第29話 堕天使

「ありがとう。メイ」


ティーカップをテーブルに運んでくれたメイド服に礼を言う。

彼女の名はメイ。

見ての通りのメイド服だ。


「ありがとうございます。あの……ところで……」


プリンがもじもじしながら言葉を続ける。


「メイさんって透明人間なんですか!?」

「メイは透明人間ではないぞ?」

「え!?違うんですか?」

「メイド服が好きすぎて、メイド服に変身しておる只のドラゴンじゃ」


只のドラゴンは好きすぎてメイド服に変身したりしないけどな。


「メイちゃんはー。頭のー、おかしい子なんですー」

「お前が言うな」

「えー、なんでですかー」


お前の頭の方がおかしいからだ。

だがあえて説明はすまい。


「それで?大事な話って何なんですか師匠?私、早くたかしといちゃつきたいんですけど」


坂神からのセクハラは今は止まっていた。


「大事な話があるから、話の最中は大人しく座っていろ」


そうエニルに釘を指されたためだ。

お陰で俺は平和を満喫出来ている。


「せっかちじゃのう?」

「だぁってぇ~」


坂神が可愛らしく仕草で体を揺らす。

そしてその揺れを利用して、じわじわとイスを俺の方へと寄せてくる。

当然そんな奴の企みなどお見通しなわけで、距離が詰まるたびに俺は椅子を横にずらして奴との間合いを開ける。


かつての俺なら気づかず横を取られていたかもしれないが、今の俺には通用しない。

気配察知の訓練の賜物だ。


「まあ要はあれじゃ。たかしについての話じゃ。たかし、お主世界を救うよう女神に言われておるんじゃろ?」


世界を救う。

それが俺が女神様から与えられた使命だ。


「え?ああ、そうだけど」

「で?どうやって救うんじゃ?」

「へ?」


思いがけない質問に、間抜けな声で返す。


「考えておらんじゃろ?」


エニルの言う通りだ。


この世界にきて、貧血のせいで物事が上手くいかず。

魔法という突破口を見つけてもエニルに搾り取られ。

たまたま遭遇した魔王にはボコられ。


これまで散々な生活が続いていたせいで、そういった事を考える余裕などなかった。

とは言え、答えなど決まり切っている。

考えるまでも無いだろう。


「魔王を討伐する」


この世界に魔王は10体。

いや、エーテは倒したから残りは9体か。


冒険譚では魔王を滅ぼし世界を救うのが定番だ。

だからそれに倣って、俺も魔王討伐を宣言する。


「魔王を倒すという事は、魔物を全て滅ぼすという事か?それじゃとレルやメイも討伐対象に入るわけじゃが?」

「えー、たかしさん酷いですー」


レルが抗議の声を上げる。


そういえばこいつも一応魔物に分類されるんだっけか。

こいつとは色々あったが……


「メイは兎も角、世界平和の為だ。レル、死んでくれ」

「やですー、絶対にー、いーやーでーすー」


レルは顔が分身するレベルの速度で首を横に振り、いやいやする。

想像以上の速度に突風が巻き起こり、プリンが椅子事吹き飛ばされそうになったので支えつつ、冗談だと伝える。


「冗談だ。大体レルは魔王じゃないだろう?魔物全部を滅ぼす気なんてねーよ」


危険な統率者を討てばいいだけだ。

レルは危険なあほだが、統率者ではない。

俺やエニルが馬鹿しでかさないように見張ってれば問題無いだろう。


「レルは魔王じゃぞ?」

「へ?」

「じゃから、レルは十傑の一体じゃと言っておる」

「冗談だろ?」

「事実じゃぞ」

「レルはー偉大なー、魔王なのですー。エッヘン」


……

…………嫌どう変えても冗談だろう。

一瞬思考停止してしまったが、こんなアホが魔王なわけが……


「こやつにはエーテを瞬殺するレベルの力があるんじゃぞ?何故魔王でないと思うんじゃ?」


確かにレルの強さは魔物としては桁違いだ。

強さだけで考えれば魔王級かそれ以上だろう。

でもこんなアホに魔王なんか務まるのか?


それに同じ魔王ならエーテがレルに気づいていたはずだ。

だがあの時エーテはレルの事を魔王とは見ていなかった。


「悪質な冗談はやめてくれ。エーテはレルの事しらなかっただろ?魔王同士なのにおかしいじゃねぇか」

「そりゃこやつの真の姿はドラゴンじゃからな。人間の小娘の姿で現れられても分からんじゃろう?」

「普通はー、魔力とかで気づくんですけどー。エーテはお馬鹿さんだからー、レルにー気づかなかったんですー」


一応筋は通ってる。

そもそも本当に冗談なら、此処迄しつこくはしてこないだろう。

つまり本当に魔王という事か……


「あの?本当にレルさんは魔王さんなですか?」


それまで黙っていたプリンが恐る恐る口を開く。


「私は嘘はつくが、悪趣味な嘘を引きのばしたりはせんぞ?」

「じゃ、じゃあレルさんは世界征服を狙ってるって事なんですか?」

「それはー、ないですよー」

「そ、そうですよね!レルさんがそんな事考えるわけないですよね!」


プリンがほっとした様な表情で、安心したように声を張る。

何だかんだ言ってプリンとレルは仲が良い。

自分の友達が悪い魔王じゃなかったのが嬉しいのだろう。


まあレルみたいなアホがそんな大層な事――


「以前はー世界征服をー、狙ってましたけどー。エニル様にーボコボコにされてー。諦めましたー」


狙ってたのかよ!


「レルもー、昔はやんちゃしてたんですー」


いや魔王が世界征服を狙うって、若気の至りとかやんちゃレベルじゃないからね?

昔は悪かったとかそういう次元の話じゃないぞ。


「でだ。レルを始末するのか?」

「いや、まあ。今は悪さしてないんだったら問題ないよ。多分」


悪事を働いてないんだったら、世界の平和には影響しないだろう。

まあこれから先悪事を働かないとも限らないが、そこはまあ俺が責任をもって鉄拳制裁きょういくすればいいだろう。


「寛大じゃのう。あ、因みに氷の女王の奴も魔王の一柱じゃからな」

「え?まじで?」

「女王様も魔王だったんですか!?」


まさか女王様も魔王だったとは。

俺って魔王と組んで仕事したり、魔王の元で魔法習ってたのか?

それって勇者としてどうなんだと言う気がしなくもない。


「まあ精霊は正確には魔物では無いんじゃが、女王は古き魔王として一柱に数えられておる」

「まさかエニル自身も魔王だとか言わないよな?」

「私は違うぞ。私は―――」


エニルは一旦言葉を区切り、椅子から立ち上がる。

彼女が何かを小声でつぶやいたかと思うと、その背から血飛沫が激しく吹きだした。

いや、血飛沫ではない。


それは真っ赤な……

真っ赤な翼が彼女の背から生えていた。


「私は――堕天使だ」

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