第21話 たかしよりプリン

しゃがみ込んで足元の薬草を引き抜く。

引き抜いた草と覚書を照らし合わせ、齟齬が無い事を確認し背中に背負っている籠に突っ込む。

立ち上がり辺りを見渡すが、もう周りにはそれらしい草は生えていない。


顔を上げ木々の隙間から空を見上げると、温かい春の日差しが目に眩しく映える。


長い長い冬が終わった。


エニルに搾り取られ。

坂神から貞操を守り抜き。

レルを蹴り飛ばす日々。


そんな長い冬が遂に終わりを……うん、冬全然関係ないな。

そもそも俺の人生に襲い狂う冬は、全く終わる気配を微塵も感じさせてはくれていない。


「はぁ……」


全く先行きの見えない人生に、ついつい溜息がでてしまう。


「何とかならんもんだろうか」

「安心するがいい。死ねばすべての悩みは消えてなくなる」


声と同時に、全身を貫くような殺気が降り注ぐ。

声の主を探すよりも早く、俺は咄嗟に後ろへと飛び退いた。


次の瞬間、先程まで自分がいた空間に一筋の剣閃が煌めく。


「ほう、今の一撃を回避するとは。人間にしてはなかなかやるではないか」


奇襲をかけて来た人物は尊大な態度で言葉を放つ。


いや、人物ではないな。

目の前にいるのは、まるで炎を思わせる真っ赤な毛並みに、蝙蝠の様な翼を背に持つ猿だ。そしてその手には漆黒の鎌が握られていた。

先程の一撃はこの鎌によるものだろう。


相手を睨みつけながら思考を巡らす。


攻撃の直前まで気配を感じられなかった。

その手並み、隙の無い立ち居振る舞いから感じられるその力量は、恐らく坂神と同等レベル。


不味いな。

単純な強さだけなら確実にこちらが上だ。

だが此方には致命的な弱点がある。


坂神はTSにリソースを多く割かれている為か、基本スペックは俺よりも一段階劣る。だがそれでも、本気で殺し合いをすることになった場合は十中八九坂神が勝つだろう。それほどまでに俺の弱点の影響は大きい。


ここはやはり逃げるべきか。

そう判断し、地面を蹴り飛ばして土で相手の視界を遮ろうと動く。

だがそれより一瞬早く、相手が魔法を使う。


相手の体から影の様な物が放たれ、辺りを覆い尽くす。


一瞬毒かとも思ったが、違う。

これは……


「逃げられても興ざめなのでな、結界を張らせてもらった」


やらかした。

敵と戦うときは常に相手の魔力の流れに気を付けろ。

そうエニルには教わってたってのに。


魔力の流れに気づいてさえいれば、どういった魔法かぐらいかは気づけたはずだ。

間抜けに閉じ込められた自分が恨めしい。


「さて、好敵手にはちゃんと名乗っておかんとな。我が名はエーテ!魔界を治めし十傑が1柱!魔王エーテ!」


自分に酔いしれてか、空いている片手を胸に置き。

天を仰ぎ見るかの様に視線を上に移し、大声で猿が叫ぶ。

腹立たしい事に、そんなふざけた立ち居振る舞いにも限らず、猿に隙は一切生じていない。


「嘘つけ!魔王がこんな所に来る訳ねーだろ!」


今自分が薬草採収へと訪れている森は、パーナスから少し西に向かった先にある場所だ。こんな魔族領からは遠く離れた場所に魔王など来るはずがない。


「我が一撃を躱すほどの腕の持ち主ならば、気づいているのだろう?我が言葉に偽りが無い事を」


これから殺す相手に嘘を吐く意味はない……か。


結界を張った以上事実なのだろう。

結界なんてものは一度張ってしまうと、それを張った本人だって簡単には抜け出せない。自分が負ける事なんて想像していないからこそ、結界で俺を閉じ込めたのだ。


まあ世の中には、特に意味もなく嘘を吐くレルのような奴もいるから、絶対とは限らないが。


「さて、そちらも名乗ってはどうかね?まあ無理強いはしないがね」

「俺か?俺の名前は彩堂たかしだ!」


名乗りと同時に地面を抉るように蹴り上げ、相手へと大量の土砂を飛ばし、先程中断した作戦を続行する。

もっとも今度は逃げる為ではなく、即死魔法をぶちかますための隙を作る為だが。


大量の土砂を浴び、相手が怯む。


その隙に右掌にイメージを構築し、そこに魔力を練り込み魔法を完成させる。

エニルなら完成までのステップを同時に行って見せるのだろうが、残念ながら俺には無理だ。

だからこそ隙を作る必要があった。


俺の手から放たれた死を司る不可視の魔法は、静かに音もなく、それでいて高速で奴に迫り。見事に着弾する。


よし!

決まった!


実力的に即死魔法が成功するかは5分程度だろう。

だがたとえレジストされても、相手の体へはそうとうな負荷がかかる。

その隙を突いて、2発目3発目を放って始末すればいい。


上手く事が運んだことによる歓喜の気持ちを押さえつつ、再度魔法を生み出す。


だがそこで異常に気づく。

魔法の直撃を受けたはずのエーテが、顔色一つ変えずに此方を見据えている事に。


「馬鹿な!即死魔法は直撃したはずだ!」


レジストどころか全く影響を与えていない事に狼狽え、驚きの余り声を上げる。


「なるほど、今のは即死魔法か。とんでもない魔法を使ってくれるものだ。直撃していたらと思うとぞっとするな」


ぞっとするよも何も、間違いなく直撃していたはず。

何故利かない!?


「随分と混乱しているようだな?まあ、もったいぶるのは性に合わんのでね。答え合わせといこうか」


そう言うとエーテは、此方に見える様に両掌を向ける。


!?

その手には、先ほどまで握られていたはずの鎌が……ない!


その事に気づいた次の瞬間、ザクッという音と共に腹部に衝撃が走り。

焼けつくような痛みが脇腹を襲う。


「ぐ、ああ……」


視線を下に落とすと、エーテの手にしていたはずの鎌が脇腹に突き刺さっている。

そしてその刃の部分には、大きな目が開かれ此方を睨みつけていた。


「まさか……」

「そう、私が本体だ」


瞳がにやりと笑い。

俺の脇腹から抜け、猿の手へと空中を旋回し戻っていく。


「エーテなんて名前だから、本体は猿だとでも思ったか?」


愉快そうに話すエーテを睨みつけながら、俺は両膝を地面についた。


荒い息を押さえ、何とか立ち上がろうとするが体に力が入らない。

頭から血の気が引き。

鼓動が跳ね上がり、手足に力が入らず、堪らず両手まで地面につく。


消えいりそうな意識を必死でこらえるが、今にも気を失ってしまいそうだ。


「おやおや、随分と大袈裟な奴だ。そこまでのダメージを与えた覚えはないぞ?油断を誘う作戦か?」


作戦ならどれ程良い事だろうか。

だが違う。

自分の腹から流れる血を見てしまったせいだ。


「ふむ、どうやら演技ではない様だな。体調不良か?少々興ざめだが仕方ない。好敵手ではなく、おもちゃとして遊ばせてもらうとするか」


くそが!

こんな……こんなところで死ぬわけには……


猿の両足が霞む視界に移る。


情けない!

情けない!情けない!情けない!


1度目は事故だった。

自力ではどうしようもなかった。

だが今回は違う。


どうにでも出来たはずだったんだ!


それなのに……

神様…すいません……




「ふむ、不味いな」


エニル様がスプーンの手を止め、深刻そうに呟く。

何があったんだろう?

御漏らしかな?


「どうかしたんですか?師匠?」


ティアさんが業突く婆の戯言に喰らいつく。

暇な人だ。


「このままではたかしの奴、死んでしまうな」

「「ええ!?」」


プリンちゃんとティアさんが驚いたように声を上げる。

死んだって生き返らせればいいだけなのに、大袈裟な反応だ。


「それはー、たいへんですねー」


あまり興味はないが、一応返事しておく。

無視すると、後でどんなお仕置きが待っているか分かったものでは無い。


そんな事より今はプリンだ。

皿の上でプルプルツヤツヤと震えるプリンをスプーンで掬う。

これを生み出した人は天才だ。

スプーンの上で揺れる姿すら愛おしい。


「レル。呑気にプリンなど食っておる場合ではない。たかしの奴を助けに行ってやれ」

「えー、いやですー。エニル様がー、御自分で行かれればーいいじゃないですかー」


ヘタレさんと甘蜜屋限定1日100個のスーパープリン、どちらが大事かなど比べるまでもない。


「馬鹿を言うな!私にプリンを置いて行けと言うのか!?」

「ちゃんとーわたしがー、代わりにー食べておいてあげますー」

「ぬかせ!それは此方の台詞じゃ!はよういけ!」

「いーやーでーすー」


読めてきました。

ヘタレさんは口実で、体よく私からプリンを奪う気だと。

そもそもあの人かなり強いのに、そう簡単に死ぬわけがありません。


「だいたいー、近くの森でのー薬草採収でー、どうやってー命を落とすって言うんですかー?」

「魔王じゃ。何故かは知らんが、奴は向かった森で魔王と遭遇しておる」


何を言い出すかと思えば、冗談は歳だけにして欲しいところ。


「し、師匠。いくらなんでも魔王ってのは流石に……」

「事実だ。だが私はプリンを捨ててまで助けに行くつもりはないぞ」

「レルもですー」

「だったら私が!」

「今から向かっても間に合わんよ、転移系の魔法が使えんと」

「そんな……」

「世の中ーあきらめが肝心ですー」


ティアさんはがっくりと項垂れているが、特に気にも留めずに掬ったプリンを口に運ぶ。口の中いっぱいに幸せの色が広がり、至福の時を噛み締める。

私は更なる至福を得るべく、スプーンを再び皿へと近づけた。


だがその行為は袖を引かれ、中断する羽目に。

至高の瞬間を妨害してきた邪魔者へと目をやると、大粒の涙を両目からボロボロと流しながら、聞き取りにくい鼻声で訴えかけてくる。


「あ……あの…、た…たかしさんを……ひっぅ……た……助けて……くだ……くだしゃい……」

「レルちゃん!私からもお願い!ダーリンを助けてあげて!」

「えー」


死んだって蘇生させればいいだけなのに、本当に大げさな人たちだ。


「次来るとき私の分上げるから!」

「え!?」

「わ…わたしの……ぅっ……あげます…から…」


1+1+1は3!


「そういう事なら――」

「レルに任せてください!!」


エニル様の言葉を遮り、勢い良く立ち上がって私は転移魔法を発動させた。



視界に黒い霧が広がる。


魔法による霧状の結界。

その結界を蹴り破り中へと飛び込む。


「貴様何者だ!?どうやって入ってきた!?」


赤毛の猿がキーキーわめく。

その猿の足元に、ボロボロのたかしが転がっていた。


「えっとですねー、蹴り破ってですー。こんな感じにー」


何だか無性に腹が立ったので、言葉と同時に突っ込んで回し蹴りを叩き込む。

鎌でガードされたが気にせず蹴りまくる。

鎌の方を。


「その鎌がー本体ですねー。待っててくださいねー、今直ぐー蹴り折ってあげますからー」


話ながらも鎌を蹴りまくる。

鎌にひびが入り、もう一息の所で傀儡子が鎌を上空に放り投げた。


「上にー投げたってー、逃がしませんよー」

「追うのは良いが、その男は死ぬぞ?」

「ほぇ?」


次の瞬間、傀儡子が青く輝き爆発する。

凄まじい衝撃が地面を抉り、辺りの木々をなぎ倒し巨大なクレーターを生み出す。


「あららー、逃がしちゃいましたー。しっぱいしっぱいー」


魔王の気配はもうない。

咄嗟にたかしを担いで回避したせいで逃げられてしまった。


「まあ、いっかー」


目的はたかしの救出なのだから、細かい事は気にしない。

死んではいないと思うが、一応確認のため声をかける。


「大丈夫ですかー?」

「レルか……すまん……助かった……」

「これはー、おーきなおーきなー貸しですよー」



~result~最終結果


ヘタレさんのお陰で、プリンをゲット!

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