第2話 神様、俺頑張ります

白銀の世界。


辺り一面、雪に覆われた純白の世界。

音もなく、ただ静寂だけが全てを包む。

気付けばそんな場所に、ただ一人、俺は茫然と立ち尽くしていた。


ここは何処なんだろう?

今の自分の置かれた状況に疑問を抱き、辺りを見渡す。

だがその瞳に映るのは、地平まで続く白一色の世界。


途方に暮れ、遠くを見つめていた視線を下ろす。

その時初めて自分がなにも身に着けていない事に気づく。


裸!?


驚きの次に、違和感が疑問となり頭をよぎる。

本来こんな雪の中、裸でいれば凍えるはず。

にもかかわらず自身の体は寒さに身を振るわせる事も無く、むしろ温かいぐらいだ。


足の裏で雪を踏みしめた。

雪が潰れ、固くなる。

足の裏から伝わる、雪が変遷する独特の感触。

それは子供のころから慣れ親しんだ感覚その物だった。


間違いなく雪だ。

少なくとも感触だけは。

だが温かい。


どうなっているんだ?


自分の記憶にこんな世界は存在しなかった。

360度、見渡す限り白一色の世界に温かい雪。

俺は夢でも見ているのだろうか?


ふと、空が輝いたように感じ視線を上げる。

するとそこには、一人の女性が浮いていた。


美しい女性だ。

その背からは8枚の翼が伸びており、その内2対の翼がまるで衣服の様に彼女を包み込んでいた。その女性の髪と翼は白銀の輝きを放っており。その瞳には、大いなる慈愛が湛えられているように感じられた。


「あの?ここは何処でしょうか?」


俺は勇気をふり絞り声をだす。

只声をかけるだけの事。

なのにその行為が、神聖な物を汚すように思えて戸惑われた。


「ここはアンノウン。何処でもない虚無の地平」


目の前の女性の声は美しく、耳ではなく、まるで魂に染み渡るかの様な不思議な音色を奏でる。

すると、自身の双眸から何故か涙が止め処なく溢れ出してきた。

なぜ自分が泣いているのかすら分からずに、唯々涙が頬を濡らす。


「貴方は死にました」


そう告げられ初めて気づく。

ああ、この涙は自分の生の終わりが悲しくて、溢れ出しているのだと。

明確な答えを与えられ、涙は更に勢いをまし、まともに前を見る事すらできなくなってしまう。


「泣かないでください。貴方を生き返らせる事は可能です」


神の優しい声が再び魂に響く。


そう、彼女は神だ。

俺はそれを本能的に理解することが出来た。

そして彼女ならば、本当に、俺の終わってしまった人生をやり直させてくれると……


「ほ!本当ですか!俺!まだ死にたくない!消えたくないんです!!何でもします!!だから……だから……」


このチャンスを逃せば俺は消える。

そんなのは嫌だ!

そんな強い思いから、俺は神に大声で縋りつく。


「え?今何でもするって言った?」


突如声のトーンが変わる。

先程までの威厳が吹き飛び、その口調は、まるでそこら辺にいる女子高生の様に。

その余りの代わり様に一瞬我が耳を疑うが、続く彼女の声で、それが幻聴でない事を確認させられる。


「いやー、話の分かる子でよかったわー。実は一つお願いがあるの。聞いてくれる?」


余りにも軽い口調と態度に面食らってしまう。

そんな豹変した彼女の態度に狼狽え、返事を出来ずにいると、此方の事等お構いなしに彼女は言葉を続ける。


「実はさ。私の担当している世界がちょっとヤバい事になっちゃってるわけよ。だからさ、あたしの世界を救ってくれるなら、生き返らせてあげるよ」


世界がやばい?救う?

当然、一介の高校生である自分にそんな大役は務まらない。

そして彼女の願いをかなえられない以上、自分は復活させて貰えないだろう。


そう思うと、また悲しくなって涙が溢れ出す。


「あー大丈夫大丈夫、あたしも馬鹿じゃないし。普通の人間に世界を救って貰おうとは思ってないから!ちゃーんと特典つけてあげるから、安心してよ」


「特典……ですか?」


「そ!特典!世界を救ってもらうに当たって、君には勇者としての力を授けちゃう!君はその力を使って世界を救ってくれればいいんだよ!やったね!」


神より力が授けられるのならば、無力な自分でも世界を救う事が出来るかもしれない。

でも本当に大丈夫なのだろうか?


果たして自分にそんな大役が務まるのかと、逡巡する。


「そんな深く考えなくてもいいよ。私は君ならできるって踏んだから、こうやって君に話掛けてるわけだし」


「本当に俺で務まるでしょうか?」


「大丈夫大丈夫、あたしを信じて」


口調と表情のせいか、凄く適当に聞こえてしまう。


だがこれはチャンスだ。

このまま何もしなければ自分は消えてなくなってしまう。

それならばダメもとで受けるべきだ。


幸い神様が太鼓判を押してくれている。

きっと大丈夫に違いない。


「で?どうするぅ?」


両手で頬をつき、神様が悪戯っぽい表情で此方に問いかけて来る。

俺はその問いに、頭を下げ力いっぱいの声で返答する。


「お願いします!!俺、全力を尽くしますから!」


「ん。よろしい!では、今から君は勇者です!」


そう言うと神様は地上に舞い降り、その両腕で優しく俺を包み込む。

神の温かい腕の中、まるで母親の羊水の中に戻ったかのような安堵感に包まれ、俺はそっと目を閉じる。


≪がんばって≫


そんな神の温かい声を胸に刻み付け、俺は眠りに就いた。



「うう、寒。はぁ……どうすりゃいいんだよ……」


冷たい冬の風が街中を駆け抜け、俺の心を一層寒々とさせる。

俺がこの世界に来て早半年。

その間、既に俺は6度パーティーを首になっている。


最初は皆、俺の高い能力に感動し歓迎ムードで迎え入れてくれるのだが。

だんだんと空気が重くなり、最終的にはパーティーを追放されてしまう。

それをたった半年という短い期間で、既に6度も経験してしまっている。


何故か?

理由は至って単純。俺がヘタレで、血を見ると貧血を起こしてしまうからだ。

人間の赤い血はもとより、魔物達の青や紫色の血ですら目に入ると気持ちが悪くなってしまう。

そして一度貧血を起こすと、30分はまともに動けない。

敵一匹倒す度に30分もインターバルを取る。そんな奴はパーティーから追い出されて当然だろう。


ガルム曰く。

お前は冒険者には向いてない。力はあるんだから木こりにでもなれよ。


バーザック曰く。

そのうち慣れるかと期待したんだが、お前にはがっかりした。


ドレス曰く。

ほんっと宝の持ち腐れよね。死ねば?


他にも色々と言われたものだ。


彼らの怒りが分からないわけではない。

何せ能力だけなら俺は超一流だ。期待するのも無理はない。

しかし貧血のせいで、その能力が全く生かせないのだ。

その為期待は失望へと変わり、最終的にはパーティーを追い出される事になる。


「神様、全然大丈夫じゃなかったです」


このままでは神様と交わした約束が果たせない。

折角第2の人生を与えてくれた恩人に報いる事が出来ない自分の不甲斐なさに、胸が掻きむしられる思いだ。


そんな陰鬱な気分に浸っていると、突如後ろから声をかけられる。


「たかし!」


涙で滲んでいた目を袖でこする。

そして聞き覚えのある声に振り返り、返事を返す。


「アレン?どうかしたのか?」


先程俺に最終通達を行ったアレンが、何故か俺を追いかけてきていた。

まさかパーティーに戻れる?いや、それはない。

俺がアレンと話していたのはほんの五分前だ。

たった五分で他のメンバーを説得できたとは到底思えない。


「俺さ、もうお前に何にもしてやれないけど。お前にはくじけず頑張って欲しいんだ。だから、負けんなよ!」


「ありがとうアレン!!」


わざわざそれを言うためだけに追いかけて来てくれたのか。

本当に彼は優しい男だ。

そんな彼に、自分のありったけの気持ちを声に込め礼を言う。


「じゃあ、今度こそ本当にさよならだ」


「ああ、お互い頑張ろう」


俺はアレンに背を向けその場を去る。

そうしないと、涙が溢れ出してきそうだったから。


アレン、俺頑張るよ。


神様は俺を信じてチャンスをくれた。

そしてアレンはこんな不甲斐ない俺を最後まで支え、応援してくれた。

俺はそんな二人の気持ちに応えるべく、決意を新たに歩を前へと進める。

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