第二章 巫女と剣聖と幼馴染

昼休みの二人

 午前の授業が終わった。

 移動教室や選択科目の授業がなかったため、合間合間の休憩時間は光と過ごすことで難を逃れていた柊真だが、努力も虚しく唐突に爆弾が投下された。


「すみません。このクラスに葛木くんはいますか?」


 玲央那の登場である。

 朝から話題沸騰状態であることを考えれば、速攻で反応するメンバーがいるのも仕方がないというもの。

 実際、クラスの男子の半分以上が振り返っていた。


「なんというか……ご愁傷さま」


 これには光も呆れ顔だ。

 無論、周りの柊真に対しての視線が、余計に鋭くなったのは言うまでもない。

 心なしか、夏菜も柊真を睨んでいるように見える。

 流石に柊真も玲央那を無視するわけにはいかず、更なる燃料をくべることになるだろうと分かっていながらも、大人しく会いに行くしかなかった。


「どうしたの?」


「お昼、一緒に食べましょ?」


 そう言って、玲央那が見せたのは明らかに一人分ではない弁当箱だった。

 そこで柊真は今朝、玲央那がやけに大きい手提げを持っていたのを思い出す。


「もしかして、朝持ってた大きい手提げって?」


「昨日のお詫びも兼ねて作ってきたの。

 人並みにしか料理は出来ないから口に合うかは分からないけど……。

 でも、ほら、柊真くんの好みも追々は知っていかないとだし」


 一瞬、柊真に対しての視線が和らいだ。

 何故か?

 恥じらいながら頬を染め、視線を逸しつつ、頬を指でかく。

 その場にいた全員が玲央那に見惚れていた。


(ああ、やっぱり玲央那さん可愛いなぁ……)


 元々、玲央那に対して憧れを抱いていた柊真。その姿には感動すら覚えた。

 だが、それも一瞬で終わる。

 柊真は自身に対して視線がより一層強くなったのを感じた。

 朝は夏菜、昼は玲央那。

 妬み嫉みがあっても仕方がない。


(……。そのうち、視線で穴を開けられちゃうんじゃないだろうか?)


 柊真はその視線から逃れるために玲央那を連れて外へと退散した。

 余談だが、自然と玲央那の手を引いて出てきた柊真だが、その背中により一層の鋭い視線が突き刺さることとなり、後に夏菜に追及され大変な目にあうこととなった。


――閑話休題


 二人は屋上へと出た。

 昼休みに人気のない場所となると、この時期は屋上くらいしかないためだ。


「う、寒い……」


「自分で連れてきてそれはないんじゃない?」


「だって、人気のないところなんてここくらいじゃないか」


「そもそも、人気のないところに移動する理由が分からないんだけど?」


 不思議そうに首をかしげている玲央那。

 それを見ている柊真といえば、可愛いなぁって思ってたりもするのだが、同時にもう少し自分の評価に対して興味を持てばいいのにとも思ったりしていた。

 相変わらず、玲央那は自身の魅力というものを理解していない。

 少し行動すれば、あっという間に話題に上がってしまうのだと、いい加減理解して欲しいと柊真は感じた。

 実際、人気のある場所で過ごせば、一つ一つのやりとりに反応されかねない上、無駄に信憑性のある噂が流れてしまう。

 人気のないところでも噂は立つだろうが、その分、憶測の域を出ず、噂は噂だと否定しやすいというメリットがある。

 柊真がここに玲央那を連れてきたのも、そういった理由からだった。


「周りから見られてるって気付いてた?」


「気付いてはいたけど……あれって物珍しいだけじゃないの?」


 物珍しいと言えば確かに物珍しい。

 学園のアイドルとも呼び声高く二年連続で『彼女にしたい女子ランキング』一位の玲央那。

 その相手がただの物静かな高校生ともなれば珍しくもなる――柊真はそう思っていたのだが、どうやらそういうことではないらしい。


「何せ、私の相手はあの・葛木柊真なんですもの。

 見られて当然だし、同性から嫉妬の眼差しを向けられるのも仕方ないわ」


「え?」


 まるで時が止まったかのようだった。

 どうやら、玲央那は自分が柊真と釣り合いが取れていないと思っているらしい。


(剣聖? 僕も玲央那さんと同様に変な二つ名付けられてたってこと?)


 まるで心当たりがない柊真。

 それに、そんな話は光からも聞いたことがない。

 本人に聞けば、男は知らん――と言われそうだが……

 柊真は考え込むが答えは出ない。

 しかし、その答えは玲央那が教えてくれた。


「まさか気付いてなかったの?」


「それはお互い様だと思うけど……」


「お互い様?」


「そうだよ、ローゼン・シュタール」


 外が寒いのもあったが、二人の間に冷たい風が通り過ぎるのを柊真は感じた。

 それは、玲央那も同じで、一瞬固まったあと、ため息をついた。


「ローゼン・シュタール? なにそれ――私の?」


「それを言ったら剣聖ってなんなの? 剣聖って」


 そして、二人は再び沈黙する。

 玲央那がおもむろに座り込むと、そのまま無言で弁当を広げ始めた。

 柊真もそれに続く。

 二人は気付いたのだ。

 自分たちはお互いに注目される存在であって、これから色々とそっち方面で面倒事が舞い込むのだと。


(剣道をやめてから目立たないようにしてたつもりだったけど、中学の時の成績が噂で広まってしまったのだろうか……)


 実は桜山市のホームページにその時の試合の様子を撮った動画が埋め込まれ、未だにその記事がトップ画面にリンク付けされているという真相を柊真が知るのはもっと後になってのことだった。

 柊真は広げられた弁当を見る。


「和食中心なんだね」


「うちはほら、お屋敷だから和食しか出てこないのよ。

 勿論、洋食も外に出れば普通に食べるけども……」


「もう少し洋食食べたいとか、そういう願望はないの?」


「物心付いた時には和食だったからあんまり。

 むしろ、家で洋食出されたら抵抗があってあんまり食べれないかも」


 確かに昨日、展望台から見た限り、あの家で洋食が出るなんてこと誰も考えないだろうと柊真は思った。

 老舗の旅館でピザが出てきたらたまげるだろう。多分あんな感じと納得することにしたのだ。


「これ全部自分で?」


 ひと目見て和食となればそれだけでも十分に驚く要素ではあるが、理由が分かれば当然ラインナップの方に目が行く。

 卵焼き、胡麻和え、煮物――冷凍食品の普及した今ではむしろ珍しい立派な弁当だった。


「煮物と胡麻和えは昨日の晩ごはんの残りだから、おばあちゃんの作ったやつ。

 卵焼きは朝起きてから私が作ったの。他のも大体、私が作ったものよ」


「いつも弁当なの?」


「そうね。寝坊したりしない限りは毎日作ってきてるわよ?」


 なんで?と玲央那は首をかしげる。

 柊真が聞いたのには理由があった。

 玲央那の噂はよく耳にするが、こと昼食については噂を聞いたことがないのだ。

 どこで食べているかも誰も話さない。

 教室で食べていることもないと柊真は考える。

 教室で食べていれば確実に手作り弁当の件が広まる。

 あるいは同席したなんて話が出ても不思議ではない。


「普段どこで食べてるのかと思って。

 玲央那さんが手作り弁当を作ってきたら、間違いなく噂になると思うし」


「私が弁当作るだけで噂になるの? 下手なこと出来ないじゃない……」


「いやまぁ……色々と手遅れのような気もするけど」


 既に教室に来た時に弁当を持ってきていることは知られてしまっている。

 今まさに、見えないところで、あれは手作りか、市販のものかと論議が繰り広げられていることだろう。


「それも多分、お互い様よ……」


 しかし、それは柊真も一緒で、ここに来るのに無意識だったとは言え、玲央那の手を握って来てしまっている。

 二人が一緒に行動すると学校ではデメリットが多く目立つ。

 今更、不用意に距離を置くと、それはそれで怪しまれてしまうため出来ない。

 結局、話が振り出しに戻り、お互いに頭を抱えることになるのだった。

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