第4話 エニルの森

トレント

枯れ木や倒木が変異して生まれる魔物。

攻撃性は低く、魔物の中では温厚な部類に入る。

その為此方から攻撃しない限り、基本的に人間を襲うことは無い。

所謂ノンアクティブというやつだ。


俺の今回のクエストはこいつの討伐だ。


人に危害を加えない魔物である以上、討伐の必要は無いように思えるが、こいつを放って置くとトレントを餌とする魔物が寄ってきてしまうのだ。

その為、街から近い位置の森に生息するトレントは、数が増えすぎないよう定期的に討伐される。


今俺が居るのは、パーナスのすぐ東に位置するエニルの森だ。

この森の名の由来は、かつて魔女エニルが自身を魔法で森に変えたという逸話からくるもの。

その為この森には、魔女の邪悪な意志が渦巻いていると言われている。


勿論これは、子供が危険な森に近づかないようにするためのお伽話にすぎない。

そもそも、魔女が自分を森にするなど意味不明にも程がある。

ちょっと考えれば無理のある話だと分かる事だが、子供たちを嚇す分には十分なのだろう。

でなければ、こんなわけの分からない与太話が延々引き継がれる筈も無い。


「ふぅ……」


吐きだす息が白く曇る。


今はレネ歴246年、影の月70日目。地球でいう所の12月にあたる。

もう少しすれば雪も降って来るだろう。

そうなれば冒険者の仕事は激減する。


冬場は魔物達の多くが冬眠につく。

餌もないのに無駄にうろつけば、いくら魔物と言えど餓死してしまうからだ。

その為、雪解けが近づくまでの間は討伐系のクエストはほぼ無くなる事になる。


アレンの好意でしばらくパーティーに在籍できていたお陰で、今すぐに干上がってしまう心配はない。

だが冬を越すのに十分かと問われれば、正直心許ない。


「早くなんとかしないと……」


焦りからか、つい声が溢れてしまう。


トレントの討伐依頼はそう多くない。

この冬を越せても、このままではいずれ行き詰まる。

討伐数の少ない強力な魔物を討伐するという手もあるが、一人では魔石の回収は厳しい。


魔石


魔物の体内にある心臓の様な物だ。

これの有無が、通常の生物と魔物との境界となる。

姿形や生態が似ていてもい、魔石があれば魔物。なければ野生動物に分類される。


討伐クエストはこれを回収する事で、証を立てる事になる。

逆に言うと、どれだけ魔物を倒しても、魔石を回収しなければクエストを達成したとは認められないのだ。


そして当然魔石は魔物の体内にある。

血を見て貧血を起こす俺が、魔物の腹を掻っ捌くとかできる訳がない。


お供を連れて行き、自分がダウンしている間に回収して貰う手もあるが。

だが魔物が複数いた場合、お供の身に危険が迫る事になる。

その為、一匹倒すだけでダウンしてしまう俺のお供を買って出るお馬鹿さんは居ない。


「まあ、考えてもしょうがない」


森に入った俺は、足元の落ち葉を踏み鳴らしながら、ずんずんと森の奥へと進んでいく。

普通は音を立てないよう慎重に進むべきなのだが、この森に出てくる魔物程度なら襲われても問題無い。

勿論襲われても返り討ちにするから大丈夫なのではなく、攻撃されてもノーダメージなので、相手が飽きるまで放置するという意味でだ。


この森で出てくる魔物の代表格は、トレントを主食とするウルフ系だ。

彼らの爪や牙など、俺からすればグミやマシュマロの様な物。

傷一つ付くことは無い。

困ったことがあるとしたら、涎でべとべとになる位のもの。


そんなどうでもいい事を考えながら森の奥へと進んでいくと、先の方から気配を感じ足を止める。


この感じはトレントだ。

数は四匹。いや違う。

トレントの気配は三つだ。

そして残り一つは……


俺は大地を蹴り、木々の間を器用にすり抜け疾走する。

万一の事態に対処すべく俺は急ぐ。


ふいに開けた場所へと飛び出た。

そこで俺の視界に飛び込んできたものは、小さな女の子と、それを取り囲むトレント達の姿だ。


子供が何でこんな森に?

そもそも大人しいトレントが何故少女を取り囲んでいるのか?

色々と疑問が頭をよぎるが、答えを出すよりも早く俺はトレント達に襲い掛かる。


子供の安全が最優先!


俺は手刀を最も手近なトレントへと突きこむ。

俺の手がトレントを貫く!

そう思った瞬間、俺の体は大きく吹き飛ぶ。


!?


かろうじて受け身をとるが、一瞬何が起こったのか理解できずに動けずにいると。

少女がトレントの間を抜け、こちらへとゆっくり近づいてくる。


人じゃ……ない……


その少女の瞳は紅く煌々と輝き、この世のものとは思えぬ怪しさを醸し出していた。

まるで生者の魂を魂を刈り取る死神の様な、深く、どこまでも深く紅い輝き。

その輝きを目にすると、まるで心臓が掴まれたような息苦しさを覚え、体が動かなくなる。


「ほう、我が凶眼を見て正気を保つか。流石は女神に選ばれた者だけはある。しかし解せん。何故それほどの力がありながら、このような森に来た?よもや我を討つためではあるまい?」

「ちが……う……、トレン……との…討伐に……」


余りの圧迫感と本能からくる恐怖で、呼吸がまともに出来ず。

息も絶え絶えと少女の質問へと答える。


返答しなければ、自分は死ぬ。

嘘をついても死ぬ。

機嫌を損ねても死ぬ。

俺の本能がそう訴えかける。


自分は勇者だ。

血を見たら貧血を起こすヘタレではあるが、間違いなく勇者だ。

並みの魔物程度なら相手にすらならない。

だが目の前の少女には……決して敵わない。

目の前にあるそれは理不尽そのものだった。


恐怖から顔を逸らし俯き。

そして彼女の裁定を震えて待つ。


「トレント討伐?女神の定めし勇者がか?」


背筋に寒気が走る。

彼女の言葉には疑問が含まれていた。

疑問を持たれれば死ぬ。だから俺は言葉を必死に続ける。


「お…れは……血に……弱くて……それで……まともに…魔物を……狩れないから……」


自分の事実をありのままに告げる。

嘘はきっと見抜かれる。

そもそもギルドでも有名な話を、今更隠す意味もない。


「はぁ!?」


そんな俺の言葉に対し、少女は素っ頓狂な声を上げる?


それはそうだろう。

血に弱くて、まともに戦えない勇者など聞いた事も無い。

だが事実なのだ。


俺は伏せていた顔を上げ、彼女の瞳を真っすぐに見つめる。

そんな俺に彼女は顔を近づけ、此方の瞳を繁々と覗き込む。

そして唐突に、少女は自らの喉元をその鋭い爪で掻き切った。


鮮血。

人の血液はこれほどまでに飛ぶものなのか。

そんな事を考えながら、俺は貧血で意識を失う。

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