第12話 合格発表



 試験結果の発表まで一時間ほどある。


 当日に結果が出るのは数を司る魔鉱石と魔術のおかげ、という話をどこかの書物で読んだ。日本で言うところ計算機の機能と考えていい気もするけれど、当日に結果発表というタイトなスケジュールに異世界を感じてしまう私はやはりまだ日本の意識に引っ張られているのだろうか。


「レイ、お話しをしよう」


 校舎の陰で誰もいないことを確認して、私はポケットに話しかけた。

 ポケットがもぞもぞと動くと、精霊のレイが顔を出した。


『ジュリアどうしたのー? 合格した?』

「さっきの試験のことなんだけど」

『ハープの音、あまり面白くなかったね?』


 オパールみたいな瞳を嬉しそうに細めて、レイがこちらを見上げた。


「うん、そうそう。ってそうじゃなくてね」


 レイの可愛さに思わずうなずいてしまった。私が飴玉を持っていたら何の疑いもせず、レイにあげていただろう。精霊……おそろしいプリティさ。これは気を引き締めなければならない。


「さっきみたいにね、知らない人に魔術を使うのはよくないことなんだよ。急に頭上でハープの音がしたらびっくりするでしょう?」

『ばーこーどの人、びっくりしてたね。あの顔は面白かった!』

「そうだけどね、驚いてちょっと怒ってたでしょう? 他の人が怒ることをするのってどう思う?」

『うーん』


 レイは腕を組んで下唇を突き出し、真剣に考えだした。

 小さな子どもができたような感覚だ。


 しばらくレイの発言を待っていると、数十秒して彼が顔を上げた。


『いけないことなのかなぁ』

「それはどうして?」

『人間にいたずらしちゃダメよって水晶女王が言ってた。びっくりして死んじゃうこともあるからって』

「……どんないたずらか気になるけど、ここでは聞かないでおくね」

『あとねー、ジュリアの役に立つようにって教えてくれたよ』

「まあ。そんなことを水晶女王様が仰っていたのね?」


 ちなみに水晶女王というのは、世界に数ある水晶クォーツに宿る精霊の力の源であると言われており、二百年前に存在した有名な精霊魔術師が契約を交わしたことで認知度が高い。水晶クォーツはどこにでもある魔鉱石であるからこそ、人々に愛され続けている。水晶女王も人間にとって身近な存在といえ、熱心なファンからは崇拝の対象にもなっていた。透明度の高い水晶クォーツで彫られた水晶女王の彫刻はここ帝都では定番のお土産だ。ちょっとお高いけどね。


 レイが水晶クォーツの精霊であるなら、水晶女王とお話しをしたというのは当然のことなのだろう。なんだか遠いおとぎ話のような気がして現実味がない。


『そうだよ〜』


 ポケットの中から飛び出して、私の顔の前で止まると、羽を器用に動かしてレイが一礼した。


「ちゃんと憶えててえらいねぇ」


 レイの頭を人差し指でいい子いい子してあげると、レイが嬉しそうに笑った。


「そういえば、水晶女王様はどうして私のことを知っているのかな?」

『うーんとね、古いえにし、って言ってたよ』

「古い縁?」

『そうだよー』


 レイは返答して、くるくると回転しながら宙を飛ぶと、そのままポケットの中に入っていった。


「それって私のご先祖様のお話なのかな?」

『そうじゃないかな? 精霊は昔の出来事を大切にするんだよ。でも、どんなことがあったのかはわからないや』


 レイの言う古い縁とは、シーザー家のことなのか、それともお母様の家系のことなのか、調べる必要がありそうだ。追々、お父様に聞いてみよう。


 それに、精霊と契約したことについてもお父様とデュラスには報告しないとな。

 試験に合格していたらそのままの勢いでお話しするとしよう。


 それから、しばらくレイと人間に向かって勝手に魔術を使ってはいけない、という道徳的教育をし、“人に使うときは一度私に聞く”という約束をどうにか取り付けた。その代わり、私が面白そうなことや変な人間を見かけたらレイに教えてあげる、という約束も交わした。


 レイは私と契約して色々な人とお話することを楽しみにしていたようで、そういった冒険心を精霊が持っていることに驚いた。レイが私に魔術という大切なものをくれたので、その恩返しができるよう、できる限りレイの希望も叶えてあげたい。


 やがて魔鉱専の大きな鐘がリンゴーンと鳴り響き、試験結果が出たことを伝える。


 急いで校舎裏から教室へと戻り、職人らしきおじさんの隣に座った。合格発表前は、試験前とは違った緊張感に包まれていた。隣のおじさんは「頼む……」と祈るようなポーズを取っている。


 魔鉱専入学試験の突破率は30〜40%と言われているため、テストの出来が悪ければ簡単に落ちてしまう。入学後も課題をクリアし、人間性などの調査も行われて初めて魔鉱石ハンターになれるので、この試験にかける受験者の意気込みは大きい。魔鉱石ハンターとなれば個人での採取が可能となるため職種の幅も広がって年収にも直結してくる。おじさんが祈るのも無理はなかった。


「それでは合格者を発表いたします。名前を呼ばれた者は壇上横にいる事務員から学生証を受け取ってください」


 先程も案内していた、紋章入りのジャケット、プリーツスカート、膝上のブーツをはいた女性魔術師が壇上で言った。


「受験番号5番――」


 こうして一人ずつ、合格者が発表されていく。

 心臓がバクバク言っているのがわかる。


 番号を飛ばされた受験者は自分が落ちたことを知り、頭を抱えて寂しげに部屋を出ていく。合格した人は嬉々として返事をし、壇上へと向かう。


 もし不合格であったら、どうしよう。アルバイトをしながらお金を稼いで次の試験に望むしかないかな? それとも魔術の腕を磨いてお父様のように魔獣ハンターになって一攫千金を狙ってみる? 日本の知識を活かして何かお金稼ぎをするとか? いやでもそんな専門的な知識は私にはない。ああ、どうしよう。


 次々と呼ばれ、教室内の人数が減っていく。

 弱気で想像力豊かなジュリアの性格のせいか、そんな考えがぐるぐると頭の中を回ってしまう。


 ポケットの中でレイが「じゅけんばんごー虹色の宝石、水晶クォーツ精霊のレイ」と女性魔術師のマネをして嬉しそうに手を上げている。癒やしだ。ポケットの中に一握りの癒やしがあるよ。


「受験番号578番、アリス・ディリアハート」

「はい」


 アリスの名前が呼ばれると、可愛らしい声で彼女が返事をして颯爽と壇上へ向かっていく。アリスはちらりとこちらを見て、前へと向かっていった。すごく自慢げな顔だ。


 はぁー、様になるなあなんて呆けたことを思っていると、女性魔術師が番号を言った。


「受験番号600番、ジュリア・シーザー」

「……」

「受験番号600番、ジュリア・シーザー、いないの?」

「は、はい!」


 私が呼ばれているとわかり、弾かれるようにして立ち上がった。


 やった、合格!


 この世界で初めて自分の手で勝ち取った合格だ。嬉しくて顔が自然ににやけてくる。


 ポケットの中でレイが「拍手〜」と手を叩いている。笑顔で彼にうなずいてから、バッグを手に取って壇上に向かった。

 女性魔術師の横にいる事務員の女性から学生証を受け取った。


「三日後の十時から授業が始まります。クラスは当日の掲示板に貼り出してありますから確認してください。ジュリア・シーザーさん、十位以内での合格おめでとう」


 そう彼女ににっこりと言われて一瞬何のことかわからなかった。


「え、私が? 十位以内?」

「ええ、そうですよ。順位は校門手前の掲示板に貼り出されています。帰りがけに見てきたらいかがですか? あと、魔鉱石と言霊ワードに関する小論文で満点を取ったのはあなただけだったようです。バーホン教授が褒めていましたよ」

「そうですか……」


 魔術が使えないみじめな自分を打破するため、机にかじりついて勉強していた魔術学校時代が思い出され、無駄じゃなかったんだ、やってきたことがきちんと評価されたんだ、という充足で胸がいっぱいになった。


「おめでとうございます」


 泣きそうになっている私を見て、事務員の女性が優しい笑みを浮かべて肩をぽんと叩いてくれた。


「ありがとうございます……!」


 恥ずかしくなってきてしまい、何度も頭を下げて退出する。

 手に持った魔鉱専の学生証が未来へのパスポートに見え、何だか光を放っているように思えた。なくさないようにとバックの奥へ慎重に入れて、廊下を歩いていく。


 合格できた自分が夢の中にいるようで、早くお父様とデュラスに学生証を見せたいと思うと同時に、もしこれが夢で目が覚めたら今までの自分に戻っていたらどうしよう、という意味のない不安を覚える。


 でも、そんなくだらない不安も校舎を出て校門へ向かうと吹き飛んだ。

 色とりどりの七人の精霊魔術師像が、ここが現実なんだと教えてくれているような気がした。


 軽い足取りで掲示板のあるところまで行くと、プラチナブロンドをしたアリス・ディリアハートが腕を組んで私を睨んでいた。

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