幼馴染の追及
玲央那が教室に来て、柊真が昼食へ向かった直後、教室は異様な空気に晒されていた。
その出処は言うまでもなく夏菜である。
周りから見れば、机の上に手を置いているだけのはずなのに、その内、机を砕いてしまうのではないだろうかと思うような鈍い音がギシギシと聞こえる。
これでも本人は抑えている様だが、その不機嫌さは相当な物だった。
クラスの八割が巻き込まれを危惧して、寒空の下、外で昼食を取ろうと教室を出ていくほどだ。
そう外は寒いのだ。
四月に入り、比較的気温が上がってきているとは言え、この地域は風が強く体温を奪われやすい。
それでも外へ避難するということはそういうことだ。
幾人かの怖いもの知らずな女子は、ニヤニヤとその様子を眺め、どうしても外に出たくない寒がりな面子もそのまま教室に残った。
光も本当は外に避難したかったが、柊真の今の状況と外に出たメンバーから見られれば、柊真に代わってご機嫌取りをしないといけないのは明白だ。
しかし、いざ声を掛けようかと考えると、どう声を掛けるべきか付き合いのそれなりに長い光でも分からない。
それほどまでに女心の扱いが難しいことを、この一年で思い知らされたのだ。
もっとも、全て柊真の尻拭いであり、相手は常に夏菜であるため、世の中の女性全員がこんなにも声を掛けにくいのかは光が知る由もなかった。
「取り敢えず、落ち着こう篠原。
クラスメイトが皆怖がっている」
「怖がってる? 私が何かした?」
「……いや、何でもない。
今言ったことは撤回する。忘れてくれ」
誰がどう見ても怒気を放っているのだが、夏菜はそれを理解していない。
それだけ、夏菜は柊真を大切に思っていた。
物心ついた時には側にいた存在なのだから、家族同然と言っても過言ではないだろう。
実際、二人をよく知るクラスメイト達からは二人セットに見られる傾向にあった。
「一体この数日でシュウに何があったって言うのよ――私には何も相談しないくせに」
(これは相当だな……)
ここまで弱々しい夏菜を見るのは初めてかも知れないと光は感じた。
学校でもトップを争う二人に取り合われているとは、なんて幸せ者だと思いつつ、光は窓の外――柊真が逃げ込んだであろう屋上を見上げる。
こればかりは愚痴を聞いてガスを抜けば済む問題でもないだろう。
柊真に知ってて言わなかった“剣聖”のことを柊真は知っただろうか?と光は思いつつ、これからの柊真の学校生活は日常からはかけ離れてしまうだろうと想像する。
光は自他ともに認める情報通である。
当然、新聞部の女子が密かに作っている「彼氏にしたい男子ランキング」のことも知っている。
実はその三位辺りに柊真が食い込んでいるのだ。
辺りというのは、男子の行う半年に一回のランキング集計と違い、女子が行うランキングは各月で行われる。
変動が激しいのだ。
女子のネットワークというのは、情報通である光から見ても末恐ろしいもので、何か不穏な様子をチラつかせると次の日の速報では既に上位から外されている。
それだけ、支持率が落ちたということである。
今のところ不動である一位と二位は部活動でエース級になったり、成績も上位で、委員会活動にも従事する文武両道さをアピールしていることもあり、男子の間でも「あれは当然かな」と言われていたりする。
対し、高校に入ってから何もしていない柊真がこれほどまでに人気であるのは、それだけ竹刀を握る中学生の頃の姿が印象深いからだろう。
「はぁ……やめよやめ」
「? 何が?」
「考えるの。シュウの奇行は今に始まったことではないわ。
面倒だからいつも通り後で問い詰めるの」
あ、これヤバいやつだ――と光は察したが、そもそもの原因が柊真にあるということもあり、もはや光に夏菜の怒りを鎮める手段はなかった。
† † †
予鈴が鳴った。
昼休みの予鈴は十分前に鳴るようになっている。
高校にしては珍しくカフェテリアなども敷地内に併設されているため、話に夢中になっている生徒が授業に遅れないようにという配慮である。
予鈴が鳴って数分もすれば、外組も渋々と戻ってくる。
当然、その中には柊真も含まれていた。
「それで? 昨日も聞いた気がするけどどういうこと?」
「えっと……夏菜。何か怒ってる?」
「そう見えるなら、シュウが怒らせるようなことをしてるってことでしょ」
外組はタイミングが悪かったかと再び御手洗いへと向かう。
端の方では女子の黄色い声が聞こえる。
それほどまでに夏菜は柊真に接近していた。
二人はあまり意識していないようだが、普通は例え幼馴染でもここまで親密な関係を築く者は少ないし、少なくとも桜山高校には他に存在しない。
二人の親友と自負している光でさえ、本当は二人が付き合っているのではないかと疑う瞬間というものが幾度もあるのだから、他の者から見れば余程だろう。
「心あたりがないんだけど?」
「この朴念仁!」
いい加減我慢の限界が来ていた夏菜は、柊真の頭をゲンコツでグリグリする。
相当な力でグリグリされているため柊真からすれば災難でしかないが、周りからすれば当然の報いのようにも見えるし、ただ二人でイチャイチャしているように見えなくもない。
温かい目で見守られている中、二人が周りの目を気にすることもなく話すのはクラスの名物と言えば名物であった。
「イタタタ……何するのさ」
「いい加減、桜満さんとの関係を吐きなさい!」
「は?」
柊真からすれば桜満玲央那とは憧れの人物であり、突然とは言え婚約者として扱われている人生のパートナー候補と言ったところだ。
だが、当然ながらそう言えるはずもなく、ましてや神社や教会のことを話すわけにはいかない。
あれは、あくまで世界の裏側の話。
柊真も夏菜同様に夏菜を大切に思っているからこそ話せないことだった。
「何か後ろめたいことでもあるの?」
「ないよ。ただ、色々とお家事情というか何というか、話せない部分も多いんだ。
勿論、家族にだってね」
そう言われて怯んだのは夏菜の方だった。
柊真にとって夏菜は家族同然に過ごしてきた中であり、両親よりも夏菜の方が相談をしやすいと思っている。
そんな相手にすら話せない事情があると言われれば、流石の夏菜も引かざるを得ない。
「じゃあ一つだけ」
「何?」
「二人は付き合ってるの?」
爆弾と言えば爆弾だ。
女子達のテンションは最大限に上がっているし、クラス中の注目を集めてしまっている。
だが、夏菜にとってそれは非常に重要かつ必ず聞き出さねばならないことだった。
「どう……なんだろうね。少なくとも現時点で付き合っているって感じではないかな。
僕は玲央那さんのこともっと知りたいと思っているし、玲央那さんも仲良く接してくれている。
今の関係って精々そんなもんだよ?」
「そんなもんって……」
夏菜は完全に拗ねている。
そんな顔を見せられたところで、ニブチンの柊真が気付くはずもなく、周りは呆れた様子で二人の様子を見ていた。
誰がどう見ても、夏菜は玲央那に嫉妬をしているわけだが、クラスメイト達からすれば、柊真と夏菜の方が余程イチャイチャしているように見えるからである。
ちなみに余談だが、後日、新聞部主導で玲央那と夏菜のどちらが正妻に収まるかというランキングが新たに誕生したことを当の三人は知らない。
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