第16話 新年
天を仰ぎ太陽を眺める。
今日も良い天気だ。
「なんか今日は良い事起きそうだ」
快晴の朝日を全身に浴び、何か良い事が起きそうな予感から口にする。
「うふふ、朝一いい事起きちゃったわよ。明けましておめでとう、たかし」
「明けましてーおめでとうってー、なんですかー?」
「新年のあいさつよ。レルちゃん」
「変な挨拶じゃのう?別にめでたい事等何も起きてはおらんと言うのに」
「私も由来とかは良く知らないんですけど。多分年を越せる事自体がめでたいって事なんだと思います。師匠」
「なるほどのう」
俺の予感は口にした瞬間外れる。
視線を下におろすと、疫病神共が俺の横に雁首揃えて立っていた。
何でこいつらは気配を完全に殺して近づいてくるんだ?
「どう!この晴れ着に合う?」
両手を広げ優美に一回転したのち、坂神がウィンクを飛ばしてくる。
勇者としての力を与えられている俺は、神がかり的な速さでそれを華麗に回避。
「ちょっと!何で避けるのよ!」
「世界平和の為だ」
世界を救う使命を帯びている俺が、こんな所で倒れるわけには行かない。
俺は不満そうにぶつぶつ言っている坂神の酔狂な振袖を眺める。
金地に青いバラと赤い蝶の描かれているそれは、ド派手かつ悪趣味極まりない。
こんな色彩の振袖を着るのは、テレビタレントかおねえ位の物。
流石元男だけはある。
「それで?何しに来たんだ。クエストでも手伝ってくれるのか?」
「相変わらず面白い冗談を言う奴じゃのう」
何一つ面白い事など申しあげておりませんが?
結局、坂神の手を借りて行った去年最後のクエストの報酬も、ほぼすべてエニルに巻き上げられている。
お陰で新年早々仕事をする破目に。
「俺を見張ってるんなら分かってると思うけど、俺はこれから仕事だぞ。手伝わないんだったら、何しに来たんだ?」
「見張るとはオーバーじゃのう。日々成長する弟子の姿を師として見守っておるだけじゃ」
「暫くは1ミリたりとも成長する予定はないんで、頼むからほっといてくれないか?」
「本当に面白い冗談を言う奴じゃのう」
頼んだ俺が馬鹿だった。
「まあ何にしろ、俺はこれから仕事があるんで失礼させてもらうよ」
「えー。一緒にー蟻さんを潰してー、遊びませんかー」
可哀そうだから楽にしてやってたんじゃないのかよ?
道端にしゃがみこんで、せっせと蟻を指先で潰すレルを見て疑問が浮かぶ。
「そういやなんで冬なのに蟻が居るんだ?」
「働き蟻さんはー年中無休ですー」
「蟻は強い生き物じゃからな、冬場も女王のためモリモリ働いておるぞ。まるで誰かさんみたいじゃな」
誰が働き蟻だ!
絶対いつかこの状況から抜け出してやる!
「ごめんねーたかし。これから師匠たちと新年大売り出しのセールに行くから、クエスト手伝ってあげられないの。一人で大丈夫?」
「護衛のクエストだから問題ないさ」
護衛の場合、魔石や素材の収集は必要ない。
魔物に襲われても即死させて放置しておけば問題無い為、まさに俺向きのクエストと言える。
難点を挙げるなら、護衛系の仕事自体ほとんどギルドには回ってこない事だろう。
大抵の行商人はギルドを通さず、固定の人材を雇う。
ギルドに頼んだ場合、最悪誰も仕事の引き受け手が現れず、立ち往生する可能性が出てくるからだ。
その為、ギルドに回って来るのは突発的な物しかなく、護衛の仕事が募集される事は少ない。
「護衛の仕事?珍しいわね?」
「商隊の穴埋めではなく、個人の依頼じゃな」
俺の代わりに、当たり前のようにエニルが答えた。
更には言わなくてもいい内容まで付け加える。
「因みに、依頼主は女で二人旅じゃ」
「何ですって!たかし!まさか新しい女を作る気じゃないでしょうね!!」
新しいも何も、俺の人生に恋人がいた事など一度もないのだが。
興奮した坂神が、鬼の様な形相で俺の襟首を絞め上げてくる。
「落ち着け、坂神。只の仕事だ」
「新年早々女と二人で旅行に行くのに、仕事も糞もないでしょうが!」
仕事以外何物でもないのだが、人の話を聞く気はなさそうだ。
このまま坂神の相手をしていては遅刻してしまう。
仕方がないので、興奮を鎮める為俺は即死魔法で坂神を優しく眠らせた。
坂神の鼓動が止まり、ゆっくりとその場に崩れ落ちる。
晴れ着が汚れたら可哀そうだと思い、崩れ落ちる坂神の体を抱き止めレルに託す。
「悪いけど、俺仕事あるから代わりに蘇生しといて」
「お主えげつないな」
「もうあんまり時間無いんだ。それじゃ」
蘇生後数時間は意識がぼーっとしたりするから、新年大売り出しにはいけないかもしれないが、まあこの際仕方が無いだろう。
許せ坂神。
俺は仕事に向かうべく、その場を後にする。
後々、お詫びにキスさせろと坂神に2時間ほど追いかけまわされました。
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