砂漠の薔薇《デザートローズ》
第7話 挨拶をする
歩きながら、お母様譲りである紺色の髪をデュラスが作ってくれた木製のバレッタでとめた。
長く話していたので早歩きだ。
ショルダーバッグにはお弁当と水筒を入れている。右のポケットに財布が入っているか、何度か確認した。魔鉱専の受験料、なけなしの1万ラピスが入っているので、落としたら大変だ。
「そのワンピースのポケットに穴は空いておりませんよ、お嬢様」
「……デュラス、あなたまだ帰ってなかったの?」
心配でついてきたデュラスは何度も「お気をつけて」と言いつつも私の横を歩いている。かれこれ十分は経っていた。心配してくれるのはありがたいけれど、さすがに私も子どもじゃないからここまで過保護なのは気になる。
「ええ、ちょうど散歩日和でございますからね。わたくしもあの高級屋敷に缶詰ですと、
「私が心配なのはわかるけど、一人でも大丈夫よ。貴族街にある魔鉱専に行くだけなんだから」
「とは言っても片道五十分。お嬢様の足の短さでは一時間はかかってしまうでしょう。ああ、なんと嘆かわしい」
「あのねぇ、私こう見えて座高が低いのよ。おわかり?」
じろりとデュラスを見ると、彼はカイゼル髭をひねりつつ空を見上げた。
「座高が低いのはあれでございますよ。そう、ヒップのお肉が少な――」
「それ以上言ったら二度と口聞かないから」
顔を振ってそう宣言すると、デュラスが言葉を飲み込んで両手を広げた。
「……いやぁ、それにしても誠にいい天気でございますね。お嬢様の門出を天が祝福しているようです。さすがジュリアお嬢様でございます。神々に愛されておいでだ」
わざとらしくご機嫌取りをしてくるデュラスに向かって「ふん」と鼻息で返礼し、家から近い商店街を進んでいく。
魔鉱専は帝都の中心部に居を構える。対して私の家は帝都の端っこだ。そのため、広大な所有面積を誇る帝都の端から中心部まで歩かなければならない。
ちなみに、私のいる街はラピス帝国・帝都ラピスだ。
別名、宝石の都と呼ばれている。
ラピス帝国の中心部だけあって商業が栄えており、この帝都には色とりどり各種様々な魔鉱石が集まってくる。また、魔鉱石が埋まっている鉱山、ダンジョン、別天地へのゲートも開かれており、拠点として活動する魔鉱石ハンターも少なくない。そう改めて確認すると、私の選択は間違ってないと自信が持てた。
私とデュラスは帝都の端にあるごく普通の商店街を歩いていく。
レンガの敷き詰められた路面は歩きやすく、いかに端っこといっても帝都は帝都だ。どこか品格のようなものが存在しているように思える。
吹けば飛ばされそうな身体で懸命に歩く。
「ごきげんよう」
ご近所でお世話になっているお店を通る際には、しっかり挨拶をすると決めていた。もう私は以前の引っ込み思案なジュリアではないのだ。
よく商品を買っている青果店のおかみさんに笑顔で挨拶を送る。
「おはよ……?」
恰幅のいい彼女は陳列作業を止めて顔を上げた。
だが私を見るなり驚いた顔を作り、怪訝な表情で「おはよう」と言い直した。
うん、予想通りの反応だ。
昨日まで顔を伏せて挨拶すらせずに買い物をしていた女の子が、急に明るく挨拶をしたのだ。誰だって怪訝な表情になるというのは当然の反応といえる。
「おや。おやおや、ジュリアお嬢様。今日は本当に明るいのですね。やはり下腹部のお通じがよくなったのでございますね」
まだついてくるデュラスが軽口を叩いているけど、どこか嬉しげだったのでお小言は言わずにおいた。
私はめげずに次々と挨拶を交わしていく。
商店街の人々は奇妙な見世物を見るかのように首をひねりながらも挨拶をしてくれた。ジュリアはぼそぼそしゃべって目も合わせない臆病者だったけれど、お金と商品のやり取りは丁寧だったため、みんな覚えていてくれたのだろう。こう考えると、ジュリアの女性的な気配りは葵にはなかったものだと痛感する。
もう魂が離れ離れになることなど考えられない。
身体が軽い。心があたたかい。
元の私に戻れて本当によかった。
「ジュリアお嬢様、名残惜しいのでございますがわたくしはそろそろ失礼させていただきます。試験のご武運をお祈り申し上げます」
デュラスが立ち止まって一礼したので、私も足を止めた。
「受かってみせるね。今ならできる気がするの」
「心強いお言葉でございます。どうか、くれぐれも失敗なきよう神々に必勝祈願をさせていただきたいと存じます」
「ええ。魔鉱専で勉強しながらお金を稼ぐ。並行してお父様の治療法を探すわ。今までデュラス一人にまかせてしまっていたけど、今度は私が頑張る番だから、デュラスは看病をよろしくね」
デュラスは暗闇でダイヤモンドを見つけたような顔を作り、深々と一礼をした。
「……ジュリアお嬢様の賢明なご判断にわたくしは従います」
お父様を心配しているのはデュラスも同じだ。
私が試験に受からなければ、頑固者のお父様は本気で私を貴族学校へ入れようとするだろう。それだけは何としても避けなければならない。
「ありがとうデュラス」
「それでは、お気をつけていってらっしゃいませ」
再度、デュラスが執事の礼を取ったので、前を向いて歩き出した。私が離れなければデュラスは動こうとしないだろう。彼は自分のことを準々執事と皮肉って言っていたけど、私の中ではいつでも完璧な執事だった。
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