第3話 怖いなら嫌味を一々言ってくるな

息を大きく吸い込み、ゆっくりと吐き出す。

深呼吸で気持ちを落ち着けた俺は、目の前の大きな扉をあけ放ち、潜る。


ここは冒険者ギルド【パーナス支部】

冒険者ギルドとは、冒険者専用の仕事の斡旋場となる国営機関だ。

このギルドには、日々の糧を求め多くの冒険者たちが集う。

当然俺もその一人だ。


中を見回すとロビーには多くの冒険者達がおり、皆それぞれに歓談や仕事の受付などを行っている。

俺は今日、ここにクエストを受ける為にやってきた。


ギルド内にはカウンターが三つ程あり、向かって左手のカウンターがクエストの受け付け用だ。

そのカウンターの横には大きなボードが備え付けられていて、そこには様々な依頼書がびっしり張り付けられている。その依頼書からランクに見合ったクエストを選び、受付で登録すれば契約完了。

正式にクエストを受注したことになる。


ランク

冒険者にはランクという区分が存在する。

ランクは冒険者登録時に、能力に応じてSSSからFランクの間で振り分けら、3ヶ月に一度のペースで更新される。

ランクの振り分けと更新は、冒険者に常に適正な仕事を斡旋する為のシステムだ。


因みに最高ランクはSSS級ではあるが、これは100年前世界を救ったとされる英雄以外に与えらていない事から、ほぼ名誉ランクと言っていいだろう。

その為、実質SSランクが最高位となる。

そして俺も、肩書上はこのSSランクに当たる。

本当に肩書だけではあるが……


俺は目的のカウンターへと真っすぐ進み、横のボードから目ぼしき依頼書を引っぺがし、受付嬢へと渡す。


「受付をお願いします」


「たかし様、おはようございます。なんでもまたパーティーを首になられたとか?そろそろ別のお仕事を探された方がよろしいのでは?」


受付の女性の、俺への風当たりは強い。

彼女もまた、俺に失望させられた人間の一人なのだろう。

とはいえ、自分の身の振り方ぐらいは自分で決める。

俺は彼女の言葉を無視し、自らの要望を伝えた。


「いいから、クエストを受け付けてくれ」


「畏まりました。少々お待ちください」


すると事務的な返事が返って来る。

その簡素な態度に、初めての時とは大違いだと辟易する。


そんな変わってしまった彼女の態度を見て、初めてギルドに来た時の事を思い出す。

半年前、俺はこの冒険者ギルドに訪れ冒険者となった。

思えばあの時が、俺の人生にとってのピークと言っていいだろう。



「え?嘘!総合力SSランク……しょ、少々お待ちください」


そう言うと、受付の女性は慌ててカウンターから飛び出し、奥に引っ込んでしまう。

何かやらかしてしまったのだろうか? だが思い当たる節が無い。

一瞬逃げ出そうかとも思ったが、逃げると余計不味い事になるかもと判断し、困惑しつつもその場で待機する事に。


すると、奥からスーツを身に纏ったマッチョで髭面な大男を引き連れ、受付嬢が戻ってきた。

いかつい大男の登場で思わず怯んでしまう。

大股でずんずん近づいてくる大男を目にし、やはり逃げればよかったと後悔。

だが此方の意に反して、大男は笑顔で挨拶してきた。


「初めまして、わたくしこのギルドの長を務めさせて貰っているゴドー・グラムンと申します」


「ど、どうも。たかしと言います……」


髭面――ギルド長ゴドーは満面の笑みで左手を差し出し、此方に握手を求めてくる。

だが唐突な出来事に対応できず、俺はおろおろしてしまう。

残念ながら、いきなり大男に握手を求められて、スッと手を出せる程俺は大物じゃない。

そんな俺の態度にしびれを切らしたのか、ゴドーは強引に手を伸ばし、俺の手を取り握手してきた。


俺の手を握るその手は、分厚く大きい。

その手からは、目の前の大男が長年荒事を生業にしてきた事が伺える。


まさかこのままぶん投げられたりしないよな?

そんな不安な気持ちで相手の顔を見上げると、此方の不安を吹き飛ばすかのように、ゴドーは大声で歓迎の言葉を口にする。


「SS級冒険者たかしさん!ギルドへようこそ!歓迎します!!」


ゴドーはそう大声で叫ぶと、今度は俺の体を強引に引き寄せハグしてくる。


はっきり言って不快以外の何物でもない。

ムキムキのごついおっさんに抱きしめられ、頬に髭をじょりじょりされる。

地獄もいいところだ。


「おっとこれは失礼した。私とした事が興奮の余りつい、どうか許して頂きたい」


ゴドーは此方の不快そうな表情に気づいたのか、俺を解放し謝罪してくる。

ふざけんな!と、怒鳴りたい気分だったが、こんなごついおっさんに謝罪されたら受け入れるしかない。

だって怖いんだもん。


「皆さん!聞いてください!!遂にこのパーナス支部より、念願のSS級冒険者様が誕生されました!!!その名も彩堂たかし様です!!!」


ゴトーが俺の横で両手を広げ、高々と宣言する。

すると辺りから歓声と拍手が巻き起こり、凄い!マジかよ!といった声があちこちに飛び交う。


周りを見渡すと、その場に居合わせた全ての人間の視線が注がれていた。


生れてこの方、これほど人に注目されることなど一度もなかった。

その為か、俺の脳は余りの急展開に付いて行けず、唯々呆然とするしかなかった。



あの後、多くの人の前で演説やら決意表明をやらされて、死ぬほど恥ずかしい思いをしたのを思い出す。

当時は、なんで俺がこんな目にと思ったものだ。

だが今の状況になって初めて、あの状況がとても幸福な物だったと分かる。


「受付が完了いたしました。Fランククエストのトレント討伐で間違いありませんね?」


トレント討伐。

今、俺が一人で出来るクエストはこれだけと言っていい。

トレントは体液を持たない魔物だ。

だから俺にでもこのクエストは達成できる。


本来ならSSランクの冒険者が受けるようなクエストではないだろう。

だが生きて行く為にはお金がいる。

働かないわけには行かないのだ。


「間違いありません」


「了解しました。では御武運を」


「仮にもSSランクの勇者様に、Fランクのクエストで御武運も何も無いだろうに」


此方を小馬鹿にしたような口調だ。

いや、実際嫌味そのものだろう。

俺はその聞き覚えのあるムカつく声に振り返る。


「何か用か?ダレン」


「いやいや、勇者様に俺みたいな小物が用だなんて滅相もない。只後ろに並んでたらついつい聞こえちまったもんでね。いやー、でもさすがは勇者様だ。小さなことからコツコツと頑張られる姿は、まさに勇者様の鑑と言えますねぇ」


鬱陶しい奴に見つかったと辟易する。

奴の名はラーガー・ダレン。Bクラスの冒険者で、以前パーティーを組んでいた男だ。

こいつは俺の顔を見るたびに、嫌味を言ってくる。


「悪いけど急いでるんだ。用が無いならこれで失礼させてもらうよ」


「そうですかい。流石勇者ともなると多忙なんですねぇ」


本当に鬱陶しい奴だ。

ニヤニヤしながら話しかけて来るこの男の鼻っ面に、拳を叩き込めたらどんなに気持ちが良い事だろうか。

もっともそれをやったら、奴の鼻血で俺迄ダウンする事になるが。


そもそもギルド内での揉め事は御法度だ。

こんな奴の為に牢屋行は御免被る。

それが分かっているからこそ、ダレンもそれを盾に散々嫌味を言ってくるのだ。


俺は足早にギルドを後にする。

奴もギルドの外までは追って来ないだろう。

俺は逃げる様にギルドを飛び出し、人気のない裏路地へと入り込む。


ダレン以外にも、俺に嫌味を言ってくる奴は多い。

だがそんな奴らも、人目のない場所では決して俺には絡んでこない。


以前他所から来たAクラスの冒険者パーティーがヘタレな俺の噂を聞きつけ、俺にちょっかいをかけてきた事がある。

ヘタレだろうとSS級であることに変わりない為、俺を痛めつけて名前に箔を付けようとしたのだろう。


SS級より強いA級パーティー。

チームプレイはSS級を超える。


そういった謳い文句欲しさに絡んできたのだろう。

だが彼らの目論見は、淡い露と消える。


俺はヘタレだ。血を見ただけで貧血を起こす。

だがその実力は間違いなくSS級。


結果、俺は彼ら6人を素手で殴り倒す事となる。

いや、正確には全員の腕をへし折ったと言った方が正しいな。

殴ったり斬ったりすれば血が出る。

だから血が出ないように、全員の腕を折って戦闘不能にしたのだ。


その噂が広がってからは、俺に嫌味を言うやつは極端に減り。

ダレン達も、人目のない場所では絡んでこなくなった。


そんなに怖いならそもそも絡まなければいいのに。

根性が有るのか無いのか、謎な奴らだ。


魔物も殴り殺せればいいんだが、奴らどういうわけか、死ぬ瞬間口から体液を撒き散らすんだよなぁ……

俺に対するピンポイントな嫌がらせとしか思えないぜ。


世の中の理不尽を感じつつ、俺は帰路へ着く。

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