第11話 魔鉱専実技試験
筆記試験はまずまずの出来だった。
ケアレスミスがなければ満点に近い点数だろう。あとは最後の論文問題がどういった評価を受けるかで点数が変わってくる。ひとまず、合格圏内にいる自信はあった。
この後は順番で実技試験を受ける流れになっている。私は受付が遅かったので順番はほぼ最後だ。
空き時間を利用して昼食を食べている受験生が圧倒的に多いので、自分もそれに倣ってデュラス特性のお弁当をバッグから取り出した。
「サンドイッチだ。ありがとう、デュラス」
アップリケで修繕された布を広げると、三角のサンドイッチがお目見えした。中身は裏庭に生えているニンニン草というレタスに似た緑ものと、刻んだ鶏肉が入っている。どうやら朝出してくれた鶏皮の中身のようだ。早起きして作ってくれたかと思うと嬉しくなる。
「いただきます」
手を合わせて食べ始めるのは日本人流だ。
水筒に入った水と一緒に喉を詰まらせないように食べて、魔術の練習をしておく。
魔鉱専の実技試験は様々な種類の魔術が出題されるので、山を張って乗り越えられるものでない。基本的な
食べ終わったサンドイッチの布を畳んでバッグにしまい、えんぴつ杖を取り出した。
すると、私の机の前で立ち止まる人影が見えた。
「帰ってなかったの?」
アリス・ディリアハートが青い瞳をぱちぱちやりながら、私の顔をとえんぴつ杖を見て鼻で笑った。
「そんな安物の杖で何ができるっていうのかしら」
「……簡単な魔術なら」
「あら、あなた魔術が使えるようになったの?」
「ええ。私は私だったんです。だから、今の私は今までの私とは違います」
「いつからあなたは哲学者になったの? よくわからないことを言わないでほしいわね。まあ、せいぜい頑張ってちょうだい」
アリスは言いたいことを言って、自分の席へと戻っていった。
彼女の美貌を見て男たちが目で追いかけている。
あれだけ凹凸のある身体だと男子は気になるだろうな。デュラスなら、どんなスケベなことを言うのか気になるところだ。
それにしても、あのアリスにちょっとした嫌味を言われてもショックを受けなかった。耐性ができたっていうのかな。以前の私だったら、一時間ぐらいは落ち込んでいたように思う。
二時間ほど待つと、私の名前が呼ばれた。
試験官の誘導に従って部屋を出て廊下を進み、大きな広場に通された。
実技試験の会場は魔鉱専の演習場を使うようで、観客席が設置されているのかまばらに試験の様子を見ている人がいる。どうやら的に向かって魔術を打ち込んだり、指定の物を持ち上げたりと物理的な魔術で採点をしているらしかった。
全部で十列あり、右隣には金髪のアリス・ディリアハートが並んでいた。
彼女はこちらに気づいたのか視線を一瞬送り、肩をすくめてすぐに前方へと戻す。
肩をすくめるポーズは海外ドラマでしか見たことがなかったので、私も真似をして肩をすくめてみせ、列の前へと視線を戻した。彼女を煽るつもりはないけれど、ポーズぐらいなら返しても問題ないよね。
列に並んでいる人たちは一切無駄口を叩かずに、前にいる受験生の実技をじっと観察して対策を練ろうとしている。実技試験独特の緊迫した雰囲気が漂っていた。
『ジュリア。ジュリア』
「はいっ」
名前を呼ばれたのであわてて返事をした。
「あ、あれ?」
私の番ではなかった。まだ前に五名並んでいる。
回りにいる受験生がちらりとこちらを見て、何言ってるんだろうと視線を外した。
右隣のアリスもあきれた表情を作っている。
『ジュリア、聞こえてる?』
「聞こえ――」
返事をしようとして、両手を口でふさいだ。
恥ずかしい。試験監督に呼ばれているのでなく、精霊のレイが私を呼んでいた。
ちょっと顔を熱くしながら、ポケットの縁をつまんでそっと広げてみると、綺麗な目をこちらに向けているレイが笑顔で手を振っていた。私も小さく手を振り返すと、レイが二枚羽を背中にくっつけ、ポケットに入ったまま腕を組んだ。
『ジュリア、みんな魔術を使ってるね? これから魔物を倒すのかい?』
「試験があるの。魔鉱石を採取する学生さんになるんだよ」
腰をかがめて手で口元を隠し、小声でポケットに話しかける。
『試験って何をするのさ』
「あの人が指定する魔術を使うんだよ」
私が指をさすと、レイがポケットの縁に手をかけてひょっこり顔を出した。
『変な髪型の人だねぇ』
「日本ではバーコードヘアーって言うんだよ」
髪を多く見せるべく努力している試験監督さんを見て、視線をレイに戻した。
『にほんってジュリアが前にいた場所のことかな?』
「そうだよ。もう片方の私がいた場所だよ」
『へえ。それにしても』レイが試験監督を見て興味津々と言った表情を作る。『ハープみたいな髪型だね。音が鳴るかもよ? ねえジュリア、引っ張ってみなよ』
「そんなことしたら不合格になっちゃう。ダメだよ」
列が進んだので、腰を折った姿勢で一歩前へ出る。
『でもボク気になるな〜』
「鳴らないから安心して? ただの髪型だから」
『じゃあボクが手伝うから、ジュリアは
「レイ、お話聞いてたかな?」
『ボクと契約してジュリアは魔術が使いやすくなってるよ。だから頭の上で音を鳴らすのは簡単だよ。そうだなぁ……【
「それもう頭から音が鳴るっていうより、頭の上で音を出そうとしてるよね?」
『アハハ、楽しいなあ。ジュリア、頑張ってね!』
レイはポケットから顔を出してキラキラした笑顔をこちらに向けてくる。
精霊がこんなに自由だなんて聞いてないよ……?
「ちょっと無理かもだけど、できるだけ頑張ってみるね。あと、
『うん、わかったよ』
大変に聞き分けがいいんだけど、レイは試験監督の髪型がめずらしくて仕方がないのかポケットの中でびびび、と羽を鳴らした。
思わず見回してみるも、どうやらレイの存在には誰も気づいていないらしい。
「次、ジュリア・シーザー」
「はいっ」
レイと話していたらあっという間に順番が来てしまった。
右隣のアリスも同じタイミングで試験監督の前へ向かっている。背筋を伸ばした彼女は自信に満ち溢れているように見え、なんというかちょっと羨ましく感じてしまった。アリスの美貌も一役買っているのか、試験監督のお兄さんは嬉しそうだ。
「ジュリア・シーザー、早くしたまえ」
「あ、はい、すみません」
ダメだ、集中集中。お隣さんはお隣さん。気にしちゃいけない。
試験監督のバーコード魔術師さんが私のネームプレートを見て相違ないか確認をし、ぶっきらぼうな調子で「火を起こして」と告げる。
すぐに杖を構え、集中し、
「――【
身体からわずかに力が抜けて、杖の先に火が灯った。
「結構」バーコード魔術師さんがうなずいた。「では、水と光を連続で起こして」
「わかりました」
杖を構え、一歩前へ出ると「――【
じょうろから出したように、杖から水が流れ出た。体内の力を抑えると水が止まる。
「――【
続けて唱えると、杖の先がパッと光った。
バーコード魔術師さんは表情を変えずにまたうなずき、手に持っていたボードに何やら書き込む。
するとポケットがもぞもぞと動いた。
『ジュリア、ばーこーどからハープの音を出さなきゃ。ポロロ〜ンって』
レイが可愛らしい効果音付きて私を急かしてくる。
レイ君、そんな指示は出ていないよ?
返事をするわけにもいかないのでレイを見て首を振り、すぐにバーコード魔術師さんを見る。隣ではアリスが難しい長文の
「では、【
「は、はい!」
【
対象物を燃やす威力を持った火を生み出し、これに動詞がつながる
えんぴつ杖を握りしめ、アリスとレイを気にしないように集中して口を開いた。
「――【
ぼう、と音を立てて大きな火球が現れた。
ガスコンロの火をイメージしていたせいか、火球は赤ではなく真っ青に燃え盛っている。
バーコード魔術師さんが驚いて息を飲んだ。
「青い炎……」
「え、あ、はい。なんか、出ちゃいました……」
「ジュリア・シーザー、火球は維持できるかね」
「はい、大丈夫そうです」
なんだか周囲からの視線が痛いような気がするけれど、気を抜くと魔術が消えそうなので杖の先を見て集中を高める。横から「なんですのその火は?」というアリスの声も聞こえる。
『ジュリア、ボクもう待ちくたびれちゃったよ。ボクがハープの音を出してもいい?』
レイがポケットからそんな声を上げる。
「では維持したまま【
「りょ、了解であります」
前と横とポケットから声をかけられ混乱し、変な返事になってしまう。
【
『ねえジュリア〜、いいかなぁ?』
「……」
『いいかな? いいかな?』
下を向いてレイに向かって首を振る。
レイは私の顔を見ずにずっとバーコード魔術師さんの頭上をロックオンしていた。
「どうした? 早く唱えたまえ」
「はいっ」
すぐに首を前方にある藁でできたカカシに向け、
「――【
気合いを入れて叫ぶと、青い火球がふわっと飛んでいってカカシにぶつかり、一気に燃え上がった。
よし、成功。
高得点に期待だ。
そう思ってバーコード魔術師さんを見た瞬間だった。
――ポロロロロ〜ン
優雅な旋律がバーコード魔術師さんの頭上で鳴り、まるで私の撃った火球が大当たりしたかのように響き渡った。水上庭園で甘い果実を食べる貴族が聴くようなハープの音色は、美しい調べでもって試験会場を包んだ。
『鳴らしたよ〜。あまり楽しくないね?』
「――!?」
バーコード魔術師さんがすぐに両手を頭にやり、犯人を探しているのか背後にいる試験監督を睨む。
濡れぎぬを着せられた彼がぶんぶんと首を横に振ると、バーコード魔術師さんは次々に魔術師を睨んでいき、ついにはアリスも睨みつけ、彼女が違いますと否定したところでようやく目つきを緩めた。
「腑に落ちない」彼は私をじっと見つめた。「……まさかとは思うが、ジュリア・シーザー、君があの音を鳴らしたんじゃないだろうね?」
「ちち、違います。魔術を使ったすぐあとですから使えるはずありません」
「そうだな…………よろしい」
「それで、試験はまだありますか?」
話を変えたくて早口に尋ねた。レイとはあとでじっくりとオハナシをするべきだろう。
「いや、これで終了としよう。青い炎が出せるとはね。素晴らしい魔術だった」
「ありがとうございます!」
嬉しくて一礼する。
隣で試験を終わらせたらしいアリスが髪を跳ね上げ、むっとした表情で退出していった。
なぜだか怒っているようだ。
私の試験がうまくいったからだろうか?
魔術師学校から彼女と話していて思うのは、彼女は自分にも他人にも厳しいということだ。アリスは誰にでもあんな態度だけれど、人の失敗を喜ぶような人物ではない、と思う。彼女の嫌味を聞いてあまり不快にならないのは、きっとどこかで彼女も頑張っていると感じるからかもしれない。
と、こんな考えに至った自分自身に驚いた。
以前の私なら、あのむっとした顔を向けられたら二時間は落ち込んだよねぇ。
「では会場に戻りたまえ」
バーコード魔術師さんが大きく首肯して、私に結果を待つようにと言った。
もう一度礼を言って実技試験の会場を後にする。
「笑ったヤツ、あとで話をしよう」
背後でバーコード魔術師さんがつぶやいて、次の受験生を呼んだ。
私は細い手足を懸命に動かして出口へと向かった。
レイはポケットから顔を出して、「
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