第6話 優しいけれど頑固者
お父様は優しいけれど頑固者だ。一度言い出したら止まらない。
私は絶対に曲げないと自分を叱咤して、お父様をキッと睨んだ。
かつてのジュリアでは絶対にできないような表情だった。今ではそんな顔も、気概も、心の底から力がわいてくるから、できるし持てる。
私から一度も睨まれたことのないお父様はぎょっとして目を見開いた。
「お父様には療養に専念してもらいます。これだけは譲れません」
事の重大さが伝わるように敬語を使い、かまわず話を進める。
デュラスも驚いているのか、カイゼル髭をひねる手を止めてぽかんと口を開けた。
「お父様には長生きをしてもらいます。私は今までお父様のおかげで生きてこれました。つらい身体に鞭打って傭兵や魔物退治をしてくれていたのは知っています。私がどれだけ心配したか、お父様はわかっているのですか? デュラスだって何も言わないけど、お父様の身を常に案じているんですよ? そんな身体で激しい運動をしたらどうなるか、私は想像しただけで胸が張り裂けそうです」
魔物退治の途中に命を落とすお父様の姿を想像してしまい、私はなんだか涙が出そうになってきた。それでもお父様から目を逸らさなかった。
「だから、今度は私がお父様を養います。ですので、私はこれから帝国魔鉱石収集専門学校に行きます。資格取得の勉強をしながらお金を稼ぎます。なんと言われようと、変えるつもりはありません」
普段言わない強い口調に心臓が早鐘を打った。
心は充足した状態でも、身体がまだついてきていないのかもしれない。いや、どうかな。本当の自分になったといっても、こうして自己主張をするのは初めてだ。慣れないから緊張してしまうのかもしれない。
お父様は話が終わっても、何も言わずにじっと私のことを見つめている。
デュラスは何を考えているのかお父様の後ろで微動だにせず天井を見上げていた。
私とお父様の視線がしばらく絡み合うと、ふいお父様が息を吐いた。
「魔術はどうするんだ……?」
目を細めてお父様が言った。
「今朝、使えるようになりました」
心配をかけたくないので、ポケットから杖を取り出して
「――【
わずかに身体から力が抜けると、杖の先がほんのりと明るく輝いた。
お父様とデュラスはその光景を魅入るように見つめる。光の魔術は食べかけのパンやサラダを照らして、私が魔力を止めると消えた。
「……そうか…………うん、そうか………」
お父様は感極まったのか震えた声で言い、うんうんとうなずきながら腕で乱暴に自分の顔を拭いた。
「いつも……頑張っていたもんなぁ……。魔術ができなくって部屋で泣いていたの、父さん知ってるぞ……。ジュリア……魔術が使えるようになって………本当によかった…………よかったなぁ…………」
魔鉱石ハンターなんてとんでもないと怒られると思っていたのに、お父様が泣き出してしまい、我慢していた涙がぽろぽろとこぼれてきた。私が悩んでいたことはすべてお見通しだったんだ。
お父様が腕を広げたので、そのまま胸に顔を埋めて、泣いた。
何度も頭をなでてくれるお父様の大きな手に大きな安堵感を憶え、顔を押し付ける力を強めてしまう。シャツは濡れてしまっているだろう。あとで謝らないと……。と思いつつも、安心感から顔をぐりぐり押し付けてしまう。
しばらく抱き合っていると、デュラスが咳払いをした。
私たちは身体を離した。
「さて、お涙ちょうだいの茶番はそれまでとして、お茶でも淹れさせていただきます」
流麗な礼をしてデュラスがキッチンへと歩いていく。
デュラスは口では皮肉を言っているけど目が赤かった。お父様と私はそれに気づいてくすりと笑い、彼の提案を受けて椅子に座り直した。
庭で取れるハーブから取ったお茶をデュラスはお父様と私の前に置き、自分の分も作ったのか立ったまま優雅に口へと運んだ。どうやら私たちに目もとが赤いことが知られ、恥ずかしがっているらしい。ずっと目線を天井に向けている。
お茶を飲み、朝食の残りをすべて食べた。
それからお父様が帝国魔鉱石収集専門学校――魔鉱専について話してくれた。
資格を持っているお父様からは体験談が聞け、よりやるべきことが明確になった。
私の調べでは、今日がちょうど入学試験の日だ。日本と違ってその日に受付すれば試験は受けられる。テストはお昼からなのでまだ時間はあった。
小一時間ほど話をして、お父様から条件付きで進路の許可をもらうことができた。
「実力がつくまでは安全な場所で魔鉱石を探す。洞窟に行く場合は仲間を最低二人作る。仲間ができたら父さんが実力を見るから必ず家に連れてくること。あと、晩ご飯までには家に帰ってくること。一日何をしたのか父さんに報告すること。父さんが無理だと判断したら魔鉱専をやめて貴族学校へ行くこと。決まりごとは以上だ。何か質問はあるか?」
「ううん、何もないよ。お父様、ありがとう」
「……この身体が……動いてくれれば……!」
悔しげに拳を握ると、苦しくなったのかお父様が激しく咳き込んだ。
駆け寄って背中をさすると、すぐにデュラスが水を持ってきてくれる。受け取ってお父様にゆっくりと飲ませてあげた。
「……すまない」
「私からも約束事があります」
お父様の手を握ると、困惑した表情になった。
「え……父さんにもあるの?」
「もちろんです。まず、運動はしないこと。布団に入ったまま剣は振らないこと。苦いと言って薬草を残さないこと。苦しくなったら我慢せずにデュラスか私に言うこと。以上」
「いや、剣は軽くでも振っておかないと勘がな……」
「お父様っ。私にも約束事があるならお父様にもあります。当たり前のことです」
また敬語にして言うと、お父様が赤い髪をかきながら助けを求めるようにデュラスを見上げた。デュラスは片頬を上げると、嬉しげに一礼して口を開いた。
「レオン様、今回ばかりはお嬢様が正論でございます。わたくしもそのお身体で剣を振るのはどうかと疑問を禁じえませんでした。謹んで約束をお守りくださいませ」
「……へいへい、わかったよ」
駄々っ子のように口をとがらせて、渋々お父様がうなずいた。
「強気なところも母さんに似てきたなぁ……」
お父様が何かつぶやいたけど、よく聞き取れなかった。
私は出かける準備をして、帝国魔鉱石収集専門学校へ向かうべく、玄関の扉を開けた。
「いってらっしゃいませ、ジュリアお嬢様」
「気をつけてな」
心配そうなデュラスとお父様に手を振って「大丈夫よ」と言い、街の中心部へと歩き出した。
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