怪奇以前の問題

 二人は何も気づかないまま、世間話をしながら学校に着いた。

 比較的早い時間に出ている二人だが、特別早いという訳ではない。

 遅刻ギリギリのダッシュ組がいるため、全体的な平均登校時間よりは少し早いが、それでも多くの生徒が登校してくるピーク時間である。

 そのため、二人の話している様子や下の名前で呼び合っている姿は、多くの生徒に目撃されていた。

 結局、二人は教室の前で別れ、お互いの教室にそれぞれ入っていく。

 そして、二人はそれぞれ好奇の目線に晒されていることにようやく気づく。当然、嫉妬の視線もだ。

 柊真はどこか居づらい雰囲気を受け流しつつ席へと向かう。

 隣にはニヤニヤと柊真を見る光がいた。

 その目はまるで獲物を見つけた獣のようだ。


「そ・れ・で? 昨日は何があったんだ?」


 もはや、不可避の質問が柊真に投げられた。

 昨日は見逃してくれた光だったが、流石に聞いてはいけない内容ではないという判断に至ったようだ。

 周囲のクラスメイト――特に男子――も基本的に目立つことをしていなかった柊真が、何かと目立つ玲央那と一緒にいることに興味があるのは当たり前で、二人の会話に聞き耳を立てているようだった。


「えっと……普通に会ってお話しただけだよ?」


「普通に会って話しただけでは、お互いに下の名前で呼び合うことはないと思うぞ?」


「それを言われると確かにそうなんだけどさ――って、なんで知ってるの?」


「壁に耳あり障子に目あり。噂というのは色々なところから聞こえてくるものさ」


「うっ……」


 柊真は教室に来るまでのやり取りを思い出す。

 裏通りで人が少なかったとは言え、学校の中まで一緒だったのだから勘ぐられるのも当然だった。

 ましてや、相手はあの桜満玲央那である。

 桜山高校では毎年「彼女にしたい女子ランキング」というものが、新聞部所属の一部の男子により非公式に実施されている。

 彼らの凄いところは始業式後、わずか数日で一年女子のデータを調べ上げ、その後、一週間で全学年を総合したランキングを作成するところだ。

 玲央那は現在二年連続一位を獲得している。

 なお、新聞部所属の男子によって「彼女にしたい女子ランキング」が作成されているということは、当然、その逆もある……とされている。

 こちらは女子間お得意の内緒話と言うべきか、表に出ない情報なのだとか。


――閑話休題


 柊真の言いづらそうな様子を見て、光はこれ以上は意味がないと判断し、一つため息をついたあと二人の関係について質問するのをやめた。


「まぁ、何にしてもだ、なんか言いにくい話なのはよく分かった……で?」


 埒が開かないとなれば、次の質問である。

 光はそう言った切り返しの早い人間であったが、柊真は一年前までオブラートに包んで言って剣道バカだったので、察しが悪くついていけない。


「で?って何が?」


「柊真。質問を質問で返すのはいけない。

 それは隠し事があって誤魔化そうとする時に使う常套手段だ」


 確かにその通りである。

 とはいえ、光も本気で言っているわけではない。

 柊真が察しの悪いことは、百も承知だからである。


「と言われても、本当に何について聞かれてるのか……」


「桜満神社だよ」


 桜満神社と聞いて柊真の体が一瞬震える。


(マズい。なんと言い訳しようか……)


 桜満神社は裏の世界に存在する秘匿神社であり、その存在を公にすることは出来ない。

 昨日の時点で玲央那が「軽率だった」と言うのは、表で、それも誰が聞いてるかも分からない状態で名称を口にしてしまったからだ。

 つまり、知らなかったこととは言え、柊真が光に対して「桜満神社に来てと言われた」と話したのは最早、失態と言っても過言ではないのだ。

 そもそも興味を示していた光。

 ならば、桜満神社の所在地がどこにあったのかということを、柊真に聞くというのは当然だった。


「いや、桜満神社はなかったよ」


「なかった?」


「そう、僕の人柄を確認するための方言だったみたい」


「ふーん。そういう事にしておこうか」


 我ながらに苦しい言い訳だと柊真は思った。

 一応、本人もあの公園に神社があるという噂があると知っていて、人に聞いてそこに辿り着けるかの試験みたいなものだったのだと説明した柊真だったが、どう見ても光が納得している様子はない。

 実際、玲央那は噂のこと自体知らず、柊真が公園にいたのにも驚いていたくらいだ。

 ただ、一応念のために、口裏合わせはしておいた方が良いかも知れない。

 逆に光の方は黙る柊真をみて、聞くのを諦めた。

 理由は分からずとも言いたくないということくらい、そこそこ付き合いの長い光には容易に想像できたからだ。

 少なくとも柊真の数少ない理解者である光はそれ以上の追求をやめた。


「概ね事情は聞けたとは思うが、その上で言っとく。注意しろよ」


「注意?」


「昨日、少し話したが桜満玲央那はローゼン・シュタールとも呼ばれる鋼鉄少女だったんだ。

 それをあっさり壊した挙げ句、お互いに名前呼び。

 周囲の男たちが黙っているとは思えないけどな」


「おっしゃる通りです……」


 教室に入ってから柊真が色々と視線が痛いと感じるのは、ひとえに通学路での一連の出来事によるものだ。

 彼女がいない男からすれば、柊真の今のポジションは喉から手が出る程に欲しいポジションなのかもしれない。

 しかし、光は更に爆弾を投下する。


「あと、篠原にもな」


「え? 夏菜に?」


「まず間違いなく不機嫌だろうからな。

 ちゃんと機嫌取っておいてくれないと、俺や他の男連中が被害を被る」


 そう言えば、昨日も不機嫌だったような?と柊真は思い返していたが、その原因が分からないためにどうやって機嫌を取ったらいいものかと頭を抱える。

 柊真の表情を見て「こりゃ駄目だ……」と何処か諦めた様子の光。

 そして、聞き耳を立てていた一部の男子も、一波乱来そうだなと苦笑いしているのが柊真の目に映る。

 ふと、その内の一人が視線をそらしたので、柊真もその視線を追う。

 悪いことは次々に起こるもので、やはり、今日もどこか不機嫌な彼女が現れた。


「誰が不機嫌って?」


 貴方です――と言えるはずもなく、アハハ……と目を逸らす柊真と光。

 その様子に呆れながら、夏菜は怒りの鉾を下ろした。


「まぁ、いいわ。どういうわけか、また竹刀を持つようになったみたいだし」


 そう言って夏菜は両の手で柊真の頬を挟み込む。

 ぐっと顔を近づけ、柊真の瞳を覗き込む夏菜。

 まるで、恋人同士がおでことおでこを近づけて熱を測る時のような、そんな甘い雰囲気が教室に漂う。

 勿論、周りから注目されていたのは言うまでもない。

 女子の間では何やら黄色い声が上がっているが、直前まで柊真と玲央那の話をしていたのに、そこに真打ち登場ともなれば仕方がないのかも知れない。

 問題なのは、既に朝の話題となってしまった柊真の相手が、二年連続で総合ランキング二位を獲得している夏菜だったことだろう。

 いつになく真剣な夏菜の視線にたじろぐ柊真は、恐る恐る夏菜に聞く。


「な、何?」


「竹刀を振ればその目も変わるかと思ったのよ。

 でも、まだ駄目みたいね……」


 柊真には夏菜が何を言っているのか理解出来ない。

 しばらくして満足したのか、夏菜は顔を離す。

 「二股か?」「正妻はどっちだ?」などと若干、不名誉だったりする小声が柊真の耳に入ってくる。

 なんとなく事情が掴めてきた柊真は目立たないように努めようと思った。

 しかしだ。

 世の中、目立たないように努めようとしたところで、どうしようも出来ないこともあるものなのだ。

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