第13話 天国から地獄
ギルドの扉を潜り、まっすぐに清算窓口へと向かう。
気分が高揚し、思わずスキップしそうになる。
何せ今俺の腰にかけてある3つの革袋には、それぞれ魔石とオーガの牙が種類ごとに大量に詰められており、極めつけはティラノアントの大きな魔石だ。
基本的に魔石はサイズと種類で価格が決まる。
特にサイズが値段に大きく影響するため、女王蟻から回収した魔石の価格は相当な額になるはず。
そう考えると、ついつい頬が緩んでにやけてしまいそうになる。
「B112番のクエストの清算と買い取りをお願いします」
わくわく気分をぐっと堪え、ベルトから紐をほどきカウンターへと置く。
ギルドの清算窓口では、クエストの清算だけではなく、魔石やアイテムの素材となる魔物の特定部位の買取も同時に行ってくれる。
「承りました」
中身が大量に詰まった革袋に驚きの表情を見せつつも、手早く袋の口を開け中をチェックする。事務員が3つ目の袋の中身を検めた所で顔を顰め、中に入っていた大きな魔石を手に取り聞いてくる。
「失礼ですが此方の方はどういった経緯で?」
「え、ああ。北の渓谷で大型の魔物を討伐してだけど」
「渓谷で大型の魔物を討伐?ですか?」
事務員が疑わしげに聞き返し、気まずい空気が流れる。
世の中には、強力な魔物の魔石を収集する好事家もいる。
その収集物を盗んで換金しに来たと思っているのかもしれない。
血を見るだけで戦えなくなる俺が、大きな魔石を持ち込めば疑われるのも当然だ。
迂闊だった。
少し考えれば解る事だったのに、浮かれて完全に頭から抜け落ちていた。
どう説明すれば納得してもらえる物かと、顎に手を当て思案に暮れる。
「その魔石はー。レルとたかしさんでー、取ってきたんですよー」
突然の声に横を振り向くと、レルがいつのまにやら俺の横に。
神出鬼没にも程がある。
「え!あ!貴方は先日登録されたSSクラスの」
「レルですよー」
問われてレルは元気よく返事する。
何しに来たんだとは思いつつも、レルのお陰で余計な面倒事が回避できそうだとほっと胸を撫で下ろす。
同じSSクラスでも俺とレルでは信用度がまるで違う。
なりたてとは言え、SSクラスが口添えすれば疑いは一瞬で晴れる。
それ位SSクラスというハイブランドの効果は絶大だ。
そしてそんな強力な肩書を持ってしても、悲しい事に俺の信用度はほぼ0だ。
「物凄く大きな魔石なのですが、これはいったいどんな魔物から回収されたのでしょうか?」
「ティラノアントさんですー」
「んなっ!少々お待ちください!今確認します!」
そう叫ぶや否や、事務員は計りの様な物の上に魔石をのせ魔力を籠める。
魔力を籠められた計りは台の部分が薄っすらと輝く。
光は数秒明滅した後、チーンという音と共に消える。
「これは、確かにティラノアントの物ですね。近隣で出没して、SSランクのクエストで討伐依頼されていたものかと」
「そうなんですかー」
「少々お待ちいただいてよろしいですか?本来クエストを事前に受けておられない方へはクエストの清算ではなく、只の魔石の買取となってしまうのですが。ティラノアントの討伐は緊急性の高い物でしたから、一旦上に確認させて頂きますね」
「いいですよー」
レルの返事を聞くと事務員は窓口から飛び出し、いそいそと奥の扉へと向かう。
事務員が出て行ったことで窓口は空になるが、マジックアイテムや魔法関連で高いセキュリティが施工されている為、特に問題は無かったりする。
「助かりーましたかー」
レルがニコニコしながら俺の顔を覗き込む。
その態度からタヌキの意図が透けて見えた。
「お前。わざと俺が困るまで待ってただろう」
「えへへー。その方がー、ありがたみがー増すかと思ってー」
えへへじゃねぇよ!このクソ狸!
無駄に腹黒い事考えやがって。
「エニル様がーヘタレさんが困るからー、助けに行けってー言われたんですー。レルー、偉いでしょー」
「偉いのはエニルであってお前じゃねぇよ」
「ええー。せっかくー助けてあげたのにー、レルショックですー」
黙ってそのままショック死してろ。
しかし完全にエニルには、俺の行動が読み切られてるな。
やはり恐ろしい魔女だ。
「ヘタレさんはー意地悪ですー」
人の事をヘタレ呼ばわりする奴に、意地悪呼ばわりさる謂れなど無い。
ふてくされたのかレルはその場にしゃがみ込み、ギルドの床に指先でボスボス穴を開けだす。その姿を見て、いじけちゃって可愛いな等と思うはずもなく、慌ててレルの脇に手を通し体を引き上げる。
「何をーするんですかー?」
「それはこっちの台詞だ!」
こんな所をギルドの職員に見られたら偉い事だ。
折角稼いだ金が弁済に飛んで行ってしまう。
本当に厄介なタヌキだ。
「随分と楽しそうね?」
突如背後からかけられた女性の声に振り返る。
そこには、坂神が般若の形相で仁王立ちしていた。
「さ、坂神」
「ティア・シトラスよ!それで?今あなたが抱きしめてる女は誰?」
坂神に言われて俺はレルを引き上げた体制が、後ろから抱きしめる形である事に気づき手を離す。
「もう一度だけ聞くわよ?誰?」
今にも「ああん」とか「おおん」とか言い出しそうきつい目つきで、俺の顔を下から睨んでくる。
その余りの迫力に思わず恐怖で身がすくむ。
「レルはーたかしさんのー、愛人ですー」
このクソ狸!何堂々と嘘ついてやがる。
面白そうな状況と判断したのか、レルが悪乗りする。そんな奴の顔面に全力でグーパンをぶちかましてやりたいところだが、蛇に睨まれた蛙状態の今の俺にはそれは難しい。
すると突如坂神が俺から視線を外し、後ろを向く。
「そっか、恋人いたんだ。だからあたしが迫った時逃げ出しちゃったんだね」
坂神の寂しげな背を見て思う。
恋人の居る無しは全然関係ないと。
しかしこれ、このままの流れなら坂神との縁を断ち切れるんじゃね?
レルの悪乗りに一瞬イラっとさせられたが、怪我の功名とは正にこの事だ。
俺はダメ押しをすべく口を開く――より早くレルがとんでもない事を言い出す。
「私はー愛人ですからー。恋人とかー、正妻の座はー空いてますよー」
余りのアホな発言に口をパクパクさせていると。
坂神が振り返り、満面の笑顔で高々と宣言する。
「だったら正妻の座は私が頂くわ!」
「いいですねー。2人でーへたれさんとー、キャッキャうふふしましょうー」
「ええ!でも私が正妻だから右は私のポジションよ!」
「じゃあーレルはー、上に陣取りますねー」
上ってなんだよ!
某人気漫画の主人公よろしく、俺の頭の上に乗るつもりか!?
ぬおお――っ!!!!!じゃねぇんだよ!
「うふふ、レルちゃんって面白いわね。あたし断然気に入ったわ。これからよろしくね」
「はいー。二人でーヘタレさんをー、からかいましょうー」
「いいわねそれ!楽しそう!」
俺の事を無視してどんどん話を続ける二人を前に思う。
早く職員さん返ってこないかなーと。
二対一で完全敗北。
厄介なストーカーが出来ました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます