第15話 友達
「はぁ……」
財布の中身を数えて溜息を吐く。
生活費3日分……
石川啄木の、働けど働けど猶わが生活楽にならざりという言葉を思い出す。
まあ別にそんなに働いてはいないが。
昨日はあの後、3人に飯を集られた。
しかも高級レストラン・ズミイカタで。
坂神は兎も角、狂ったように口という名のブラックホールに飯を放り込む二人のせいで、見事にすっからかんだ。
何で報酬9割も持っていかれて、更に飯迄奢らにゃならんのだ。
俺はとぼとぼと重い足取りでギルドへと向かう。
昨日坂神がクエストを手伝ってくれると約束してくれたので、その言葉に甘える為だ。
坂神とは出来る限り距離を置きたいのだが。
それこそ天文学的な距離を。
しかし背に腹は代えられない。
クソ狸と婆に面倒臭いという素敵な理由で断られた以上。
生きる為の苦渋の決断だ。
クエスト報酬が手に入ったら、3人の魔の手が及ばぬ地へとホームを移そう。
俺はそう心に決めて、ギルドの扉を開く。
扉を潜って中を見渡すが姿が見当たらない。
どうやら坂神はまだ来ていない様だ
仕方がないので、先にクエストを選んでおこうとボードへと向かう。
狙うは索敵が簡単かつ強力な魔物を狩るクエストだ。
何せ所持金が心許ない。
レルがいない以上、索敵に時間がかかる様な物は少々厳しいだろう。
最悪坂神に金を借りてクエストの準備金に充ててもいいのだが、これからばっさり人生から切り捨てようという相手に、そこまでさせるのは流石に心苦しい。
そんな事を考えながら、ボードに貼ってあるクエストを吟味していると、突然横から声をかけられる。
「おまえがたかしか?」
声の方に振り向くと、恐らく2メートルはあろう長身な男が俺を見下ろし立っていた。
「ああ、そうだけど?」
答えたとたん、男に胸倉を掴まれ持ち上げられる。
いきなりの事に驚きつつも、俺は抗議の声を上げた。
「いきなり何しやがる!」
「それはこっちの台詞だ!ふざけた真似しやがって!」
は?なにが?
意味が分からず、足を横にぶらんぶらん揺らして言葉の続きを待つ。
「人のクエスト横取りした上に、パーティーメンバー迄引き抜きやがって!」
クエスト横取り?
パーティーメンバー引き抜き?
まるで心当たりがない事を、男は口にする。
いや待てよ?
クエストの横取りってティラノアントの事か?
そういやSS級チームがこの街に来てるってダレンが言ってたな。
その目的がティラノアント討伐なら頷ける。
「クエストの事は悪かったと思うが、魔物に襲われて仕方なく退治したんだ。事故だと思ってあきらめてくれ」
レルが引っ張ってきたのを倒している以上、襲われたというのは真っ赤な嘘だ。
しかし、狙って横取りしましたとか言ったら火に油を注ぐだけなので、ここは方便として切り抜ける。
どうせバレ無いし問題ないだろう。
「事故だと!?だったらティアの件はどう説明つける!」
ティア?誰それ?
全く身に覚えがない。
「ティア?誰だそりゃ?引き抜きって人違いじゃないのか?」
「ふざけんな!ティア・シトラスだ!知らねぇとは言わせねぇぞ!」
知らないとは言わせないとか言われても、全く知らないんですけど?
とりあえず。
「服伸びるから降ろしてくれないか?」
言われて男は素直に俺を降ろす。
まあ降ろさないなら腕をへし折ってやるつもりだったが、穏便に済んでよかった。
「本気でティアとか知らないぞ。クエストはティラノアントの事だよな?」
「ああ、そうだ。て言うか、ほんとにティアの事知らないのか?」
男も少しい落ち着いたのか、幾分か声のトーンがましになる。
とは言え、未だに剣呑な眼差しで此方を睨んでいる事には変わりないが。
「いや、まじで知らないんだが?人違いじゃないのか?」
「でもお前たかしなんだろ?ティアはたかしとチームを組むから抜けるって言ってたぜ」
俺と同じ名前だな?
同名の別人か?
珍しい事もあるもんだ。
「どうやら人違いだったようだ。すまん許してくれ」
俺の様子から人違いだったと気づき、頭を下げてくる。
俺、こうやって自分の間違いを素直に認めて謝ってくる奴って、嫌いじゃないんだよな。
「頭を上げてくれ。間違いは誰にだってあるさ。服も伸びてないし、俺は気にしてないぜ」
「すまねぇ」
俺はスッと自分の左手を差し出す。
その手を男は左手でガッと握る。
「へへっ」
「ははっ」
ひょっとしたらこいつとは友達になれるかもしれない。
新たな友情の始まりだ。
「あ!たかし!遅れてごめんね」
声に振り返り応える。
「坂神おせーぞ」
「ティア!」
「「へ?」」
同時に声を出し、そしてハモる。
「バウンズ!あんたまさかたかしにちょっかいかけてないでしょうね!?」
そういや坂神は今、ティアって名乗ってたな。
友達、出来ませんでした。
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