そのようにお喜びになっては食い意地が張っていると思われますよ」


 そう茶化してくるデュラスの顔は満更でもないのか、得意げだ。


「お父さんの分も食べなさい」


 お父様が武骨な手で木皿を押し出してくる。

 クッキーは真ん中に木苺が入っていてペンダントみたいだ。

 デュラスとお父様にお礼を言って一口かじると、甘い香りが口いっぱいに広がった。

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