第8話 魔鉱専へ


 デュラスと別れ、帝都の中心部へ向かって黙々と歩く。


 魔鉱専の入学試験は『筆記テスト』『魔術テスト』の二種類だ。

 もし身体テストがあったらビリになっていただろうけど、筆記と魔術の二つだからよかった。


 覚えたての魔術でどこまでいけるかわからない。『筆記テスト』で高得点を狙おう。今の精神状態ならテストで緊張することはほぼないし、今まで勉強してきた知識を活かすことができる。


 筆記はジュリアが毎晩夜更けまで勉強してくれていたおかげで、魔術学校に論文を提出する学力を保持しており、ぶっちぎりで一位を取れるはずだ。


 あれこれ考えていたら、ロバ使いの男性とぶつかってしまった。


「こらこらお嬢ちゃん、ぼおっとしてんなよー」

「すみません!」


 幸い、彼が運んでいた容器はひっくり返らなかった。あぶない。

 男性に一礼して、帝都の中心部へ進む。


「注意散漫、ご注意くださいっと」


 細い手足をせかせかと動かしながら私はつぶやいた。


 周囲の町並みが徐々に綺麗なものへとグレードアップしてくる。

 帝都は中心部に近づけば近づくほど土地が高く、物価も高い。


 別にお金持ちになれなくていいから、せめてお父様とデュラスが苦労せずに暮らせるぐらいのお給金がもらえる仕事につきたいなぁ、と漠然と考えてしまう。……いやいや何をおっしゃる。魔鉱石で儲けてお父様に楽をしてもらうのだ。デュラスには今まで働いてくれた分のお給金をぜひとも渡したい。夢は大きくいこう。


 さ、到着までまだ三十分はかかる。

 問題は『魔術テスト』だな。


 魔術とは、言霊ワードを紡いで精霊にお力をお借りすることを言う。


 言霊ワードに関しての知識は豊富だけど、実際に成功しているのは初歩の初歩、光をつける【光よオィラキ】、のみだ。他の魔術は試していない。


「レイ、まだ寝てる?」


 歩きながらポケットを見下ろした。

 交差点で大きなキャラバンが通過したので足を止め、じっとレイの返事を待った。


 ポケットに何も反応がない。まだ寝ているのかな。


「起こしちゃわるいね……」


 ポケットを優しくなでておいた。


 最後尾のキャラバンが幌付きの馬車で通り過ぎると、待っていた人々が一斉に渡り始めた。流れに遅れないよう私も足を出して前へ進む。レイに話を聞ければよかったんだけど、向かう道すがらで魔術を試すしかないみたいだ。


 よし、周囲の人に咎められない言霊ワードで魔術を使ってみよう。

 まずは……あれにしてみようか。

 肩掛けバッグから杖を取り出して、先端に意識を集める。


「――【火よオィファ】」


 身体からわずかに力が抜け、杖の先端に小さな火が現れた。赤い火は杖から離れて宙に浮いている。


「やった……!」


 成功するとわかっていても、つい感動してしまう。火を見ながら少し泣きそうになり、同じ方向へ歩いていた商人らしきおじさんに「大丈夫かい?」と声をかけられた。火を見て泣く意味のわからない女の子と思われてしまったかもしれない。


「大丈夫です。あの……魔術が使えるようになって嬉しくて」

「そうかい。使えるようになってよかったね」

「ありがとうございます」


 私のお礼を聞いて嬉しそうにうなずき、人の良さそうなおじさんはこちらに称賛を送って別の道へ向かった。


 人とのふれあいに温かさを感じる。試験、頑張ろう。俄然やる気が出てきた。


「出逢いはいつも一期一会っと」


 歩きつつ、迷惑にならない程度に魔術を試していく。


 学者の研究によれば精霊は言葉が大好きであり、美しい文章を好むと近年では言われている。言霊ワードの組み合わせ次第で魔術の効力が変わるのは、「精霊の好みの問題」というその発表は、魔術師業界に一石を投じた。かなりの魔術師がその研究結果を支持している。


 ただ、今の私に二つの言霊ワードを組み合わせる自信はない。

 あとは持っている杖にも問題があった。


 時計屋を通りかかったので時間を確認した。

 受付終了の時間までまだ一時間はある。


 歩き疲れて立ち止まり、鞄から水筒を取り出して一口飲み、しまってから杖を見つめた。


 エンピツの頭の部分に極小の魔宝石がついている杖だ。我が家の財政では『お一人様一つまで!』と書かれた最安値の杖を買うのが精一杯だった。


 このエンピツ杖、おふざけではなく、ちゃんとした杖だ。通常、杖の胴体に使われる素材は霊的な魔力を内包するものが強力だけど、使い古されたものや思い入れのある品が長い年月をかけると魔術媒体になることがある。私が買ったエンピツは様々な人の手を渡り、一度も使われることがなかったせいか、魔術媒体になる霊的なパワーを手に入れたらしい。魔術杖専門店の店主、談。


 この杖でも金貨一枚するからね。

 十万ラピスだよ、十万ラピス。杖、高いよ。


 一息ついて杖をしまい、また歩き出した。


 やがて帝都の関所にたどり着いた。

 ここから先は貴族街になるので高い塀が円形に走っており、その直径は三キロにもおよぶため塀が横へ横へと延々続いているように見える。


 大きな門の前では二人一組になった門兵が通り抜けようとする者を誰何すいかしており、皆が身分証を提示していた。


「身分証を見せよ」


 フルプレートを着込んだ門兵二人が槍を交差させた。

 私がバッグから名刺サイズの身分証を取り出すと、門兵はわずかに開いた兜の隙間から睨みつけ、身分証と私の顔を何度も見た。


男爵令嬢、ジュリア・シーザー。貴方はどこへ行く?」


 どこか嘲るような響きで門兵が問う。

 準々、というところを強調しないでほしい。


「はい。これから魔鉱専の試験を受けにまいります。合格できたならこの門を何度も通らせていただくことになりますので、よろしくお願い申し上げます」


 笑顔で軽くワンピースの裾を持ち上げて答える。

 これでもいちおうは貴族令嬢だ。

 挨拶はしっかりしたい。


 それにしても、こんなにハキハキと対応できるのも私が私に戻ったからだよなぁ。


 もし以前のジュリアだったら、「ああ、あ、あの……わ、わたくし………ジュジュ、ジュリアでございましゅ!」など、どもりまくりの噛みまくりだっただろう。ああ、素晴らしき本当の自分。


 門兵はなぜか軽く目を見開くと、何度もまばたきをし、ごほんと咳払いを鳴らした。なんだろう? 太陽が目に入ってまぶしかったのだろうか?


「精霊神ラピスのご加護があらんことを」

「貴方様にも精霊神ラピスのご加護があらんことを」


 こんなにもいかめしい門兵さんとしっかり挨拶できたことが嬉しくて、つい満面の笑みで返礼をしてしまう。


 いそいそとバッグに身分証をしまい、もう一度お礼を言ってから門を通って貴族街へと足を踏み入れた。


 貴族街に入るのは初めてだった。

 元のジュリアだった頃にも来たことがない。


 白亜の石が敷き詰められた道路が日を反射させ、色とりどりな家々の屋根を照らしている。 宝石箱をひっくり返して中身の宝石を均等に並べたような街並みは美しくて、幻想的であり、どこか詩的な雰囲気が漂っている。


「お〜。水晶クォーツの宝石箱や〜」


 ……ちょっと言ってみたかっただけだ。

 屋根には水晶クォーツが使われている。水晶クォーツは様々な色に変化して、家の魔道具の動力となる。


 観光をして回りたいけど、試験が優先だ。

 美しい街並みを尻目に歩き、門を右に曲がると、ひときわ目立つ大きな建物があった。


 帝国魔鉱石収集専門学校――――“魔鉱専”だ。



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