第22話 迷わず成仏しろ
「ごめん……なさい。ぅっ…ひっく…ごめん…なさいぃ」
プリンが泣きながら謝ってくる。
「プリンが謝る必要ないよ」
抱き着いて泣くプリンの頭を撫でる。
「だって……だってぇ」
「魔王と遭遇したのは運が悪かっただけだ。プリンが悪いわけじゃないさ」
薬草採収の依頼は、ギルドを通さずにプリンから直接請け負ったものだ。
その最中に魔王に殺されかけた為、プリンは自分のせいだと思い込んでしまっている。
「そーそー、プリンちゃんのせいじゃないわよ。だからー、離れなさい!」
泣きじゃくるプリンを坂神は無理やり引っぺがす。
こいつは鬼か?
「しかし情けないのう。まさかあの程度の相手にやられるとは」
「あの程度って、相手は魔王だぞ?無茶言わないでくれ」
レルはあっさり撃退していたが、相手は仮にも魔王だ。
弱点がある以上、そう容易く勝てる相手ではない。
「言っておくが、血と言う弱点があったとしても十分勝てる範囲の相手じゃったぞ。魔王の中でお主にとって最も与しやすい相手だったというのに」
「本体がー鎌でしたからー、攻撃してもー血が出ないのにー、なぜ負けたのかー不思議ですー」
「う……」
確かに今回の負けは完全に俺のミスだ。
最初の時点で魔力の流れを感知していれば結界に捕まる事も無かったし、仮に捕まったとしても、最悪本体が鎌だと気づく事は出来たはず。
完全に油断と経験不足からくる敗北。
嫌味を言われても、返す言葉もなく俯く。
「たかし。お主強くなりたいか?」
エニルの唐突な言葉にはっとなり、顔を上げる。
「どうじゃ?」
「お、俺!俺は強くなりたい!」
「いい返事じゃな」
エニルが目を細め嬉しそうに微笑む。
搾り取られ過ぎて業突く張りの糞婆というイメージが強い彼女だが、何だかんだ言っても数百年の時を生きる魔女。その豊富な知識と技術は偉大だ。
俺は縋るような目で彼女を見つめ、次の言葉を待つ。
「ステータス的にはほぼカンストに近い。残念ながらそれ以上伸ばす事は出来ん。だが、戦い方や技術次第ではまだまだ伸びしろはある」
エニルは一旦言葉を区切り、俺に近づき人差し指で俺の胸元を軽く突く。
「話は変わるが時にたかしよ、お主私の事を業突く張りの絶世の美女と考えておらんか?」
「へ?」
突然の質問に、思わず間の抜けた声が漏れる。
まさか考えていた事が読まれてたのか!?
いや、別に美女とかは考えてないけども!?
自分の心が見透かされたようで狼狽える。
「どうじゃ?」
「い、いや。そんな事は……」
「顔に出ておるぞ?お主は本当に分かり易いな」
エニルは腰に手を当て、小さく一つ溜息を吐く。
そしてそのまま後ろを振り返り、坂神へと声をかける。
「ティアよ、即死魔法と蘇生魔法。仮に世間一般で習得しようとした場合、授業料としてはどの程度が妥当か?」
エニルの質問に対し、ティアはプリンを羽交い絞めにしたまま口元に指を添え、可愛らしく考えるそぶりをしてから答える。
「んー、そうですねー。世間一般的にはもう失われたとされる魔法ですし、値段は付けられないんじゃないかと?」
「それでも無理につけるとしたら?」
「数億、いや数十億位でしょうか?」
「まあ恐らくその辺りになるじゃろうな」
坂神の方を向いていたエニルが、したり顔で此方に振り向く。
「聞いたか?たかしよ。本来数十億するような技術を私はポンと気前よくお主に教えてやっているのだ。それを少々小銭をとられた程度で、ギャーギャー喚くのはどうかとは思わんか?」
「習得をーサポートしたー、レルにもーもっと感謝して欲しいですー」
まあこの際タヌキは置いておいて。
エニルには感謝しているし、授業料を払えと言うなら頑張って稼ぐのも吝かではない。
問題は集金の仕方だ。
いくらなんでも余裕が無さすぎる。
「言いたい事は分かるけどさ、あんなふうに生活にも支障をきたすレベルで集られたら、そりゃ印象も悪くなるよ」
「ふむ、まあそこは反省するとしよう。少々意地悪が過ぎたようだな」
「エニル様はー底意地が悪いですからー」
バゴォン!という音共にレルが夜空へと消えていく。
お星さまになったレルに両手を合わせて祈る。
どうか迷わず成仏しますように。
「見事な蹴りです!師匠!」
「うむ、まあ何が言いたいかと言うとじゃな。お主にとって貴重な技術なのだから、ちゃんと感謝しろと言う話だ。そうでなければ教えてやる気になれん」
そりゃそうだ。
恩を仇で返すと迄は言わないが、真面に感謝してくれない相手に無償で教えるなんて馬鹿らしいよな。
本来エニルには俺に何かをする義理なんてものは無い。
それでも命を助けてくれたり、こうやって道を示そうとしてくれる彼女の優しさには、きっちりと感謝を示さなければならないだろう。
「借りはどれだけ時間が掛かってもちゃんと返す。だから教えて欲しい。どうすれば俺は強くなれるのかを」
「まあいいじゃろ。ではとくと聞け!」
エニルは此方を真っすぐに指差し、力強く告げる。
「お主が習得すべきは、気配察知強化と冷気の魔法じゃ!」
「気配察知と冷気の魔法?」
「うむ。これ二つはお主の弱点を克服するための技術だ」
何故その二つが俺の弱点克服に繋がるのか。
理解できずに首を捻る。
「血に弱いお主は血を見ると貧血を起こす。つまり見なければいい!」
「いや、それは俺も以前考えた事があるんだけど。結局血飛沫とかが体に付くと、見えなくても貧血をおこしてしまうんだよ」
実は目を瞑るのはもっとも最初に試した手だ。
結局、相手の血飛沫が掛かったりすると見えてなくとも気持ち悪くなってしまう。
しかも目を瞑っている状態だと、血かそれ以外の液体かも区別がつかず、相手の汗や涎が体に付着しただけで血と勘違いして気持ち悪くなってしまう始末。
「血飛沫など躱せばよい」
「あ……」
飛んでくるなら躱せばいい。
そんな単純な事なのに、考えもしなかった。
「だが今のお主の能力ではそこまでの感知は難しかろう?だからそこを強化する」
「レルはー、それぐらいー余裕ですよー」
いつのまにやら帰って来ていたレルが横から口を挟む。
「へたれさんはー、その程度もー出来ないんですかー」
プププと口を押さえて笑う姿にイラっときて、思わず蹴り上げる。
再び空高く消えゆくレルを眺め、今度こそ成仏しますようにと真剣に願うばかりだ。
「えと、気配察知は分かるだけど。冷気魔法はどう役に立つんだ?」
「あ、そっちは私にもわかるわ!血を流させずに相手を弱らせるためですよね!」
「ふふふ、流石は私の弟子だ。と言いたいところだが、それだけだと70点じゃな」
えー、自信あったのになー。
などと呟く。
未だぐずるプリンを羽交い絞めにしたままで。
いい加減離してやれよな。
「で、残り30点は?」
「残りは血液を回避ミスした時用の保険じゃな。回避ミス=敗北など条件がきつすぎるからの」
確かに格下相手ならともかく、強敵相手に汗や血飛沫に迄完璧な回避を求められるのは少々きつい。
「極低温の結界に閉じ込めて戦えば、体外に放出された血など一瞬で凍り付く。凍ってしまえば只の赤い氷でしか無かろう?」
成程と、納得。
冷気の魔法を覚えたとしても、近接戦が無くなるわけではない。
何故ならすべての敵に冷気が有効だとは限らないからだ。
だがダメージを与えられなくとも、冷気の魔法はそう言った相手にも有効な保険となるわけか。
もっとも、凍った血ですら駄目な可能性もあるが。
だがダメもとでもやってみる価値はある。
「では今から早速修業じゃ!」
「師匠!よろしくお願いします!」
何事も形から。
俺は襟元を正し、礼儀正しくお辞儀した。
「たかし!私も手伝うわ!」
「私も……私も手伝います!!」
「ありがとう。プリン」
「ちょっと!何でプリンにだけお礼を言うのよ!私にもハグして好きだよって言いなさいよ!」
「言うか!お前は帰れ!」
3日目には教えるのに飽きたの一言で、続きは氷の女王に習えと追い出されました。
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