第3話 今後の行動方針


 今後の行動方針はある程度決まった。

 念のため現状に齟齬がないか確認をしておく。


 私の家であるシーザー家は貧乏だ。


 それはもう軒先に生えている野草を晩餐のメニューに入れるぐらいお金がない。出費の大半は父の治療費に当てられている。


 私、ジュリアの父であるレオン・シーザーは、二十年前、グールを七百体倒した英雄であり、その功績が認められて“準々男爵”の称号をもらった。当時、出世頭として人気を博したそうだ。しかし、討伐の際に受けた傷が完治せず、徐々に悪くなっていき、今では寝たきりになっている。


 週に一回、薬師の特別配合薬草を飲まなければ持病が悪化してしまう。


 私がこの歳に育つまで、お父様は古傷と病を抱えた身体で魔物討伐任務に参加し、傭兵や用心棒までやって家計を支えてくれた。どうにか生きてこれたのはお父様のおかげであり、これからは私が頑張る番だ。お父様には楽をしてもっと長生きをしてもらわなければならない。


 父、といえば、日本人だった私の父親のことを思い出す。


 男手一つで私を育ててくれた、不器用で、要領の悪い、それでいて優しい人だった。気の強かった私の話をいつも笑顔で聞いてくれ、何があっても味方でいてくれた。お金がないのに、無理をして毎年誕生日プレゼントを買ってくれた。何度やっても上達しない私の下手な料理を、三ツ星レストランよりも美味しいと言って、残さず食べてくれた。


「……お父さん」


 お父さんは私が事故で死ぬ一年前に病気で他界した。あっちの世界で唯一の味方であったお父さんが死んだとき、私は目の前の物がすべて灰色になった。はっきり言って、お父さんのいない日本に未練はまったくない。唯一、心残りがあるとすれば、親孝行できなかったことだ。お父さんにはもっと長生きをしてほしかった。


 そう……だから、こっちの世界のお父さんであるお父様、レオン・シーザーには長生きをしてほしい。


 引っ込み思案なジュリアはたくさん迷惑をかけてきた。いっぱいかばってもらったし、心配もさせてきた。何の偶然かはわからないけど、日本のお父さんと同じように病気にかかってしまっている。


 今度こそ、助けたい。

 そう強く思う。


「よし。頑張ろう」


 幸い、グールによってかかったお父様の病気の進行は緩やかだ。

 時間はあるので着実に地盤を固めて事に当たりたい。


 まずはお金だ。マネーですよ、マネー。


 安定して稼げるようになればお父様がランクの高い治療を受けれるし、台所事情も改善される。


 手作り机の引き出しを開けて、小さな巾着の財布を取り出し、中を見た。

 銀貨十一枚と銅貨十三枚、1万1130ラピスが入っている。


「三年こつこつ貯めてこれだけか」


 近所の薬屋の手伝いで薬草を集めてきたり、店番を数時間代わったりしてもらったお小遣いだ。銀貨一枚で1000ラピス。銅貨一枚で10ラピスという計算になる。これではお父様の薬代にもならない。


「やっぱり、どう考えても魔鉱石ハンターになるのがベストだよね」


 この世界では“魔鉱石”が主要なエネルギー資源として利用されている。

 地球で言うところの石油、石炭、天然ガスなどと同じ扱いと考えていい。

 採取すれば、専門の買い取り部署で換金できる。


 魔鉱石は数百種類存在し、その用途も様々で、利用の場面に応じて種類を選別。それらに蓄積された魔力を動力源とし、魔道具は動く。地球とは違った独自の進化を遂げている文明に、日本人であった葵の知識を使って考察してみると何だか不可思議な気分になってくるけど、この世界に馴染んでいるジュリア視点で考えれば自然だなと思える。


 だってねえ? 馬車がばりばり現役なのにクーラーがあるとか、列車に似た乗り物はあるけど長距離移動はできないとか、拳銃がない変わりに魔術があるとか、結構絶妙なバランスの文明力だ。私のいる時代がちょうど魔道具発展の分岐点にあたるのかもしれない。


 私は機械や魔道具は苦手なのでそっちの研究をするつもりはないけれど、今後どんな形で世界が変わっていくかには関心がある。


 そんな動力源たる魔鉱石が必要とされる時代に、当然必要になってくるのが、収集してくる専門家だ。人々は色々な意味を込めて魔鉱石収集家を、魔鉱石ハンターと呼ぶ。


「まずは無難に水晶クォーツを収集してお金を稼ぎたいな」


 キラキラと輝く魔鉱石に思いを馳せる。


 魔鉱石ハンターは国の認定する資格が必要だ。

 資格取得には帝国魔鉱石収集専門学校、通称“魔鉱専”の卒業が必須となる。


「学校か……」


 資格勉強をしながら、魔鉱石の収集にも行けてお金も稼げる、現状でベストな選択だ。


 ただ、学校と聞くと苦い思い出ばかりが脳裏をよぎる。


 日本人だった葵の頃は友達ができなくてぼっちだったし、ジュリアは勉強ができなくていつもダメな子扱いされて白い目で見られていた。


 また同じようなことになるのでは、と不安になる。ひとりぼっちは慣れているし、人から見下されることにも耐性はある。それでも、友達はほしい。友達、友達か……。


 大丈夫。今の私ならきっとうまくやれる。


 いつまでも昔のままじゃ、お父様に心配をかけてしまう。私は私だ。正直、すごく不安だけれど、今までやってきたことは無駄じゃなかった。そう感じれるぐらいに気持ちは充実している。


 自分に気合いを入れたところで、コンコンとドアがノックされた。

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