第30話 勇者は寛大
「つまりこういう事か?エニルは世界を司るコアを女神さまから強奪して、この世界に堕天したと?そして女神さまはコアを取り返すために俺達をこの世界へと遣わしたと」
「うむ。そうなるのう」
エニルの話は正直冗談としか思えない。
だが話をする彼女の表情は真剣で、嘘をついているようには見えなかった。
「えーっとマジの話」
「正真正銘大マジの話じゃ。神に誓っても…っと堕天使が口にする言葉では無かったな。冗談抜きで真実じゃ。それでお主はどうする」
「どうするって……」
エニルの話を信じるのならば、俺はエニルと戦う事になるだろう。
けどエニルには色々と世話になっている。
出来れば穏便に済ませたい。
「なあ、そのコアってのを女神さまに謝って返す選択肢は無いのか?」
「ない。返した途端始末されるからの。そうでなくとも、返すつもりなど更々ないがな」
まいった。
正直どうした物かと途方に暮れると。
坂神が勢いよく席から立ち上がり、エニルを指さす。
「師匠!いや、堕天使エニル!私は勇者として貴方を倒します!」
「あの……ティアさん落ち着いてください」
「部外者は黙ってて!!」
プリンが興奮する坂神を宥めようとするが、逆に怒鳴られる。
「たかし!何落ち着いてるのよ!諸悪の根源が目の前に居るのよ!」
坂神はやる気満々の様だ。
さっきまで師匠師匠言ってたのに、掌を反すのが早い奴だ。
まあでも、坂神の反応の方が正しいのかもしれないな。
俺達は世界を守るために第二の人生を与えられたわけだし。
戦いたくはないけど戦うしかないのか……
けどこのまま戦っても絶対こっちが負けるよな。
そうでなけりゃエニルを信じ切って油断してた俺達に不意打ちもせず、素直に話す訳ないし。
そう考えるとこっちとしては逃げ出すのが最適なわけだが。
この状況になって初めて、エニルが何故俺に転移魔法を教えなかったのか理解する。
最初から俺を始末するつもりだったって事か……
いやでもそれはおかしいか。
始末する気なら初対面の時点で殺されてたはず。
エニルの前で無様に失神した思い出が脳裏を過る。
「たかし立って!二人の愛で悪を倒すのよ」
考えこんでいると、坂神が腕を取って俺を無理やり立ち上がらせる。
「落ち着け、坂神」
「落ち着いていられるわけないでしょ!」
今にも飛び掛からんとする坂神を制し、真っすぐエニルの目を見つめる。
その表情からは敵意の様な物は一切感じない。
「なあ、エニルは此処で俺達を始末するつもりなのか?」
考えても答えは出そうにないので、この際直球で聞いてみた。
「そんなつもりは更々ないぞ」
「嘘よ!そんなわけないじゃない!騙されちゃだめよ!」
「坂神。だから少し落ち着けって」
「たかし!あの女は私達を騙そうとしてるのよ!惑わされてはダメ!さあ正義の為に戦うのよ!!」
騙す気ならそもそも正体は明かさない。
だが興奮している坂神にそれを言っても聞きはしないだろう。
仕方がないので奥の手を使う。
「少しの間黙っててくれたらキスしてやるから。落ち着いて椅子に座ってろ。いいな?」
「え!?キス!?う……あ……でも……。駄目……やっぱり駄目よ!正義の為にも今直ぐ倒すべきよ!」
坂神は少し考えるそぶりを見せたが、戦う姿勢を崩さない。
おれはそんな坂神の態度に違和感を覚える。
普段なら興奮しきってても二つ返事で黙ったはず。
世界の平和が掛かっているから?
それは素晴らしい事だ。
だが、自らの欲望に忠実な坂神が世界平和を優先するとは思えない。
これは絶対何かある。
「なあ坂神。俺に何か隠してないか?」
「な!ななななななないわよ!かか、隠し事なんて!!」
あるんだな。
本当に分かり易い奴だ。
俺は溜息を一つ付いて宣言する。
「わかった、お前が戦うってのならもう止めない。ただしその場合、俺はエニル側ににつくぞ?」
「んな!何でそうなるのよ!!」
「俺はエニルに聞きたい事がある。それを邪魔するってんなら相手がお前でも容赦しないって事だ。そもそも俺達じゃエニル達に勝てないだろ?エニル一人ならともかく、レルだって間違いなく敵に回るんだぞ」
そうだよなと同意を求める様にレルの方を見ると、会話に興味が無かったのか、見事にグースか眠っていた。道理で静かなわけだ。
直ぐ傍で坂神がギャーギャー喚いているのに、どんな神経してるんだこいつは?
鼻提灯を作っているレルの頭を叩いて起こす。
「痛いですー。何するんですかー」
「今大事な話をしてるんだ。馬鹿みたいに寝るな」
「やだなー、もー。ちゃんと聞いてましたよー。今のはー、狸寝入りですー」
絶対嘘だ。
「戦いになったらー、勿論ー、エニル様に助力しますよー」
と思ったら本当に聞いてた。
紛らわしい真似すんな!
「まあいい、そういうわけでどうするんだ坂神?エニルとの話を邪魔しないってんなら、さっき約束したキスもしてやる」
これで黙らない様なら実力行使しかない。
「で、でも……正義の為に……戦わないと……」
坂神が胸の前で軽く手を組み、人差し指をモジモジとさせる。
「ティアよ。謝るなら今のうちじゃぞ?」
「なんで私があんたに謝らなきゃいけないのよ!!」
「私にではない。たかしにだ」
「な、何の事よ。わ、私に謝る事なんて……」
「あるじゃろう。私の口から伝えても良いのか?」
「う……く……」
坂神が恨めしそうにエニルを睨みつけ、黙り込む。
俺に謝る事ってなんだ?
特に誤って貰うようなことは思い浮かばないんだが?
「たかしは優しい男だ。きちんと謝ればきっと許してくれるはず」
「無理よ……そんなの……」
坂神は俯き、その頬には涙が伝う。
え?何で泣いてんだ!?
まさか俺が眠ってる間に変な魔法かけて、貞操奪ったとかじゃねーだろうな!?
「あの、ティアさん。私事情はよく分からないんですけど。たかしさんは謝ったらきっと許してくれると思います」
プリンがティアの涙を見て優しく声を掛ける。
「だってたかしさんは、私やティアさんが大好きになった人なんだから。どんな事だろうときっと許してくれるはずです」
プリン……過大評価でハードルを上げるのは止めてくれ。
世の中許せる事と、とそうでない事がある。
俺はそこまで器はデカくないぞ?
「プリンちゃん……ありがとう……」
「さ、勇気を出してください」
「うん」
坂神はプリンの言葉に頷き、此方に向くと、大きく頭を下げた。
「たかし、ごめんなさい。貴方が死んだのは私のせいなの……」
「ふぁ?」
余りの唐突なカミングアウトに間抜けな声が漏れる。
俺が死んだのは通り魔に刺されたからだ。
どう考えても2年早く死んだ坂神に責任があるとは思えない。
「いや、何言ってんだ?」
「私が頼んだの」
頼んだ?誰に?
まさか通り魔に?
そんな訳ないよな?
「女神さまに私が頼んだの!!」
そうかそうか女神さまに頼んだのか。
って!?
「えええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
俺は驚きの余り雄叫びを上げる。
とりあえず落ち着いた所でグーパンして。
さっき約束したキスは無しって事で許しました。
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